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住むところのムードは自我をも変える

住む場所ってとても重要だと思いませんか。デジタル社会とはいえ、まだまだ現存する自分の体はある以上、居場所は必要。

そこで、住む場所ってどうやって決めてきましたか?ってお聞きしたい。

学生時代は、いくつか内覧して条件で選んでいたことが大人になっていくに連れて、数々の人生のステージで変わってくる。

住む部屋(日当たりが良いとか,方角とか)の雰囲気はほとんどの人が見ると思うが、その街全体。もしくは市町村。もっといけば県自体が、今の自分に合っているのか?という視点を持つことは、とても大事に思う

それは、
成長するためにも、健康でいるためにも、だ。

一つの場所にしか住んだことのない人は気付かないかも知れない。それはそれで、良い事だと思う。気付かないことが幸せという場合もあるから。

住む場所からのエネルギーは、とてつもない。それは思っている以上に。

歴史には疎いが、きっとそれは大きな時代のうねりを越えてきたからであって、その土地のムードになっているからだと、思う。

日本で言えば、北と南で気候も違うのはもちろん、方言や食の価値観、人の気質など。そういったムード(風土ともいうが、ここでは)は、そこに住む人の考え方までもに及んでくると言える。


生まれた瞬間、いきなり自分という「自我」が出来たわけではない。3ヶ月、5ヶ月、1年、、と年を重ねていく中で、自我は育ち、外界と上手くやる方法を身につける。

生き残るためには、そうしないといけなかったからだ。(昔だったら突然、刀で切られても嫌だし気持ちは分かるが)

人は当たり前だが一人では生きれない。生き残るためには、最初は誰かの手助けがないといけないからだ。

犬を飼っているから、思う。餌をあげなくなったら、水を与えなくなったら、部屋の中にいる愛犬はすぐに息をとめてしまう。

外にいたら走ってどこかで水を飲んだり、狩りをして何かしらは食べれば生き残れるかも知れないがそんなハングリー精神が彼らに備わっているのか、不安に思う。

そうして手塩にかけて育ててもらったから、今生きていれている。そうして、親への忠誠心や心の奥底での感謝のようなものが生まれたのだと思う。

育ちというのは、そういった家庭の中でまずは育まれて、そのうち外界に触れ、また洗練されていく。
それはきっと今もアップデートされながら、今後もずっとそうなのだ。

人は最初は自分で選んだ場所に居るわけではない。それは、親が選んだ場所だ。もしくは、選んでいないけど、そこにたまたま居た、ということだ。

なんて浅いのだろう。深さはないのに、深く感じるから不思議だ。執着というものは、成長を時に妨げる。

自分の居場所は自分で選ぶこと。当たり前だけど、出来ていない人がとても多いなと感じる。表層心理では、それっぽいことを並べて、自分も周りも腑に落ちるように仕上げてくるから、怖いのだ。

騙されちゃあ、ダメだよ。


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