結婚に愛なんか求めるから
私が日本の大学院で心理学の勉強をしていたとき、同じゼミにいたYという女の子が言った。
それは私が初めて彼女と交わした“個人的”な会話だったと思う。
私はその時礼儀として、「最近彼氏とどう?」みたいな会話を持ちかけたのだ。
当時の私は精神的・経済的に必死すぎて周囲からひどく浮いていた。割と上品な学校に、何かの間違いで入試をパスして紛れ込んだ場違いな野良犬みたいな感じだった。見た目も雰囲気も何もかも。
当然“友達”と呼べる人はいなかったのだが、私は勝手にYを気の毒に思っていたので(本来ならまっとうな友人と意義深いキャンパスライフを送れたはずが、私なんかがペアだったせいで、孤独な思いをしている等々)、礼儀として軽い“恋バナ”でもしてみようと思ったのだ。
そしたら上記のような返事が返ってきたというわけだ。
私は控えめに言って、ぶったまげてしまった。
Yは、私が当時毎晩出勤していた銀座の“プロの女の子たち”よりもずっとしたたかに計画的に、男と付き合っていた。
むしろ、稼ぎ盛りの中年男性から一時的なお小遣いをもらって一生懸命彼らを楽しませて、その途中で無残に喰われたり騙されたりしているお店の女の子たちの方が、よっぽど“素人”に見えた。
Yの彼は東大の4年生で、すでに大手企業への就職が決まっていた。
彼女は大学時代に彼のサークルのマネージャーになり(わざわざ他大から!)、彼に狙いを定めて略奪し(当時彼には東大生の彼女がいた)、結婚するつもりでここまで付き合ってきたのだそうだ。
そして今、結婚を誓わせようとしている。
Yは医師の両親を持ち、医学部に通う弟を持っていた。
別にハッとするほどの美人ではなかったけれど、容姿に不自由しているというわけでもなかった。誰がどう見ても育ちのいいお嬢様で、見たところこれまでお金に困ったことはなさそうだった。
彼のことがどんな風に好きかとか、彼とどんなデートをしているのかとか、そういうたわいのない話をしようと思っていた私は、彼女の“戦略”的恋愛話を聞いて腰を抜かしてしまった。
「それで、彼のことは愛してる?」と、聞こうとしてやめた。
それはYにとって、とても不適切な質問のように思えた。
大学院ではそれなりにいろんなことがあったはずだが、Yのこの達観した恋愛観(?)に驚きすぎたせいで私はあまり他のことを思い出せない。
Yは結局在学中に彼と婚約した。
ご両親御用達の宝石商から、2人で大きなダイヤのルースを選び、それをシンプルなデザインの指輪にしてもらったのだとYから聞いた。ティファニーもカルティエもハリーウィンストンの印もなし。インスタ映えするような写真もなし。彼女が必要としたのは、2つ折りの硬いビニールファイルに挟まったダイヤの鑑定書だけだった。
あるとき、彼女がこっそりその指輪を学校に持ってきて、私に見せてくれたことがあった。
私はそれが生まれて初めて目にする“身近な人のもらいたて婚約指輪”だったのでかなり興奮していたのだが、それは本当に、なんというか、「立派な石を乗せましたけど何か?」みたいな無骨なリングで、正直うつくしいとは思わなかった。
***
卒業してから再会した時、Yは宣言よりも数年早く授かった子どもを連れてきた。その子をベビーカーに乗せたまま、私たちは駅ビルの定食屋さんでランチを食べた。ちょっと広めの大戸屋みたいなところだ。
「結婚生活はどう?」と私が尋ねると、Yは魚のような目で、
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