未知の海底を目指して - 水中3Dスキャンロボット「天叢雲剣(MURAKUMO)」
近年、宇宙探査が世界規模で注目されており、月面への有人探査や小惑星からの資源採掘プロジェクトが現実味を帯びつつあります。特に小惑星には、ニッケルやプラチナなどのレアメタルが豊富に存在しており、次世代のエネルギー革命を引き起こす可能性を秘めています。
しかし、私たちが住む地球にもまだ解き明かされていない「未開のフロンティア」が存在します。それは、地表の70%を覆う「海底」です。海底は、人類が足を踏み入れるには過酷すぎる環境でありながら、膨大な鉱物資源、未発見の生態系、そして歴史的な遺物を秘めた地球最後のフロンティアと言われています。
さらに、地球温暖化や環境汚染、人口増加に伴う資源の枯渇といった課題を考えると、その解決策の一端は宇宙だけでなく、海底にも隠されている可能性があります。例えば、海底に眠るレアメタルやメタンハイドレートは、次世代のエネルギー資源として注目されています。
一方、膨大なデータを必要とする海洋環境のモニタリングや、生態系保全の取り組みが急務となっており、これらの課題を解決するために不可欠なのが、水中ロボットや水中ドローンなどの「遠隔操縦型水中ロボット(ROV)」です。
水中3Dスキャンロボット「天叢雲剣(MURAKUMO)」
遠隔操縦型水中ロボット(ROV)は、ケーブルで探査機本体とコントローラーを接続し、陸上や船上から遠隔操作で水中作業を行うロボットです。水中カメラやライト、ソナーなどを備えており、リアルタイムで水中の映像や情報を伝送できるため、深海探査や海底設備の点検、物品回収など、多岐にわたる用途で利用されています。
ワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)が開発した水中3Dスキャンロボット「天叢雲剣(MURAKUMO)」は、遠隔操縦型水中ロボット(ROV)に、水中を精密にスキャンできる多角カメラを搭載。さらに、多角カメラによって取得した高画質画像データをデジタル3Dモデル化する「フォトグラメトリ技術」を用いたスキャンシステムと、マルチビーム測深で得られた高解像度の地形情報を融合することで、精密な位置情報を持つ3Dモデルを生成します。
見えない世界を映し出す: フォトグラメトリ3Dモデル
「天叢雲剣(MURAKUMO)」によるフォトグラメトリ3Dモデルは、海底地形や海洋環境に関わる情報をセンチメートルオーダーの高解像度で再現しているため、幅広い用途で力を発揮します。例えば、潜水士による目視点検が主流だった漁場施設の管理や海底環境の保全が、より効率的かつ信頼性の高い方法で行えるようになりました。
さらに、水深300mまで対応可能で、数km〜数十kmにわたる広範囲の3Dモデルを作成できるため、大水深に造られた施設の設備点検や海底ケーブル調査、沈没船の調査、洋上風力発電所の施工前査定など、多様な用途での導入が検討されています。また、従来の写真や動画による点検とは異なり、点検や経年変化を追跡できるため、設備やフィールド全体を俯瞰したより効果的なメンテナンス計画の立案も可能となります。
2021年には、それまでの水中ドローン調査にかかるコストの削減や資源管理の分野での活用も期待され、「天叢雲剣(MURAKUMO)」によるフォトグラメトリ技術が「第5回インフラメンテナンス大賞・特別賞(農林水産省)」を受賞しました。
主な調査実績
「駆逐艦 蕨」捜索プロジェクト
「駆逐艦 蕨」捜索プロジェクトは、島根県美保関沖で1927年に沈没した「駆逐艦 蕨」の位置を特定し、その全貌を明らかにすることを目的とした取り組みです。ワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)は、水中考古学者の山舩晃太郎氏や九州大学浅海底フロンティア研究センター(菅浩伸教授)らと協力し、2020年9月と2021年7月の2回にわたり調査を実施しました。
調査には「天叢雲剣(MURAKUMO)」が導入され、第1回調査では水深約96mの地点で船首部分を発見。続く第2回調査では、船首から北北西に約10km離れた水深約180mの地点で船尾部分を確認し、これにより蕨の全体像が浮き彫りとなりました。
水深180mでの探索は困難を極めましたが、「天叢雲剣(MURAKUMO)」の活躍により、何十年もの間にわたり未解明だった蕨の存在が明らかとなり、メディアからも大きな注目を集めました。
与那国島の海底地形調査
2021年4月には、沖縄県与那国町での海底地形調査を実施。「天叢雲剣(MURAKUMO)」を使用し、60m×300mに及ぶ広範囲の3Dスキャンを行い、世界で初めてこの地域の海底地形を3Dモデル化することに成功しました。この3Dスキャンは、水中ドローンを用いた調査として世界最大規模であり、観光資源の保護や海洋環境研究の発展に大きく貢献しています。
「天叢雲剣(MURAKUMO)」の3Dスキャンは透明度の影響を受けないため、深海や泥濘地帯などの視界が悪い水中環境でも、精密なデータ収集が可能です。濁った水域に造られた施設の点検や漁場の管理、または海底ケーブルの状態確認といった多様な用途に対応し、海洋の新たな可能性を切り拓きます。
水中調査によって広がる可能性
「天叢雲剣(MURAKUMO)」は産業や環境保護、科学研究など、さまざまな分野でその可能性を広げます。
洋上風力発電所や海底ケーブルのロボットメンテナンス
再生可能エネルギーの利用拡大を目指し、ワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)は洋上風力発電所の普及に向けた活動に取り組んでいます。「天叢雲剣(MURAKUMO)」を使用することで、洋上風力発電所を維持するための設備点検を短時間かつ低コストで行うことができ、メンテナンス計画の効率化が図れます。
また、「天叢雲剣(MURAKUMO)」による海底の3Dスキャンデータは、海底ケーブル敷設の施工シミュレーションにおいて重要な役割を果たします。海底地形の高解像度モデルにより設置場所の環境を正確に把握できるため、ケーブル敷設時のリスク軽減と作業効率の向上が期待できるでしょう。ケーブル敷設後も「天叢雲剣(MURAKUMO)」 を活用して定期的なメンテナンスを行うことで、劣化や損傷箇所を迅速に把握し、ケーブルの寿命を延ばすことができます。
海洋資源の調査
「天叢雲剣(MURAKUMO)」は、水深300mまでの深海や濁りのある海域、複雑な地形といったさまざまな環境でその高度な能力を発揮し、海洋資源の調査においても革新的な技術を提供します。広範囲の精密な映像や3Dスキャンデータを一度に取得できるのはもちろん、フォトグラメトリ3Dモデルによって、従来の調査手法では検出が難しかった資源分布や地質構造の微細な特徴を、立体的かつ詳細に把握できるでしょう。
また、取得したデータは資源採掘の効率化や、環境への影響を最小限に抑える計画作成にも役立ちます。フォトグラメトリ3Dモデルを使用することで、天然ガスやレアメタルの採掘計画を立案する際、正確な地形情報や資源の分布データをもとに最適な採掘ルートを設計できるのです。これは、未来の海洋資源調査を支える先進的な技術であり、持続可能な資源開発と海洋環境保全の両立を実現する重要な役割を果たすでしょう。
海底3Dスキャンサービス・海のバーチャルストリート
「天叢雲剣(MURAKUMO)」の3Dスキャンデータを用いた海底や沈没船のフォトグラメトリ3Dモデルは、従来の写真や動画では捉えきれなかった細部まで正確に再現できるため、教育分野において視覚的かつインタラクティブな教材となる可能性を秘めています。
例えば、「天叢雲剣(MURAKUMO)」を使った海底3Dスキャンサービス・海のバーチャルストリート「Sea street®」では、VR(バーチャルリアリティ)やAR(拡張現実)技術と組み合わせることで、海底や沈没船を実際に探索しているかのようなリアルな臨場感を感じられます。これにより、海洋学や考古学において、当時の船舶技術や航海の歴史を直感的に理解する助けとなるだけでなく、画像や動画では伝わりにくい情報を立体的に学び、より深い興味と学びを引き出せるでしょう。
海が秘めた可能性を解き明かす
海底には、鉱物資源の発見やエネルギー開発、歴史的遺物の発掘など、未知の可能性が広がっており、水中ロボット技術はその扉を開く鍵となっています。その最前線に立つ「天叢雲剣(MURAKUMO)」は、高精度な3Dスキャン技術を駆使し、失われた沈没船や歴史的遺産の発見・保護を実現するだけでなく、産業分野においてもコスト削減や作業の安全性向上に大きく貢献します。
さらに、海底調査は環境保全の観点からも重要性を増しています。気候変動の影響を受けやすい海洋環境をモニタリングすることで、持続可能な未来を築くための基盤を提供します。「天叢雲剣(MURAKUMO)」を活用することで、海底地形の長期的な変化を記録し、地球規模の環境変化への対応策を模索するための貴重なデータを得ることができるでしょう。
ワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)は、これからも海底の未知を解き明かしながら、未来の地球と海洋の持続可能性に貢献していきます。「天叢雲剣(MURAKUMO)」が切り開く新たな世界に、ぜひご注目ください。
関連情報
・「駆逐艦蕨」捜索プロジェクト①〜海軍史上空前の大事故「美保関事件」とは?
・「駆逐艦蕨」捜索プロジェクト②〜93年ぶりの発見
WORLD SCAN PROJECT, Inc.