ー 絵本をめぐる旅 ー 絵本専門士の制作ノートから(4) 『おおかみの兄弟』
第4回は、『おおかみの兄弟』(フランス)をめぐる旅です。
ちいさな兄弟、姉妹たちへ
海外の絵本でも、日本の作品にも、はじめて弟や妹を迎えた第一子をテーマとした作品たちがあります。きょうだいができるうれしさとともに、自分だけが世界の中心にいたはずが、これまでとは違ってくることへの戸惑いや、新しい家族にみんなが夢中になってしまったときの寂しさ。
こどもたちは、まだうまく表現できない自分の気持ちを絵本のおはなしに投影し、安堵してとても満たされます。大人も読みながらちいさなお姉さん、お兄さんを抱きしめたい気持ちになりますね。
一方、この作品ではちいさい側である弟の心の揺らぎがおおかみの兄弟の成長の中に描かれています。はじめてこの絵本を手にしたときに、その視点をとても新鮮に感じました。
今回はパスカル・シェネルとブリッタ・テッケントラップによる作品『おおかみの兄弟』をご紹介します。
だいすき、でもときどき複雑
兄弟姉妹の関係性はさまざまですが、どの子にもそれぞれの立場なりに生まれてくる感情があるものです。家庭の中でのささやかな一場面であっても、自分がどの立場かで、同じシーンがまったく違った色合いの記憶として残ることがあります。兄弟姉妹はお互いにかけがえのない存在で、毎日いつでも一緒、だからこそ時には割り切れない気持ちも芽生えます。
憧れ、やきもち、甘えたい、頼りたくない、構ってほしい、負けたくない、お兄ちゃんはいいな、弟はいいな、自分だけに注目してほしい、自分もいいところを見せたい。幼いからこそ、ちいさな感情の泡は次々と生まれ、心が揺れます。
実際に読み聞かせをすると、こどもたちはこの物語にひきこまれます。兄弟が絆を取り戻す結末に「よかったねぇ」「いいお話だねぇ」と満足のため息をつく様子が微笑ましく、幼いながらもこの物語のドラマティックな展開や兄弟の気持ちの表現をしっかりととらえて理解していることに驚かされます。
心の奥に届ける物語
家族への複雑な感情はごく幼いうちから芽生える、それは自然なことで、さまざまな心の動きの先に成長も愛もある、それでこそ兄弟。
こんな重厚なテーマをさらりと一冊の絵本に仕上げてしまうところに、なんともフランス的な、「こどもの本こそ、こども騙しではなく本質を伝えるものを」という姿勢が感じられます。
この作品はBayard EditionsのLes Belles Histoiresというシリーズの一冊です。幼年向け雑誌に掲載した作品の中から、反響の大きかった選りすぐりの作品を絵本として出版するそうです。確かに、物語もイラストも魅力的な作品ばかりで、このシリーズからの選書の際はずいぶん悩んだものです。
絵本の背の部分のカラフルなデザインが目印ですから、ワールドライブラリーのラインナップの中からほかの作品も探してみてくださいね。