なんとなく忘れられない話、そう。
これは誰かに言うほどでもないけれど
なんとなく忘れられずにいる話
僕はバイクに乗っていて
隣に止まったバスの窓に
とても美しい人を見た
ゆっくりした瞬き
ふわりとした長い髪
ほおに添えられた綺麗な指と白い肌
このまま時が止まればいい
触れたいけれど触れたくない
美しいままそこだけ切り取りたい
少しだけ懐かしいような、
不思議な気持ち
これは誰かに話すようなことではないけれど
静かに忘れられずにいる話
私はバスに乗っていて
隣に止まったバイクの男
ヘルメットの下に綺麗な伏し目を見た
いつか追いかけていた背中
横で眺めた綺麗な伏し目
私にまた、恋に落ちればいい
目が合うことはないだろう
信号が変わるまで、その間だけだから
ねえ見てよ
私綺麗になったでしょう
よく歩いたような道やよく立ち寄ったような店なんかを見るとき、
懐かしい匂いを嗅いだり景色を見たりしたときに思い出す、
正直どうでもいいようなエピソード
だけど
僕は
私は
ふと、思い出す
あの夕方の光のなかの信号待ち
数秒か、数分か、
あの時時が止まっていたら
あの時目が合って話ができたら
今は少し違ってたかもなんて
僕は
私は
ふと、考える
世界のほとんどとのすれ違い
幾千か、幾万か、
今日も誰かとすれ違って
今日も何かを通り過ぎて
何かを感じるんだろう
いつかこの感情に
救われる日がくるのかもしれないからと
わやわやと出てくるものを
いちいち大事に拾い上げてしまう
拾い上げて勝手に、
愛おしいとか思ってしまう
だから、誰にも言うほどでもないけれど
忘れられずにいる話
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