ビジネスとしての「アジャイル」の本質

「アジャイル開発」はソフトウェア開発の手法・哲学ですが、ビジネス一般への応用も見られます。

しかし、元がソフトウェア開発のものであり、理解するのも取り入れるのも難しいです。

今回はアジャイルの本質を、7つにまとめて解説します。


1: リズム

アジャイルでは小さな仕事を積み重ねていきます。


スプリント

仕事して、その成果物をチェックして、一区切り。

これを1~2週間くらいでやります。この時間単位をスプリントと呼びますが、1スプリントで1つの仕事を完了させます。

そして「次のスプリントは何をしようかね」と話して、決めて、回します。

スプリントごとに小さな仕事を完了させていくイメージです。もっち言えば、スプリント単位で一つの仕事を完成させる、それを繰り返すというリズムに沿って過ごしていきます。


探索であること

探索的な営みであることに注意してください。

  • ❌予定やスケジュールを立てて、そのとおりに行動

  • ⭕次のスプリントで何するかを決めて行動

下記記事のマトリックスでいうと、2と3に相当します。

つまり、以下のいずれかが当てはまります。

  • 期間は決まってるけど、何するかが決まってない

  • 何するかは決まってるけど、期間が決まってない

いずれかが不定となっているので、じゃあスプリントごとに小さく仕事を進めながら判断していきましょうか、とするのです。探索的な営みなのです

特にチームで秩序を持って探索するのは難しいので、スプリントを拠り所にしてリズムにするのです。


小さな仕事の管理とは?

「小さな仕事を完了させる」もわかりづらい概念なので、補足します。

これはリーンスタートアップで言えばMVPであり、要は実際に成果物として認めてもらえるもの、もっと言えばお金を出してもらえる単位感を出します。

つまり、小さな仕事を完了させるとは、「小さいなりにでもお金を出してもらえるほどの、一区切りついた成果」を出す(スプリントごとに出す)ということです。

ソフトウェア開発におけるアジャイルでは「動くソフトウェア」という形でこれを保障し続けていましたが、ビジネス一般ではそうもいきません。

初期時点では、おそらく A4 一枚のファイルだったり、付箋を散らしたホワイトボードだったり、あるいは数枚のスライドだったりするでしょう。これらを初期のスプリント終了時に顧客に見せて、顧客が「いいね」「今回分の金は払うよ」「次のスプリントはどうしようか」と示してくれることを目指します。


2: インボルブメント

アジャイルでは、ステークホルダーをしっかりと巻き込みます。


自走できる組織

最低でもチームメンバー、マネージャー、顧客(側のキーパーソン)は巻き込みます。

この人達は全員が等しくチームメンバーであり、したがってそれなりに仕事にコミットします。毎日半日くらいは集中的に費やせて当たり前ですし、仮に忙しいとしても1日1時間くらいはじっくり費やせねばなりません。

このようにして巻き込む理由は「自走したいから」です。自分達で完結させて、ガンガン先に進んでいきたいのです。

その際にボトルネックとなるのがマネージャーと顧客ですので、最初から巻き込みます。


巻き込みは前提

逆を言えば、マネージャーや顧客を巻き込めない場合はアジャイルはそもそも成立しません。そこがボトルネックになるからです。


キーパーソンの顧客を含める

いくら顧客を巻き込めたとしても、その人に権限がなければ意味がありません。

チームメンバーの一員として、「それでいい」と意思決定を下せるレベルのキーパーソンを巻き込まなくてはなりません。

別の言い方をすると、日々のスプリントの中で意思決定がなるべく完結しなければなりません。現実的にすべて完結させるのは難しいですが、基本的には完結させなければなりません。これは、その権限を持つだけのキーパーソンをメンバーに加えられるかどうかにかかっています。

そういうわけで、顧客に理解してもらうことが非常に重要です。キーパーソンに参加してもらえない場合、アジャイルは成立しません。


3: コミットメント

アジャイルでは、メンバー全員は仕事に集中します。


フルコミット

基本的にメンバーはフルコミットか、少なくともまとまった時間で集中して取り組めることが必要です。これができるだけのリソースや体制を整備しなければならないことを意味します。

この前提があるからこそ、必要な議論は何回でもしますし、ペアワーク(二人三脚的に仕事する)のような負担の高い働き方もします。

いちい「おうかがい」なんて立てません。フルコミットする間柄なのですから、誰であろうと遠慮なく使えばいいし、使うべきです。


コアタイムとコミュニケーションの設計

その際、重要となるのが最低ラインを設計することです。

具体的にはコアタイムとコミュニケーションです。

コアタイムとは、声掛けや打ち合わせなどコミュニケーションを行ってもいい時間帯を指します。この間は、各自はひとりで集中するというよりも、コミュニケーションをメインにします。あるいは、集中してもいいですが、割り込まれても文句は言えません。

ただし、これだけで済むほど単純ではないので、コミュニケーションのやり方には融通を利かせます。よくあるのが「朝会など定例の場には全員参加するべき」ですが、これは多様性のたの字もない愚行です

もちろん、全員参加できるのならそれでいいですが、通常はそうはいきません。生活水準や集中のリズムが人それぞれだからです。

※多少リズムが崩れてもパフォーマンスを出せる「優秀な人」「自己犠牲を厭わない信者」揃いであれば問題ないですが、あまり再現性はありませんし、そもそもそんな人達であれば正直どうとでもできます。

個別に、あるいは最低でも「nパターンのやり方」を用意するくらいは融通は利かせましょう。

ここで重要となるのが仕事術(仕事のやり方や考え方)です。要は手段を知らないとやりようがありません

たとえば当サイトでは「脱拘束」というパラダイムを紹介しているので、参考にしてください。


心理的安全性

コミットメントにより心理的安全性も確保しやすくなります。

心理的安全性は、一言で言えば対人関係のリスクを遠慮なく取れる度合いです。

日本は文化的にハイコンテキストで遠回しや根回しを好みますが、そうではなく、言いたいこと・言うべきことはちゃんと言って議論します。普段ならそんなこと言うとむっとしそうだなぁ、悪いよなぁ、そもそも議論なんて慣れてないし嫌だよなぁ、と尻込みすると思いますが、心理的安全性があれば尻込みしません。

これを醸成するのは非常に難しいですが、端的なのがコミットメントなのです。アジャイルなチームの一員として、コアタイム中は、この仕事にフルコミットします、という前提があるので「仕事のために」というスタンスで動けます。

メンバーvsメンバーではなく、私たちvs仕事にできます。「これはあなたを責めてるわけじゃなくて、仕事をよりよくやるための議論なんだよ」との構図にできます――と、口でいうのはかんたんですが、人間ですので意外と難しいです。ですので、いわばコミットメントという形で「私たちはそもそも仕事を第一とした集団だよね」との契約を結ぶわけです。

フィクションではよく「私たちは公人なのだ」「軍人なのだ」と言って私情や人間味を殺して全うするシーンがありますが、これと同じです。


4: リーダーシップ

アジャイルでは、最終的な意思決定者がいて、意思決定をリードします。


最終的な意思決定者

結局、意思決定ができないと物事は進みません。これを行える人がチーム内にいなければなりません。

もちろん独裁するというのではなく、メンバーと議論した上で、じゃあ最終的にどうするかをバシッと決める役割の話です。


意思決定者はこちら側

この意思決定者は顧客側ではなく、こちらのチーム側から選ぶ必要があります。

通常はマネージャーのような立場の人がなると思います。

ソフトウェア開発の文脈ではスクラムマスター、プロダクトオーナー、プロダクトマネージャーといった名前がついていますし、クリエイティブ業界ではプロデューサーと呼ばれたりもしますが、いずれにせよ、こちら側の者が担当します。

顧客側は、この意思決定者の最終的な意思決定と向き合います。顧客側に意思決定させるのではなく、我々チーム側で意思決定したことを顧客に提示するということです。

もちろん、顧客も一メンバーですので、日頃から議論することは可能です。しかし、意思決定の主導権はあくまでも我々チーム側にあります


ビジョナリー

ビジョンを持つ人をビジョナリーと言ったりしますが、意思決定を担う者には、まさに要求されます。

というのも、意思決定には一貫した方針や哲学が必要であり、これには結局ビジョンなる強い信念が要ります。

カリスマ的にその人がグイグイ引っ張るのか、それともメンバー内でじっくり言語化・議論して決めるのか、などやり方は色々ありますが、いずれにせよビジョナリーであることは必須です。そうでないと、意思決定が一貫せずに頼りない無能になります。

※ちなみにメンバー全員がビジョンに強く共感する必要はありません(それでは宗教信者と一緒です。「ぼくがかんがえたさいきょうのしゅうきょう」をつくりたいわけではないですよね?)。ある程度理解して納得もして、コミットができるのあればそれで十分です。


5: シンプル

アジャイルでは、リズムを回すのに必要なことだけをします。


制約は少ない方がいい

特に大きな企業にありがちですが、リズムを回すことを阻害するルール、プロセス、文化などが多数あります。

これらがあっては話にならないので、なるべく軽減させねばなりません。といっても変えるのは不可能でしょうから、以下のような工夫が必要です。

  • アダプター

    • 立場や権限を持つ者が壁役になりつつ、内部では融通を利かせる

    • 外から見られて茶々を入れないようにしっかり守る、必要ならごまかす

  • オッドジョバー

    • 社内の手続きをこなす専用の役割や部隊をつくって、そこに任せる

  • 出島戦略

    • 部署、事業、あるいは会社ごと分けて別組織として活動します

    • 会社ごと分けてしまえば、その会社の理を回避できるからです


介護はしない

アジャイルなチームが相手にするのは、インボルブメントとして巻き込んだメンバーだけです。これをインボルブする(インボルブしたメンバー)と呼ぶことにします。

アジャイルでは、インボルブしてない人は相手にしません。

また、インボルブしているメンバーであっても、フォローすることがあってはなりません。一時的なものや立ち上がりくらいは良いですが、恒常的なフォローはいけません。

以下に例を挙げます。

  • インボルブしてない上の人達に向けての丁寧な説明や資料作成

  • 著しく能力が劣る人の恒常的なフォロー

  • 自律的に動けない人の恒常的なフォロー

要するに介護はしません

現実的に介護の根絶が難しければ、介護を担う役割を決めて、その人だけで対応してください。一般的には一番状況が見えていて、かつ外見えの体裁も整っている意思決定者がやります。

より現実に即した言い方をすると、要介護者からチームを守ってください。典型的には自チーム側の意思決定者、顧客側のキーパーソン、の両方で必要になります。


仕事術の視座

3: のコミットメントでも少し紹介しましたが、リズムを回すのに必要なことだけをやるというシンプルさを保つためには仕事術(仕事のやり方や考え方)の視座が必要です。

やり方や考え方が足を引っ張っていることが多いので、それに目をつけて言語化して、議論して、修正したり別のものを取り入れたりして、といったことが必要なのです。

ソフトウェア開発では色んな技術を選定したり使い分けたりしますし、技術AでダメそうだからBに切り替えるとか、巷では技術Cが有名だけどそのままでは使いづらいからちょっとカスタマイズする、といったこともします。

ビジネス一般でも同様で、仕事術でそうします。シンプルにリズムを回し続けるために、どんな仕事術を使えばいいかを模索します。


6: オンデマンド

アジャイルでは、必要なときに必要なことをします。


必要になってからやる

どうせそのとおりにはなりもしない計画や戦略に延々と費やすよりは、軽く決めて、とりあえず動いてみる(探索する)のがアジャイルです。

動いてみると色々なことがわかりますから、そこで次どうするかを考えれば良いのです。

必要だとわかったこと(あるいは決めたこと)は、それが見えてきてから行動に移します


知識やスキルも必要に応じて身につける

もし知識やスキルが必要になったとしても、それはそのとき身につけにいけば済みます。

重要なのは、そのような勉強や訓練を仕事の一環(スプリント内で行うタスクの一環)として行うことです。


雇ってもいい

あるいは予算が許すなら、知識やスキルを持つ人を内外から一時的に雇っても構いません。

ただし、チームへの適応(アダプテーション)やプロジェクトの文脈のインプットが難しいことがよくあります。短時間で貢献してもらうためには、仕事を上手く切り出す必要があるでしょう。

このあたりの議論は、当サイトでも扱っています。

一般的には、このような整備を行うよりも、自分達で身につけてしまう方がやりやすいと思います。DXの文脈ではリスキリングと呼んだりします。


7: 振り返り

アジャイルでは、振り返りを行って死角をなくします。


振り返りとは

一定期間の活動や各々の内心を顧みることです。

目的は以下の3つです。

  • 1: 一区切りつけて、メリハリをつけること。また準備充電を設けること

  • 2: 良かったことを続けること

  • 3: 悪かったことを改善すること

1: は人間として必要です。ずっとリズムを回し続けると息切れします。

2: と 3: は、振り返りでは意見を出して、実際取り入れるのは今後で行うという意味です。実際行動に移すための意見を、振り返りで出します。


死角をなくす

振り返りの効果は、死角をなくすことです。

死角としては、たとえば以下があります。

  • 仕事で忙しくて言えていないこと

  • 中長期的に考えておきたいこと、考えてみたい

  • あまり言語化できていないが、このままだと望ましくない気がすする……という感じの違和感

  • こうすればいい、ああすればいいといった仕事のやり方・考え方に関する意見や思い etc

こういった死角を回収するために振り返りをします。


振り返りの頻度と時間

正解はありませんが、まず期間については、2~5回分のリズムを回すごとに1回差し込むくらいが良いでしょう。

1リズムごとに行う、はやりすぎだと思います。逆に2ヶ月以上空くのも、空きすぎて形骸化に繋がります。

よくあるのが「振り返りする余裕がない」ですが、危険信号です。そんな余裕がない状態を続けること自体が間違っています。アジャイルだからといってビジーである必要はありません

また、ビジーにならないように、意思決定者や顧客側キーパーソンはチームを守ってください。必要なら自分が接している人達への働きかけや根回しもしてください。むしろそこはメインの仕事の一つです。アジャイルを守るガーディアンでもあるのです。そういった圧力に負けて、「上から言われたから短納期になっちゃったけど頼むね」などとするのは無能です or そもそもアジャイルに向いていない世界です。


次に1回の振り返りに費やす時間ですが、丸一日をいったん標準として、そこから縮めるか伸ばすかを決めれば良いでしょう。前述したとおり、一区切りつける節目としての効果もありますので、まとまった時間がほしいです。

いわば、仕事を免除したボーナスタイムとして確保するようなものです。そうした雰囲気だからこそ、リラックスして本質的な振り返りができます。


注意点としては、振り返り中は(スプリントでやるような)作業を行わないようにしてください

スキルの学習や仕事術の整備などは構いませんが、せっかくのボーナスタイムで、あえて仕事を進めようとするのは、ビジーへの第一歩です。



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