〝やりたいこと〟とは何か?
「やりたいことは何か?」という問いは、多くの人を悩ませます。それは「人はなぜ生きるのか?」という哲学的な問いのように、答えが一つに定まるものではありません。特に現代では、「やりたいこと」を見つけ、それを追求することが人生を充実させるための中心的なものとして神格化され、「自分らしさ」や「自己実現」と強く結びついています。このため、「やりたいこと」を見つけられないことが、あたかも欠けたものがあるかのように感じられ、重く捉えられがちです。
やりたいことを見つけたいという相談は、キャリアコンサルティングの中でも上位に入るほど多いテーマです。
「やりたいこと」という問いは非常に抽象的で、いきなり答えを出すのは難しいものです。その答えを見つけるためには、具体的な経験や関心を積み重ねながら少しずつ探っていくことが大切だと考えます。たとえば、興味を引かれるニュースや社会のテーマ、好きで楽しいと感じること、もっと知りたいと思うことなどをきっかけに、少しずつ自分の方向性を見出していくのです。
思考には抽象的思考と具体的思考があり、抽象的な考え方は具体的な要素の集まりから生まれます。やりたいこと探しも同様で、日々の具体的な経験の集合から浮かび上がってくる高次の共通点が「やりたいこと」を形作っていきます。
とはいえ、やりたいことが見つかるきっかけは一通りではありません。ある人にとっては、強烈に印象に残った出来事や特別な体験が一つの「やりたいこと」をパッと明確にしてくれる場合もあります。つまり、具体的な共通点の発見からやりたいことが見えてくる人もいれば、単発的な経験から一気に方向性が定まる人もいるかもしれません。
このように扱いにくい「やりたいこととは」について考えていきたいと思います。
1. 「やりたいこと」を神格化する社会の影響
今の社会では、「やりたいことを見つけ、それを追求することこそ理想の生き方」という価値観が根付いています。これが、やりたいことが見つからない人にとってプレッシャーとなり、日常の「小さなやりたいこと」さえ、真のやりたいことではないと感じさせてしまうのかもしれません。このように、「やりたいこと」を神格化することで、かえって人々の生活や思考が複雑になっているのです。
2. 日常の「やりたいこと」を軽視しがち
「やりたいことがない」と感じている人でも、実は日々小さな「やりたいこと」はあるものです。「何かおいしいものが食べたい」「旅行に行きたい」「今日はこの本を読みたい」といった、ささやかな欲求や興味が日常にあふれています。これらの小さな楽しみの積み重ねが、充実した人生や自己実現につながるはずですが、往々にして軽視されてしまいがちです。
3. 「やりたいこと」に対する誤解
「やりたいこと」は多くの人にとって、特別なことや壮大な目標であるべきだと捉えられがちですが、これは一種の誤解かもしれません。人生は日々の選択や小さな楽しみの積み重ねであり、そこにこそ価値や満足があるのです。「やりたいこと」という言葉に過剰な期待を抱くと、生活の中で得られるささやかな喜びを見逃してしまうリスクもあります。
4. 日常の「やりたいこと」を尊重する視点
「やりたいことがない」と悩む人には、「やりたいことはすでにある」という視点で捉えることが有効かもしれません。やりたいことを「必ず成し遂げたい特別な目標」とするのではなく、日常の「ちょっとした楽しみ」「少しの興味」として受け入れてみるのです。この視点を持つと、やりたいことに対するプレッシャーが和らぎ、日常の行動や経験が積み重なって自分らしさが形作られていくかもしれません。
5. 「やりたいこと」に囚われない生き方のすすめ
問題なのは、「やりたいことが見つからないこと」ではなく、「やりたいことを見つけなければならない」という考え方が人を縛っている点です。小さく意味のないことのように感じるかもしれませんが、やりたいことを見つけることに固執せず、日常の中で何に喜びや楽しみを感じるかを観察することが最大の近道です。そうして、やりたいことの輪郭をはっきりさせていけるのです。
結論
やりたいことを神格化すると、その問いが重くなり、答えを見つけることが難しく感じられるようになります。しかし、「やりたいこと」を見つけたときの充実感や達成感を求める気持ちも理解できます。だからこそ、自己実現やポジティブな感情、成果のすべてを「やりたいこと」に詰め込もうとするのは、やりたいこと自体に重圧をかけすぎてしまうように感じます。
実際には、日常の小さな欲求や興味に対して行動することが豊かで充実した人生の基盤となり得ます。 もっと知りたいややってみたい、人に伝えたい、これ好き、たくさんある中で楽しい仕事はこれだな、、などに目を向けることで、自然と「やりたいこと」が明確になっていくかもしれません。
繰り返しになりますが、小さな「やりたいこと」や「知りたいこと」から始め、行動につなげることが大切だと私は考えます。抽象的な問いに対する答えが出ないときこそ、具体的な行動や体験を無下にしないこと。
「やりたいこと」を見つけた時、振り返ってみると「ただやってみたいことを試してきただけだ」と感じるものかもしれません。
(キャリアサルタント幟建由佳)