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「狂言劇場 その9」より『法螺侍』

昨夜(2021年6月21日)、「狂言劇場 その9」の舞台写真が公開されました。どれも、すごく生き生きとしていてカッコいい! まだAプロしか見ていなくて、Bプロ『舟渡聟(ふなわたしむこ)』『鮎』は今週末なのですが、写真を見て、ますます楽しみになりました。

なぜなら、今回の4作品はいずれも能楽堂で見たことがあるのですが、Aプロを観る限り、演出が・・・というか印象、見え方が全く違う。写真を見る限り、Bプロにも期待が高まります。古典が新しく見えるって、すごいことだと思う。

Aプロの『法螺侍(ほらざむらい)』は、2018年に国立能楽堂で観ているのですが、初めてということもあって驚くことだらけでした。例えば、舞台に屏風が出てきて、その左右から役者さんが出入りをするというのも斬新なアイディアだったし、鏡板に描かれた松を物語に組み込んだことにもなるほど! と目から鱗が落ちる気がしました。もちろん、シェイクスピアを狂言にするというアイディアにも。魅力的でインパクトがありすぎる狂言だったので、世田谷パブリックシアターの狂言劇場では、どうなるのだろうと期待はいやますばかりでした。

そして期待に違わず、期待以上に面白かった萬斎さん主演の『法螺侍』。この作品はシェイクスピア作『ウィンザーの陽気な女房たち』を基に書かれたもので、萬斎さんのお父様である野村万作先生が演出・主演で1991年に劇場で初上演されました。2018年には能舞台バージョンで万作先生が主演され、そしてこの度は、萬斎さん主演・劇場バージョンになってのお目見え。これまで萬斎さんが演じていた太郎冠者は萬斎さんの息子の裕基さんに引き継がれるなど、ほとんどの配役が変更(若返り?)になりました。

お話をざっくりまとめますと、主人公の洞田助右衛門(ほらた・すけえもん/野村萬斎さん)は酒好き、女好き。昔は将軍家に仕え、その若殿と悪さもしていたが、若殿が将軍になると「公序良俗に反する」と追放に。宿屋にしけこんで、部下の太郎冠者(野村裕基さん)&次郎冠者(中村修一さん)と呑んだくれていたが、いよいよ宿代も酒代に払えなくなった。そこで一計を案じた助右衛門は「女にモテるのが特技だ」とばかり、街の2人の女、お松(高野和憲さん)とお竹(内藤連さん)に全く同じ恋文を送り、貢がせようとするのです。

萬斎さん演じる助右衛門は、ぽんぽこりんの太鼓腹で、それをたいそう自慢に思っている様子。なにせ「この腹には快楽がつまっている!」と、ぽーんと叩いて見せると、ボイーン! と効果音が鳴り響きます。笛や鼓以外の効果音が使えるというのも能楽堂とは違うところ、ボイーン、ボイーンと聞こえると、つい笑ってしまいます。
そういえば、能楽堂バージョンとは台詞も違ったみたい。前は、狂言らしい言い回しが随所に使われている印象でしたが、だいぶ現代語っぽくなって、アドリブかもしれないけれど「この恋文をお松とお竹に・・・」と、サラサラっと認める場面では「コピペして」なんて言っていました。

最初の場面から存在感が際立つのが、裕基さん演じる太郎冠者。助右衛門に酒を注ぎ、「お前も飲め」と言われると嬉々として自分に注ぐ。うまそうに飲み干し、次も自分に注ごうとするのに、主人や次郎冠者に酒をとられて悔しそう。主人を陰でこっそりディスる場面では、ちょいちょい諺を持ち出すという、なかなかクセのあるキャラクターです。

さて、コピペの恋文を持たされた太郎と次郎、主人にひと泡吹かせようと企みを恋文のお相手、お松とお竹、ついでにお松の旦那の焼兵衛にバラしてしまうことに。このお松とお竹もけっこう辛口でユーモアたっぷり。今風に言うと、「ねえ聞いた? あのスケベじじいでデブの助右衛門、私たちに全く同じ恋文をよこして、失礼ったらありゃしない。ちょっと思い知らせてやりましょうよ」と口裏を合わせて、太郎&次郎を巻き込んで作戦会議。一方、その名の通り、やきもち焼きの焼兵衛は怒り心頭ながら、変装して助右衛門のもとに乗り込み、「自分はお松に懸想しているが、亭主への操を言い訳に袖にされている。あなたがお松を抱いてくれたら、自分にもチャンスがあるかもしれない」と、助右衛門が乗ってくるかどうか、様子を見ようとします。

そんなお得な話にのらいでか、と助右衛門は焼兵衛からもらった軍資金を懐に、お松とのデートへ。お松と二人でしっぽり・・・というところにお竹が乗り込んできて「お松さん、あんたの亭主がここにくるわよ!」。助右衛門、もうすでにお松とお竹にばれちゃった。でもとにかく、今は焼兵衛から隠れなければと、太郎&次郎が持ち込んだ洗濯カゴに隠れるのです。「くさい〜!」と鼻を摘む助右衛門(ちょっと同情しちゃう)。そこに焼兵衛が血相を変えて乗り込んできて「間男はどこじゃ!」と喚きます。太郎と次郎は洗濯カゴを持ち上げ、ぐらんぐらんと揺らしながら、川へドボーン! お松とお竹、太郎と次郎は高笑い。

お松とお竹、仲良しだって助右衛門さんは知らなかったんですね。二人が息を合わせて助右衛門さんの無様さを楽しげに言い募るシーンが小気味好く、次に何が起きるんだろうとドキドキします。
太郎と次郎も楽しそう。洗濯カゴは、太郎と次郎が肩に担いだ棒からぶら下がっているという設定ですが(江戸時代の駕籠のような感じ)、実際には棒だけで、洗濯カゴ部分はエアーです。だから、洗濯物の中に隠れた助右衛門が透けて見えるわけです。このあたり、すごく狂言的。普段の演目でも、実際に小道具・大道具なしで、エアーで見せるのが通常なので、全く違和感はありません。アニメとか映像的な表現で、さすがだなと思いました。

川から這い上った助右衛門、大きな声で「くっさめ!」。くしゃみです。これも狂言でおなじみのシーン。さらに、お松&お竹、太郎&次郎は「きれいはきたない、きたないはきれい♪」と、節をつけて歌います。これは『マクベス』でもあるし、Eテレ「日本語であそぼ」でも見たような。狂言とシェイクスピアの見事な融合と感じました。その後にひとしきり笛と太鼓の演奏が続きますが、これがドラマティックで素晴らしかった。くっさめも聞けたし、もはやここで幕でも良いと思えるくらいの満足感。

しかし舞台は続きます。今度はお松たち4人に焼兵衛を加えた5人で、助右衛門に鉄槌第2弾。「お祭りの夜、街外れの老松の下でデートの続きを」というお松からの誘いに乗って、助右衛門が参上。お祭りの夜なので、仮面舞踏会よろしくみんなお面をつけています。この場面ではいろいろな狂言面が勢ぞろい。
天狗のお面をつけてヒョコヒョコ現れた助右衛門を、みんなで寄ってたかって殴る蹴る、引っ掻く噛み付くと成敗すれば、泣いて謝る助右衛門。「嘘をついたことを謝るか?」と聞かれれば「謝る、謝る」などと詫びて見せるのですが、最終的にはドーンと開き直って「楽しく生きて何が悪いんだ!」と、人生賛歌を高らかに述べると、ほかの5人も「この人にはかなわんなあ」と苦笑いし、仲直りするのでした。

シェイクシピアのエッセンスも、狂言らしい表現や技術、品格もしっかりと持ち合わせながら、今回の世田谷パブリックシアター版は良い意味でカジュアルダウンしている感じ。シェイクスピアも狂言もハードルが高いよね、とっつきにくいよね、と思われがちですが、そう感じている人には「とにかくこれを見て! 面白いから」と言いたくなります。同時に、シェイクスピアでも狂言でも古典でもなく、そういうラベルから外れて、一つのただ面白くて新しい良質なお芝居としてこれからも演じられ続ければいいなとも思いました。


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