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すきないろ。

これが人生で最後になるかもしれない。
わたしは考えに考え抜いて、最後の最後は青と紫を選んだ。
2年間、虹のように様々な色に染められた毛先は、丁寧に青と紫に染められていく。

わたしはいわゆる“派手髪”だった。
1年生の夏、アッシュグレーで始まったその旅は、青、紫、赤、ピンク、赤紫とどんどん移り変わり、ついには1色では飽き足らず、3色4色と同時に色を入れる、ユニコーンカラーというものに行き着いた。つやつやの黒髪やふわふわの茶髪が美しい髪だとサークルの友達にもなんども言われたけれど、わたしの一番のお気に入りは青だった。

派手髪の間、恋人は2人できた。
大学3年生を目前とした2年生の1月。
2人目のその恋人は、わたしの派手髪の師匠であり、小学生の頃から仲の良かった1つ上の先輩だった。

『ねえ、髪切らないの?』

『んー。だって髪長い方が、ドラム叩いてる時に揺れてかっこいいんだよね。』

恋人は、マッシュに近いような髪型で、わたしより一足先に旅を終えた金色が、黒髪の毛先に少し混ざっていた。
同じ市内の別の大学に通う恋人は、軽音楽部でドラムを担当していて、素人のわたしでも迫力に圧倒され上手なのがわかった。誰よりも練習をしていた。
恋人の一番好きな髪の色は紫だった。

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気付けば2月。期末テストも終わる。
そういえば最後に会ったのは、10日以上前だっけ。

『時間あいたら会いたいんだけど…』

『ごめん、ライブあるから少し待ってもらってもいい?』

好きな人には、好きなことを、好きなだけやってほしい。わたしは、いいよ、頑張ってねと返した。

2月が逃げてそのまま3月になった。
そろそろ新学期も始まるし、美容室に行こうか悩んだ。『おれ、ボブカット好きなんだよね』その言葉が頭をよぎり、わたしは成人式用に伸ばしていた髪を、20cm、バッサリと切ってしまった。少しでも近づける気がして。会えるような気がして。

髪を手櫛ですきながら、いつものようにベッドに横たわり、twitterをスクロールしていく。
ふと、目に留まった動画の中に恋人がいた。ライブの様子だった。その動画を何気なく再生する。ドラムをたたいているその人を凝視した。

……長い髪が、揺れていない。

『髪切ったの?』

切った方がかっこいいっていったのに、なんでわたしに教えてくれなかったの。ちょっと怒りを込めつつ、LINEを送った。

『うわミスった!秘密にしようと思ってたのに!』

『秘密?』

『うん、次会うまでね!』

その答えに拍子抜けし、同時に一瞬で心がほぐれていくのがわかった。
最後に会ったのは1月中。会う気がないのではないか、好きではなくなったのか、正直不安だった。無邪気に話す恋人に心底ほっとしてしまった。

なにより、自分が気に入っていた長い髪を、わたしのかっこいいという一言で切ってくれたことが嬉しかった。
同じタイミングで、わたしも恋人の言葉に動かされ、髪を切ったことに運命すら感じてしまった。

はやく会いたい。短い髪を触った。
会って、この髪を見てほしいし、あなたの髪も見たい。触れたい。触れて欲しい。

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そのまま、3月も終わり、4月、5月、6月と時は流れた。わたしは最後に会った恋人の笑顔に身を焦がしながら、途絶えてしまったLINEを開いては遡り、思い出しては閉じる、という作業を繰り返していた。

きている洋服が一枚ずつ減っていき、髪は少しずつ伸びていった。いつ始まるかわからない就活を目前とし、いつ戻しても後悔のないように、髪の色は大好きな青に染めていた。

『髪、染めたさ!』

ひさびさのLINEは緊張で指先が震えた。
なんとなく送りづらくなってしまったLINEも、このまま永遠に連絡がとれないくらいなら嫌われた方がましだと、勢いで送った。

『おお!青か!いいなぁ〜俺も紫にしようかな〜』

すぐにきた通知のバイブレーションに、泣きそうになった。返信がくるだけでこんなに喜べる大学生は、この世界を探してもわたししかいないのではないだろうか、そう感じるほどだった。

『最近練習きつくてさ〜』

『そうなんだ、抱きしめに行ってあげようか?』

強がるのが精一杯だった。
抱きつきたいのはわたしだった。

『最近ほんとそういう時間もとれなくてごめん…』

『しょうがないなぁ〜次会った時はその分たくさんぎゅーってしてね笑』

『正直、練習が立て込んでて、それすらも約束できない。ほんとごめん。』

普通の大学生だったら、わかった、とか、もう潰れるくらいに抱きしめてやる、とか、適当に甘いことを吐いてごまかすだろうに。
恋人はまっすぐすぎるくらいに正直だった。
でもそんなところも愛おしかった。

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じりじりと照りつける太陽が日毎に存在感を増していた。切った髪も伸びてしまっていた。
見せたかった短い髪も、見たかった短い髪も、もうどこにもない。
7月の終わり。
いつのまにか、LINEもまた途絶えてしまっていた。

わたしはこれ以上、恋人を縛りたくなかった。
大好きなことをするのに、わたしのことで悩んで欲しくなんかなかった。会えないことで頭を抱えないで欲しかった。なにもしてあげられないと申し訳なさそうにさせてしまうことが耐えられなかった。わたしが負担になるのだけは嫌だった。

『あのさ』

なあなあになってしまった関係を、ひだまりをそのまま人間にしたような優しい恋人は、きっと苦しく思っているだろう。何度も打っては消し、送信できずにiPhoneを閉じ、Twitterを開いては眠りにつく日々で、とうとう覚悟を決めて送った文面。返信は次の日の朝にきた。

『なにもしてあげられないのに、こんなに縛り続けて、あなたの大事な時間を奪って、ほんとうに、ずっと、申し訳ないと思ってた。』

そんなどこまでも優しい恋人は、どこまでも優しかった元恋人になった。


毎日泣いた。なんども後悔した。
慎重に決断したつもりだった。
会えないことがつらいと感じていたあの頃の自分に言い聞かせたい。本当につらいのは会えないことではなかった。会えないことより、大好きな人が知らない女の人を抱きしめることができるようになってしまったことの方がつらいことに気づいてしまった。
今更気づいてもどうしようもないのに。

泣きながら、同じことを考えるようになった。
どうか、あの人がのびのびと好きなことができてますように。
どうか、あの人が少しも嫌なことがなく、毎日楽しく過ごせますように。
毎日毎日、同じことを心の底から願った。
こんなにも相手の幸せを願ったのは初めてだった。人を愛するということはこういうことなのだろうか。

時間はするすると指の間からこぼれていく。
夏休みも残り半分になったとき、わたしは、美容室に行こうと、ふと思った。

きっと、好きな色に染められるのも、これが最後だろう。
何色にするか、どう染めるか、当日の朝まで悩んだ。

『あの、たぶんこれが最後だと思うんです。青と、紫と、2色をいい感じに入れてもらえませんか』

わたしの好きな青と。
あなたの好きな紫と。

はたからみればとても気持ち悪い理由だろう。誰にも言えない理由で染めたわたしの毛先は、すれ違う知らない人に褒められるくらい、きれいな色に染まった。

毎日毎日、1日の終わりにお風呂に入るたび、少しずつ落ちていく色。
少しずつ、すぎていく時間。
切る前に戻ってしまった髪の長さ。
あなたに会えなかった短い髪のわたし。

あなたに見せたかった、きれいな髪を、
あなたもわたしも知らない人に褒められる日々。わたしは、あの人がいない世界で毎日息をすることで精一杯だった。

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夏休みが終わり、秋の匂いを感じる頃、わたしの髪の色はすっかりと様変わりしていた。

色の落ち方にもムラがある。色によって、場所によって、シャンプーの仕方によって。どんなに細心の注意を払っても、綺麗に段階を踏んで落ちていくわけではない。

毎日丁寧に洗い、トリートメントしたわたしの髪は、紫だけがすっかり落ちて、青だけがはっきり残った。

鏡を眺める。消えてしまった紫と、残ってしまった青い毛先は、まるでどんどん前へ進んでいくあなたと、いつまでも前に進めずここで立ち止まっているわたしのようで、毎朝鏡を見るたびに、そのまま割ってしまいたいような気持ちになった。

鏡の前で静かに目を瞑る。

わたしも歩かなきゃいけない。

瞼をゆっくりと開いたわたしは、そのままiPhoneを手に取った。

いつまでもここにはいられないから。
今のままじゃ、あなたに合わせる顔もないね。

大きな鏡の前の椅子に座る。
鏡の中には、わたしと、ハサミをもった男の人が写っていた。

ばいばい。わたしのカラフルな髪。
ばいばい。大好きだったあなた。
ばいばい。あなたが大好きだったわたし。

『あの、髪の色を黒く、戻したいんです。あと、髪、バッサリ切ってもらってもいいですか。』

黒い髪のわたしが飛び出した世界は、わたしとバトンタッチをしたかのように、カラフルな色に染まっていた。


秋。

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