私の考えるクロストレーニング
2017年に立ち上げたステップアップジュニアには、いくつかの実験的な試みがあり、現在も様々なことに失敗しながら挑戦しています。最近は練習の中でクロストレーニングを取り入れられないか考えています。その理由を中心とした記事内容になります。
スポーツに限らず、どんな分野であれ、その専門分野、技量には、それらを習得するためにかけた練習の時間が比例します。テニスも間違いなく同様です。しかも、競争相手が多ければ多いほど、その中から抜け出すには相当な練習時間が必要です。ITF(国際テニス連盟)の提案する練習時間は次男の13歳では1000時間です。これは1年間休まず毎日練習したとしても、日に約2.7時間も必要です。テニスだけではありません。長男が専門にしている野球も、甲子園を目指すような高校の練習時間はざっと計算しても1000時間はおろか1500時間を超えそうなことは理解できます。
なぜ、どの競技、分野においても、年間に1000時間を超えるような練習時間が必要かというと、同じ人間同士の競争ごと、勝負ごとだからだと思っています。技術の習得だけであればここまでの時間は必要ありません。いわゆる練習でできるようになるということと、できる人間同士が戦って競争、勝負に勝つということは構造的に違いがあるからだと思っています。いかなる環境、コンディション、メンタルであっても、対戦相手に勝つということは、技術的なごまかしが効きません。そのため、習得した技術を、戦略的かつ、どんな場面においても発揮する力が求められるのです。
本記事のまだ序文ではありますが、まず最初に私の伝えたいことを記します。
長時間練習へのアプローチです
長時間練習の否定でもなく、短時間で効率的に強くなるということでもありません。問題は長時間練習という行動を即す源が何なのかということに疑問を呈しています。まず大きな部分から話をすると、人間が何か行動するときの源は次の3つです。
反射
欲求
動機づけ
長時間だけでなく短時間であれ、人が何かを練習するということは、行動する3つの源の「動機づけ」にあたります。長時間練習するという動機づけは、それぞれどこからきているのでしょうか。とくに多くの事柄を自己責任では選択できない子供の動機づけはどこからきているのでしょうか。
長時間練習という行動ができた人の方が、何においてもその分野で秀でることは間違いありません。秀でている人というのは、その行動の源が欲求をも超えるような動機づけがなされます。ただ、そのことから周りが長時間練習に向かわせるための動機づけを、暴力(実際に手をあげるだけでなく、心理的なものも含む)、比べる、報酬などで与えることによる外発的動機づけだけで長時間練習させることに疑問があります。
こんな疑問を持ちながら、何か外発的動機づけ以外のことから、長時間練習という行動を即す方法がないかと考えている中で浮かび上がってきたのがクロストレーニングです。まずこのクロストレーニングというものについて曖昧にならないよう、私なりに仮定をしてみます。
①専門分野以外のことを取り入れる
②習得に必要なドリル→構造が類似するトレーニング→…というようなものを時間などで区切って順番に行う方法
元々は長距離走を専門にする選手が、有酸素運動で走る以外の練習を混ぜ始めたところから生まれたトレーニング名だと思うのですが、私の見解より、こんな世の中なのでChatGPTで「クロストレーニングとは」と入力してみました。
こういうトレーニング方法があることは、前から知っていましたが、私が興味を持ったのは筋肉や心肺機能の多角化とか、負荷とか、効率的みたいなことではなく、脳の学習と記憶のメカニズムに合うのではないかと考えたことにあります。
これより説明するために脳のメカニズムについて書きますが、脳科学の勉強を専門的に勉強したわけではありませんし、トレーニングについても同様の知識があるわけではないことを理解ください。
何か行動するときは、脳の運動野という部分が強く働きます。運動野だけではありませんが脳の機能には「一次脳機能」と「高次脳機能」の二つに分類できます。
一次脳というのは、簡単に説明すると、よく使われる日常的な行動に紐づいており、大脳皮質に固定の場所があり集中しているのが特徴です。一方で高次脳はその他、連合野というものに属し、外部からの情報処理など複雑なことに関連しています。この二つの機能が学習や記憶に対してどのような働きをするかというのが近年になってわかってきたようです。
学習や記憶という言葉は、脳科学、記憶研究の分野においては「手続き記憶」というものに分類されます。これは一定の認知活動や行動に組み込まれている、言葉で表現がしにくいが行為として記憶されることです。この記憶になるのが反復トレーニングであるとされています。手続き記憶が、反復トレーニングと休息(何もしない時間、睡眠など)と組み合わさり習得していく過程を詳しく調べていくと面白いことがわかったようです。
先に紹介した脳の「一次脳機能」と「高次脳機能」ですが、いわゆる最初の試行錯誤の時期は「高次脳機能」が強く働き、習熟してくると「一次脳機能」が強く働くのです。(説明をわかりやすくするため視床や小脳については省いています)
例えると、小さな子供がはじめてスプーンやお箸を使ってご飯を食べるときというのは「高次脳機能」が強く働いています。このときの「一次脳機能」というのは働いていないというより、道具を使って、自分でご飯を食べるという行為が習慣化されていないので一次脳として固定の場所がないのです。これが訓練によりできるようになっていくと、道具を使ってご飯を食べるという行為が一つの自動化された運動信号として一次脳機能に組み込まれるのです。「一次脳機能」に組み込まれた行為は、無意識に近い状態で運動信号を脊髄に中継できるため、意識や考えは他のことに使うことができます。野球選手のダルビッシュ選手がスライダーを投げる行為は「一次脳機能」からの運動信号で投げることができますが、仮にテニスでサーブを打ってくれといわれると、すでに「一次脳機能」に定着している「投げる」という行為の記憶から試行錯誤して「高次脳機能」が働きはじめます。能力的にテニスのスライスサーブくらいはすぐに出来るようになりそうですが、脳のどの機能から運動信号が発信されているかによって、他に考えることが変わってきます。例えばすでにテニスのスライスサーブという技術を習得しているテニス熟練者であれば、サーブを打つときに、リーターナーのポジションや普段との違い、どこが得意で不得意かなど様々な戦略や環境に目を向けることができます。一方で身体的な能力は秀でていても、熟練していないダルビッシュさんは連合野の「高次脳機能」が、サーブを打つこと自体に強く働いているため、その他のことに目が向きません。
競争ごと、勝負ごとというのは、その大会、試合というようなものに照準を合わせ、そこで最大限の力を発揮できるために、長時間練習が必要です。「一次脳機能」に技術を深く記憶させ、どんなときでもその技術が発揮できるように反復訓練します。ただ、その照準は日々の流れとともに絶えず変わり続けていきます。それは環境であったり、気候であったり、コンディションであったり、成長や老化といた変動であったりとです。ここからは、哲学というか考え方、ものの見方みたいなもので、人それぞれの違いがはっきりと大きく分かれてしまう部分かもしれません。何か具体的な目標のみを達成することを目標としている人と、何か追い続けても見つからないだろうが、理想とか境地みたいなものを探し続ける人で別れると思います。
この記事を書きながら、横のテレビではNHKドキュメントで「シン・仮面ライダー」の特集をやっています。そこで監督の庵野秀明は度々「段取りだ」「段取りのようだ」といって何度も取り直しを命じています。しかし、しっかりとした段取りができる過去の実績ある優秀なスタッフを集めています。ドキュメントの中で殺陣の責任者は、何を準備してきても段取りだと却下され、アドリブや急遽ひらめいた準備で作ったものが「OK」と言われたりと、半ば不貞腐れている不穏な撮影現場も映し出されていました。それを見ながら、私が考えていることと照らし合わせると、すでに一流とされる実績を上げた人を認めつつ、その成功したノウハウみたいな「一次脳機能」だけの寄せ集めではなく、そんな優秀な人たちが、それらのノウハウを捨て「高次脳機能」を働かせ、これまでに培った「一次脳機能」に深く浸透している記憶との融合から生まれる新しい何かを探っているのではないかと感じました。
せっかくテニスに転向してくれた次男には申し訳ないのですが、私の個人的な理由からの実験台みたいに扱っている側面があります。自宅近くのテニススクールやジュニアチームに入れて週5日くらいテニス漬けにして、練習時間を小さな頃からテニスをやっている子に近づけた方が近道なことはわかっているのですが、あえて週2日〜3日の定期受講しかさせていません。ただ、テニスのない日は、少年野球時代の友達と野球したり、最近はサッカーばかりやっています。テニスは週2日〜
3日ですが、この日常の行動が、私の考えるクロストレーニングなのです。野球は野球でがんばりましたが、その野球の監督をしていたときも、野球の練習以外のことを取り入れていました。テニスを専門にしても、それを親として長時間練習の環境を作るのではなく、テニス以外のスポーツを推奨してやらせています。また、運動学習としても、常に「一次脳機能」に当てはめる反復練習ばかりではなく、動作が習熟してきても、常に「高次脳機能」を刺激し続ける練習メニューを織り交ぜれないかと考えています。私が考えるクロストレーニングとは、脳のメカニズムからすると「一次脳機能」と「高次脳機能」を交差させることであり、これまで習得した経験と、未経験のものを交差させることでもあり、意識せずにできるようにすることと、意識しないとできないことを交差させることでもあり、成功と失敗を交差させることでもあるのです。そこから生まれた、自分の失敗や苦悩、できたこと、できなかったこと、わかったことや、わからないことが不安ではなく、おもしろいこととして捉えることができれば、そこから時間も忘れるような長時間練習という行動の、内発的動機づけになるのではないかと考えます。
岡田斗司夫先生がYoutubeのある相談コーナーで「これからのことが不安でいっぱいです」みたいな悩みに、「全く共感できません」と前置きしながら、次のようにまとめられていました。
①これからのことに最適解があると思っていることが間違い
②正しい選択ばかり選ぼうとすると、ジリ貧になる
③リカバー力を落とさないことの方が大事
そして最後に
もっと真剣に不安になりなさい
そして不安を面白がれるようになりなさい
以上が真剣に考えた私のクロストレーニングです。長文拝読ありがとうございました。
参考文献:『運動スキル学習に関する考察ー脳内経路の変化と記憶の固定をめぐってー橋本圭子《論文》』
『神経科学ー脳の探究ー』M Fベアー、BWコノーズ、MAパラディーソ 著 西村書店
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