「ぱおん」is 誕生日な日記
今年も誕生日を迎えた。噂によると国民の99.93%が1年に1回誕生日を迎えるらしい(ただし、正規分布のときに限る)。
正直なところ、「年を重ねてしまった」と感じざるをえない自分の誕生日よりも、他人の誕生日のほうが無責任に祝った上に、推定不要であろうものをプレゼントと称して押し付けもとい送ることができるので好きではある。だが、それでも生まれた日というだけで他人から称賛を得られるのは良い気分なのは認めざるをえない。
そんなことを思いながら、日付が変わって直ぐに携帯の通知音が鳴った。何かやらかして一番小さな指を失ったとしても、片手で数えることができるほどしかいない友人が何かしらのメッセージを寄せてくれたのかと思い、画面を覗く。
そこには「ぱおん」とだけ送られたチャット画面があった。
LINEの開発者もこんな文章のやり取りのために用いられていると知ったらあまりにも甲斐がない。百歩譲って誤送信であったとしてもだ。
このメッセージを受け取ったとき、「人は生きている意味とは一体何であろうか」という思いに駆られるのは当然のことであろう。メッセージを受け取った側としては、馬鹿馬鹿しくなってスマホを一回軽く机に叩きつけた上で、ゾウさんじょうろの写真を送るのが精一杯であった。
何故、日付が変わった直後におめでとうと送る配慮があるにも関わらず、ゾウに対して用いられる擬音のみを送信するに至ったのか、いや誕生日だからといって無責任に「おめでとう」と祝うことを忌避した結論としての「ぱおん」なのか、だとしたらとんでもない策士だが、たぶん違う。こんな義務教育について疑問を呈さざるを得ないやつでも、悔しいことにちゃんとバースデーメッセージを送ってくる時点で友人と考えてよいのだろう。もっとも、相手は私の事をゾウだと思っているが。
ぴえんとすら形容できない気持ちを抱えつつ、床についた。睡眠中に洞窟探検をしながら見つけたハシゴに登ったら、推定タイ人の家に繋がっていたという夢を見たのは多分、この出来事のせいだ。困惑した私の脳がゾウとタイを無意識下に繋げたのだろうか。不必要な負荷をかけられた私のCPUもとい臓器が我ながら気の毒だ。
ワケの分からない出来事と、理解し難い夢をプレゼントされた上で翌朝を迎えた。
内心、ゾウ以外の擬音が送られてくるのではないかという恐怖を感じながら、スマホを手に取るとYahoo!天気以外の通知は来ていない。形容したくもない不安こそ拭われたが、ゾウをカウントしない限りは、今の所誰にも祝われていないことにもなる。このままだと、大した特典も付属しないお祝いメールを機械的に送りつける企業からはじめに祝われることになりそうだ。実際、3年前はモスバーガーだった。
スマホを取った流れで、ソシャゲのログボを手に入れるべく、さっさとアプリを起動する。これがルーティンとなっているのは果たしてどうなのだろうかと疑問に感じるフェーズはとっくに過ぎた。
慣れた手付きで画面中段に位置するフォルダをタップし、左から二番目を脳髄で考える間もなくタップする単調な作業を行い、推しキャラクターが迎えてくれるホーム画面に入る。
そうか、ソシャゲには誕生日ボイスがあるのか!
この瞬間、私の生誕を一番に祝ってくれたのは、日本競馬史に残る競争馬を擬人化した上でさらに女の子に性転換したキャラとなった。一体こんな将来を、まだケーキに並べるロウソクが嵩張らなかったころの自分は予測したであろうか、否である。
それはともかく、ボイス付きモーション付きで送られるメッセージはなかなか嬉しいものだ。
想定外の体験を経験した後、BGM代わりに高校野球を流しながら、ノートパソコンへと向かう。スタンドには少ないながらも学校関係者たちが応援しているが、暑くはないのだろうか。
クーラーを効かせまくった部屋で眺めているからこそ、2アウト満塁逆転のチャンスのときにはハラハラとするし、9回ウラで守備側のエラーで失点するのを見ると知らない学校にも関わらず悔しい思いが込み上がってくるが、実際に酷暑の中に動員されて現地にいたとしたら、さっさとゲッツーしろよとか三者凡退決めて試合終了を早めてくれよとか思いそうだ。
きっと、そんな帰宅部根性が抜けきらないから、誕生日に「ぱおん」とだけしか送られてこないのだろう。アルプススタンドの端にすら、私の居場所は想定されていない。
準決勝の2試合ともにカープのユニフォームを色反転させたような帽子のチームが好プレーで勝利を収めたのを見た後、カマキリに姿を模した俳優が楽しげにしているのをぼんやり見ていると再び通知音が鳴った。
今度はどんな動物が送られてくるのか、キリンかそれともウマか、せめてゾウと同じくらいポピュラーでなおかつ絶滅していない動物であれと思いながらメッセージを開くと、
画質の悪い猫のスタンプがプレゼントとして送られてきた。
ポピュラーな上、なおかつ地球史上存在すらしなかった生き物である。正直、受け取ったときはかなり強めに笑ってしまったが、未だかつて日付が変わって4分後に怪文が送りつけられ、昼過ぎに画質の悪い猫のスタンプを贈られたのは有史史上初めてではないだろうか。
そう考えると貴重な体験を贈られたのかもしれない。というかそう落とさざるをえない。