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映画の半分はサウンドである - マルサの女

(この文章には映画の内容に触れる記述が含まれます) 

1987年 日本映画 (伊丹十三 監督)

国税局査察部=人呼んで「マルサ」と、脱税を企てる人々の闘いを描いたドラマ。リアルな脱税手段の数々を描いた情報エンタテインメントとしても大いに人気を博し、続編も作られたヒット作だ。伊丹十三監督の代表作と言っていいだろう(本作で日本アカデミー賞 最優秀作品賞・監督賞・脚本賞を受賞)。

何と言っても印象的なのは、本田俊之によるテーマ曲だ。アルトサックスのジャジーな音色が5拍子のリズムに乗った、高揚感たっぷりのこの曲が流れ出すと、とたんに画面は刑事ドラマやスパイ映画のようなスリリングな雰囲気になる。

スリリングな5拍子を選んだのは、ラロ・シフリン作曲『スパイ大作戦』(今となっては原題『ミッション・インポッシブル』の方が一般的だろう)のテーマ曲を参照したのではないか。

脱税者を追い詰めようとする国税局の活躍を、スパイ映画のようなエンタテインメントして描き出そうとした伊丹監督の意図は、5拍子のテーマ曲からも伝わってくるようだ。

しかし本稿では、音楽よりも音響効果に着目したい。

映画の効果音にもアンビエンス(背景音)とフォーリー(動作音)があるが、ここではアンビエンス、その中でも雑踏や人混みで大勢の声がざわめいている、俗に「ガヤ」とも呼ばれる背景音声が重要な役目を果たしている。

本作の主役は、友情にも似た奇妙な縁で結ばれた査察官の板倉(宮本)と、脱税を企む経営者の権藤(山崎)。この二人が、たまたま会った飲食店で会話をしているシーンだ。

世間話のつもりが、権藤は板倉から脱税の方法を聞き出そうとして語り出す。次第に顔色を曇らせる板倉。二人の会話の背景でずっとガヤガヤしている、他の客の声に注意しながらこの場面を観てみよう。

脱税に加担するわけにはいかない。板倉の中でモヤモヤした気持ちがふくらんでいくにつれて、周囲の音声はどう変化するだろうか。

板倉の中で緊張感、不快感が高まっていくにつれて、背景の声が高まっていき、その中に権藤の声は埋もれて聞こえなくなっていく。だが、ついにキレた板倉が立ち去り、権藤が「待ってくれ」と立ち上がった瞬間、背景声のボリュームはスッと落ちて、最初と同じ普通の店内のサウンドになる。取り残された権藤。

気づいただろうか。ここでは、前回紹介した『ゴッドファーザー』の暗殺シーンと同じ手法でサウンドが利用されている。かの作品が、列車の通過音が次第に大きくなることで暗殺者の緊張感を表現していたように。この演出が、古今東西の映画に通じていた伊丹監督の指示だったか、音響マン齋藤さんのアイデアだったかはわからないが。

カメラは、画面は、目に見えるものしか写すことができない。だがサウンドなら、目に見えない「感情」をも雄弁に表現することができる。まさしく映画の半分はサウンドなのだ。

齋藤昌利
日活撮影所録音部入社後フリーとなり、音響効果技師として多くの映画作品の音響効果を担当。本人は「いい意味でのこだわりを持った、効果音での音の表現を重要視している」と語る。『櫻の園 』『パラサイト・イヴ』『デトロイト・メタル・シティ』『嘘八百』など関わった作品は多数。2005年には日本アカデミー賞の協会特別賞を受賞。『ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜』(2009)および『悪人』(2010)で日本映画テレビ録音協会 最優秀音響効果賞を受賞している。

映画の半分はサウンドである

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