【小説】『決めて、始まる 本当の物語』
立春を過ぎて、わたしの中に
春が芽吹いたのかもしれない。
人生で初めての、小説を書き上げた。
何でもないけれど
偉大な一歩、一仕事を終えた翌日の朝
牛丼を買いに、外に出た。
朝の冷えた空気と
昇りたての太陽の光が気持ちいい。
見つめて、味わっていると
じわじわ、心も体も温まっていく。
今日は、何か
トクベツな予定があるわけじゃないけれど
いい日になりそうだな
そんな気がした。
***
目覚まし時計が鳴って
真っ暗な部屋で、目を覚ました。
今日のバイトは、朝番だから
二度寝は厳禁だ。
布団の中から、リモコンで
エアコンの暖房スイッチを入れて
部屋が、少し暖まってきたところで
布団の外に出て、身支度をする。
牛丼屋のバイトを始めて
もうすぐ1年くらい。
大学を卒業して
友達はみんな、就職したけれど
自分は、その流れに乗る気になれず
就職活動はせず、思いつくままに
ふらっと旅に出て
自由な暮らしを楽しんだ。
いろんな世界を見て
なんでもありな様子を見たら、ますます
「とりあえず就職」みたいな行動が
自分の人生に対して無責任な感じがした。
本当にやりたいことを見つけて
自由に、楽しく、生きたい。
けど、実家は出たかったので
自分の好きな街を選んで引っ越し
生活費を稼ぐために
新居の近所の牛丼屋でバイトを始めた。
そこから、1年。
だけど、まだ、やりたいことは
見つかっていない。
だけど、焦ってもいなくて
のんびり、日々の暮らしを楽しんでいる。
焦らずに、そうしていられるのは
もしかしたら、必要なことは
最適なタイミングで起こる、って
心のどこかで、信じているからなのかも。
準備を終えて、外に出ると
日が昇り、明るくなっていた。
立春を過ぎて、少しずつ
日の出の時刻が、早くなっているみたいだ。
今日の、陽の光は
いつもより、力強くて、温かい
そんな気がする。
今日は、何か
いつもと違うことが起こるのかな?
いいことだといいな。
***
ちらりと見たSNSで
お気に入りのインフルエンサーが
「夜中に牛丼食べたよ、美味しかった♪」
と投稿しているのを見て
自分の高校時代の
牛丼の思い出が浮かんで、懐かしくて
久しく食べていなかったけど
無性に食べたくなり
書き終わったら、買いに行こう!
と、決めていた。
無事に書き終えたので
その決意通り、牛丼を買いに、外に出た。
夜中ではなく、早朝だけど。
昔の自分、子どもの頃の自分は
そこそこの箱入り娘だったのもあり
余計に世間知らずで
初めての体験に、いちいち
派手に驚き、感動し、歓んでいた。
高校生の時に
友達と牛丼を食べたことも
当時の自分にとっては
特大級の非日常イベントで
ものすごく、ドキドキ、ワクワクして
美味しかったかどうかは
覚えていないけど
自分、友達、牛丼の在る空間が
珍しくて、楽しかったことは覚えている。
同じ体験をしても
その感想は、人によって、大きく違う。
何でもないこと、と
即、片づける人もいれば
とんでもないこと!と
強く記憶に刻む人もいる。
同じ体験をしても
何とも思わない人、傷つく人がいる。
自分はしあわせだと感じる人
自分は不幸だ感じる人がいる。
同じ感想を抱かないのは
人は、自分が体験したいことを選んで
どう感じたいのかも選んで
生きているから、かもしれない。
わたしにとって、牛丼は
なかなかに思い出深い一品で
何気ないあのワンシーンを
何度も思い出す。
初めての体験、驚き、感動
大好きな人と
笑って話している時間と空間が
わたしは、大好きで
これからも
そんな思い出が、増えたらいいなと思う。
あの日から
すいぶん時間が経ったような気もするし
パラレルワールドで、今、まさに
高校生の自分が、友達と
牛丼を食べているような気もする。
物語を書くことに集中していたから
脳が、異次元空間に
アクセスしたままなのかな。
子どもの頃、空想の世界が大好きで
絵本、アニメ、マンガで
その世界観に浸って味わって
楽しんでいた。
とてもワクワクするから
自分でも何か物語を書いてみよう、と
筆を取ってみたけれど
まーーーったく、書けなかった。
大好きな、お姫さまや、王子さまの
ビジュアルを絵で描くことは出来ても
物語が、浮かばない。
何が起こるか予想不可能の
空想の世界を
自分の頭で考えて創るのって
ムリなのでは?!
自分の想像を超える世界、物語を
自分の創造で描く??
年齢を重ねながら
考えれば、考えるほど
いやー、ムリだな、わたしには出来ないな
という考えが強固になり
読んで、鑑賞して、楽しむ側でいいや
と、納得して、書く挑戦をやめた。
だけど「本当の望み」は
魂に刻まれていて
何かの体験をキッカケに
スイッチが入って表面に浮上し
それを追い求めずには
いられなくなるのかもしれない。
わたしのスイッチが入ったのは
大好きなアーティストが
これまでの音楽活動を経て
小説を出版する
というニュースを見た時だ。
ファンとして
おお!すごい!読むの楽しみ!
と、最初は思ったけれど
その後すぐ、嫉妬みたいな
メラメラした熱いものが込み上げて来て
悔しい!わたしもやりたい!
と、思った。
そんな風に思って驚いたけれど
忘れていた大切なことを
思い出した気がして
その思いをスルーすることは出来なかった。
その思いの中身、理由について
考えるようになった。
それでも、なかなか
じゃあ、わたしも書こう!と
行動に移すことはなく
画面の向こうの憧れの人を
羨むばかり。
そんな自分にイライラし始めていた頃
追い打ちのキッカケが来た。
バイト先のカフェの閉店が決まり
仕事と収入源が
立ち消えてしまったのだ。
普通なら、そこで
ショックを受けたり、慌てたり
急いで次の仕事を探す、という
行動になるのかもしれない。
でも、わたしは、心のどこかで
ずっと、これを待っていた
という感覚があって
取った行動は
秘めて持ち続けていた
やってみたいと思っていた
小説を書く、という挑戦。
書こう、と決めると
入ってくる情報が変わった。
いつものようにSNSを観ていたら
いくつもの小説のコンテストを発見し
締め切りまで一ヶ月程、という
自分を追い立てられる
丁度いいタイミングのものがあったので
そこに目標を設定し、書き始めた。
書いてみると
「ムリだ、ムリだ」と、何度も
思っていたはずなのに
スラスラ、進んだ。
だけど、いつも書いている日記や
インスタグラムとは違って
文章は長いし
構成も考えるから
時間、気力、体力、集中力が要る。
でも、書くことが楽しい。
想像を超えた世界、物語を
自分の創造で、生み出せるのか?
と思っていたけれど
その疑問?心配?は不要だったようで
書き始めたら
自分の思いもよらない方向へ
登場人物たちが動いたり
物語が展開していったりして
わたしは、それを
ただ、書き降ろすだけでよかった。
なぜ、子どもの頃は、書けなくて
大人になった、今、書けるのか。
それについても、書きながら
なんとなく解かった。
子どもの頃の自分と、今の自分
何が大きく違うか、って
体験した出来事、物語の数だ。
生まれてから、今日までの人生の中で
たくさん楽しいこと、嬉しいことがあって
たくさん怒って、めちゃくちゃ泣いて
恋をして、失恋もして
学校に通って、卒業して、留学もして
いろんな土地へ旅に出て
病気をしたり、死にかけたり
大好きな人と決別したり
大好きな人を亡くしたり
傷ついたり
愛されたり
ヒッシに追いかけたり
絶望して諦めたり
・・・本当に、いろいろ、体験した。
たくさんの景色、人、そして
物語に、出逢った。
人の、心、体、精神、人生を知った。
知った、と言っても
完全ではない、けれど
そんな、人の物語の
幅と奥行きを垣間見たから
それをもとに
そこから拡がる世界を覗きに行けば
自分の想像を超えた世界を見つけて
書くことが出来る気がする。
自発的な睡眠不足、そして
食事もお粗末な状態で
夢中になって、何日も書き続け
ようやく、何日目かの日没頃に
書き終えることが叶った。
爽快な達成感を予想していたけれど
いざその時になったら
呆然、放心状態、だった。
終わった、と思うけど
始まった、という感覚も湧いていて
自分の、今、これから
やりたいことが
明確になった気がした。
原稿完成おめでとう、の
牛丼を買うために
朝の街を歩いた。
***
わたしの働く牛丼屋は
街のはずれに在るので
お客さんは、だいたい常連さんだ。
毎日のように働いているので
顔見知りの人ばかり。
いつも通りの仕事をこなしていると
いつもと違う雰囲気を察知して
店の外を見ると
そわそわと、窓から店内を覗く
女の人が見えた。
初めて見る人だ。
入るかどうか、迷ってるのかな?
確かに、女性の一人客は、少ない。
少しして、意を決したのか
勢いよく、入店し
真っすぐレジまで来て
目をキラキラ輝かせて
「持ち帰りで、牛丼の並盛1つ
お願いします」
と、言った。
こんなに嬉しそうに、期待に満ちた目で
注文されるのは初めてで
驚いたけれど
すごく、かわいいな、と思って
こっそり、サービスで
お肉もご飯も、多めに盛った。
持ち帰り用の、用意をしながら
ちらと彼女を見ると
しあわせそうに、窓の外を眺めていた。
今日、楽しみな予定でもあるのかな。
でも、それなら、朝から
牛丼をテイクアクトしないか。
「お待たせしました!」と
彼女に声を掛けると
ぱっと、振り返った時の笑顔が
とても花やいでいて
まるで、春が来たみたいだった。
***
久しぶりに、というか
牛丼屋さん自体、人生で、たぶん
3、4回目くらいだ。
それくらい、普段、縁のない場所。
けど、今日は、これがいい。
お店の前まで来て、ちょっと
躊躇してしまったけれど
店内を覗いていたら
可愛らしい店員さんと
目が合ってしまったので
意を決して、店に入った。
どうやって買うんだっけ?
と、ドキドキしたけれど
すぐにレジを見つけて、直行。
すごくワクワクしながら
注文した。
ずっと、やりたかったことが一つ、出来て
終わったけど、始まる
これからの「物語を書く人生」に
わたしの心は躍っていて
体も踊り出しそうだったけど
そこはガマンした。
牛丼屋さんの店員さんが
すごく、可愛い。
仕事も、丁寧だ。
ますます、いい気分になり
注文を済ませて
窓際で、おとなしく待った。
自分の選択、行動を変えると
別の人生に変わったみたいに
世界の感じ方が変わった。
何度も見ている、いつもの街
いつもの空、太陽なのに
わたしが違うから、それに伴って
見慣れたそれらも、変容した
そんな風に感じて
現実の世界も
空想の世界も
何が起こるか分からない
何でも起こり得る
という意味では、同じだなと思った。
これからは
両方の世界を、ワクワクしながら
楽しんで、生きたい。
受け取った牛丼を
大事に抱えて、家に帰り
ゆっくり、じっくり、味わった。
たぶん、あの可愛い店員さん
お肉もご飯もサービスしてくれている。
かなり、モリモリだった。
気持ちが、嬉しい。
瞳がキラキラしていたな。
彼女は、やりたいことを
見つけているんだろうか。
自分の本当の望みを
掴んでいるのだろうか。
ぼんやり、そんなことを考えた。
***
「ありがとう!」
牛丼を受け取って
嬉しそうに、楽しそうに
その女性は店を出て行った。
彼女の、そんな姿を見て
わたしは、自分の人生を
もっと、本気で楽しみたい、と思った。
いいな、あんな風に、笑って、生きたい。
そう思ったら
子どもの頃
自分の誕生日パーティで
母親に教えてもらいながら
初めて、お菓子や料理を
作った時のことを思い出し
あの時、家族や友達が
すごく喜んでくれて
美味しいと褒めてくれて
大人になったら
料理をする人になりたい
と、思ったことを
思い出した。
好きで、楽しかったから
毎日のように料理をしていたら
当たり前になって
自分のスキルが特別だとは
思わなくなって
ただの趣味、と片づけていたけど
よくよく思い返したら
今でも、毎日、料理をするし
本屋さんに行って
新しいレシピ本を見つけると
ワクワクして
買って、即、作って
アレンジレシピを考えて・・・
ということをしている。
そっか、と、呟いた。
これが、自分のやりたいことだ!
と、確信しているわけじゃないけれど
理想の道具や食材を揃えた
オシャレなキッチンで
自分の考えた料理やお菓子を
研究しながら、作って
それを、たくさんの人に食べてもらって
喜んでもらう、
というシーンを想像したら・・・
「サラちゃん、嬉しそうだね!」
と、店長に声を掛けられた。
春が来たみたいな
桜が咲いたような笑顔、だったらしい。
ハッと、我にかえって
少し恥ずかしかったけれど
自分の進む道が、見えて
心が躍った。
***
牛丼を、美味しく頂き
お腹いっぱいになって
改めて、ぼんやり、これからを
想像してみる。
小説を一本書いて
それをコンテストに応募した。
自分がしたことは、それだけ。
でも、踏み出した一歩
挑戦の恩恵は、大きかったらしく
自分の中の、創造の扉が開いて
今は、とめどなく
アイデアが湧いていて
書きたい気持ちが溢れている。
心と、お腹が満たされた余韻に
浸っていると
友達から、電話がかかってきた。
「ヒメ、久しぶり!元気??」
わたしの家の近くまで来ているから
会って話そう!と
声を掛けてくれたらしい。
会ってみると
彼女は、今、出版社に勤めていて
新しい作品や、作家を探している
という話になった。
「わたし、書いてるよ、作家だよー」
と、言いながら
二人して、めちゃくちゃ驚いて、笑った。
さて、ここから
どうなっていくんだろうね?
今が、楽しいから
この先、どんな展開に遭遇しても
自分の選んだ、望んだ道だと信じて
受け取って、進んで行こうと思う。
想像できない未来を
不安や恐れではなく
喜びと楽しみで、迎えよう。
自分の、本当にやりたいこと
本当の望みは、いつでも
叶えられることを待ってる。
ずっと、待ってる。
いつでも、始められる。
決めた時に、始まる。
さぁ、始めよう、わたしの、本当の物語。
・・・* おわり *・・・
【作・或日野絵空/あるひのえそら】
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