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「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 第13回 ナイアガラ担当2年目の谷ヤン
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谷川にとって、この1年は朝から晩までナイアガラの日々だった。『トライアングル』と『GO! GO! NIAGARA』の2枚のアルバムを発表することができ、長嶋ジャイアンツの応援にまでつきあった。そして、谷川は次のアルバム『CMスペシャル』の企画を会議で熱弁した。1976年11月、日本コロムビアのナイアガラは2年目に突入した。
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Gスタジオ
「谷ヤン、ちょっとGスタ行く?」
「わかりました。ちょっと1時間待っていてくれませんか。企画書を書いて判子もらっちゃうから。」
上司からの誘いに返答し、谷川はすぐさま稟議書作成に取り掛かった。
「ちょっとGスタジオに行ってくるよ。」
企画書を書き終わると、谷川は制作部のスタッフに断りを入れ、社内の予定表に"外出 - TBS G・St”と記載し、日本コロムビア本社を出た。
会社の表玄関に面するコロムビア通りを左手に進み、TVの歌番組の収録が行われている赤坂のTBS方面に向かう。
日本コロムビアは民間放送が開始された時から「コロムビア・アワー」という番組を持っていて、レコード・ディレクターであれば、担当アーティストが出演していなくても、テレビ局に顔を出すことがよくある。
しかし、今日向かう先は三分坂の手前、TBSゴルフスタジオである。お約束の符牒で会社を抜け出し、30分もゴルフの打ちっぱなしをすると気分が晴れた。仕事は夜中までかかるので、午前中はみんなあまりチェックしない、それでヒットが出れば文句も出ない。
最近、小林旭がゴルフ場開発会社の倒産会見をしていたが、どうやら借金の額は数十億単位とのことだ。ゴルフは仕事にするより、プレイするほうが何倍も楽しい。谷川はゴルフが好きだが、酒と同様、接待ゴルフはどちらかというと苦手である。歌謡曲の世界にはあまり出入りしなかったが、作家陣には若い時から何かと可愛がられている。船村徹からゴルフに誘われ断ったときには、「お前、いい度胸しているな。」と本人から直接いわれた。
スポーツでは、野球にもそれほど興味がないが、今年の日本シリーズの盛り上がりはすごい。第6戦の8回に飛び出した柴田勲の同点ホームランに巨人ファンは誰もが狂喜乱舞した。長嶋ジャイアンツ、初の日本シリーズの舞台である。
今年、大滝から巨人戦のチケットを取ってもらえないかとお願いされ、2度ほどチケットを取った。知っていた巨人の私設応援団の団長から、チケットを融通してもらったこともあった。
福生から大滝が運転手と車で来たところを、コロムビアの会社の駐車場に停めて、行きはタクシーで後楽園まで行き、3人並んで観戦した。
巨人には原田という外野手がいた。原田選手が登場したときは、つい得意満面になって「日本コロムビアにいた選手だ。」と大滝にも教えた。日本コロムビアは、5年ほど前まで社会人の野球部をもっていたのだ。
帰りは丸の内線で戻り、仲の良い守衛にこっそりシャッターを開けてもらった。その後も、一緒に巨人戦に行こうと誘われたが、今は「お前が勝手に行け。」と断っている。
谷川は現場のミュージシャンと話しているほうが楽しい。今日の現場は長くかかるだろう。TBSスタジオも冷やかして帰ることにしよう。
TBSスタジオ隣のTBS会館の地下には、カレーのサクソン、フランス料理の高級店シド、そしてTOPSというレストランが並んでいる。シドはなかなか行けないが、カレーのサクソンは谷川もお気に入りの店である。
今は福生通いの日々。毎日の生活でいっぱいで、今週も、彼女と会う時間はあまりなさそうだ。彼女とは音楽業界関係の若手、デザイナーやプロデューサー、音楽評論家、放送局など20何名かで年に2回ほど集まって話し合う、仲間のつながりが縁で付き合うこととなった。
トライアングルでのナイアガラの滝の写真も集めてくれるなど、仕事の上でも助かっている。親からもそろそろ結婚したらどうかというプレッシャーもかかっているし、もう少し仕事が落ち着いたら、結婚を申し込もうかなと思っている。結婚式をするなら、このシドで披露宴が出来たらよいなぁと、谷川は漠然と考えた。
歌詞カード
「歌詞カードを送るなんて、そんなのおかしいだろう。どうのこうの言われたって、後から作って、送るなんて。」
ナイアガラ・オフィスが「後から歌詞カードを送る」という対応をすると聞いて、谷川は大滝に怒りをぶつけた。
「だって、そうしろって、営業の人に言われました。」
「それは、営業のヤツが悪いんだ。でも、そんなことは関係ない。アルバムをこう作ったのが制作者の意思だろう!プロデューサーの意思があって、作品があるんだ。だから、コロムビアが全部仕切るんじゃなくて、お前がやるって言ったんだろう?」
大滝がコロムビアからの指示だったと答えると、谷川は強く反論した。
今回の『GO! GO! NIAGARA』では、歌詞をつけずに聞き取りをすることにしたが、ライナー・ノーツは、ファンからの投稿をそのまま掲載しており、"歌詞は内袋に印刷してあります"という一文が記載されている。
それにも関わらず、歌詞カードがついていないことに対して、購入したファンからレコード店に問い合わせが相次ぎ、騒ぎが大きくなってきていることは、谷川も知っている。
次は、きちんとする、と大滝が半分折れ、谷川は歌詞カードの話をやめた。大滝は歌詞カードをレコード店に配布し、店頭に置くという対応をとった。
アルバム『GO! GO! NIAGARA』は、それなりに売れているが、宣伝の割には売れ行きがにぶく、せいぜい1万枚。野球でいうとシングルヒット、といったところだろうか。
「あの娘にご用心」は、シングル向きの軽快な曲だが、大滝からはアルバムに入れることも抵抗された。昨年発売された沢田研二のアルバムの1曲で、そのアルバム『いくつかの場面』からは、「時の過ぎゆくままに」がヒットした。
谷川が好きなのは『ナイアガラ・ムーン』に入っている「恋はメレンゲ」だ。現在、社内の営業部門から、今回のアルバムからシングルを出さなければという反応はないが、ああいった作品が出来たら、シングル・カットしたいと谷川は思った。
サイダーの縁
次の企画は、大滝が作曲したCMソングを集めた『僕のCMスペシャル』である。元々、エレック時代に『多羅尾伴内CM作品集』として発売する企画があったそうだ。
楠トシエ『みんなが知ってるコマーシャル・ソング集』というレコードがあったとは聞いたが、大手のレコード会社が、何十秒かの宣伝曲ばかり入っているレコードを作る事例はあまりない。
社内でもCMのレコードを販売することについては、否定的な意見が多かった。これだけCMを集めたアルバムを発売するのは、他ではやっていない面白い企画だ。しかも来年のサイダーのCMまで入れる。必ず社内でこの企画を通す、と谷川の心は燃え立った。
社内の企画会議で『CMスペシャル』を出す意義について説明した。
「このアルバムは、カラオケも入っていますが、サウンドの秘密を見せるためなんです。」
「サウンド感を見せていくためのCM集なんです!」
アルバムの中には、インストバージョンや編曲違いの曲も収録する計画だ。同じ曲が何度も出てくることに疑問を呈されたが、谷川はひるまない。
「本人の音楽をそう見せるから、ファンとの距離感がもっと近くなるんです。」
必ずヒットすると力説し、企画・発売の了承を勝ち取ったときは、うれしくてたまらなかった。
このアルバムには「サイダー'77」を収録するが、三ツ矢サイダーのCMは、ON・アソシエイツ音楽出版の大森昭男が、もともと大滝と手掛けてきた案件である。
三木鶏郎の下で働いていた大森は、独立して自分が目を付けた若手ミュージシャンの作品を、電通や博報堂などの担当に提案する術に長けている。
大滝と会うきっかけをつくったのも彼である。
大滝詠一という面白い人がいるという話が大森から谷川にあったのは、もう1年以上前のことだ。「サイダー」の曲は聞いたことがあり、インディーズのアーティストでも面白いやつなら、会ってみたいと思ていた。エレックからコロムビアへの移籍に関しては、ビジネス上は別の人からの働きかけがあって実現したものだが、大森からの打診が1つのきっかけとなったのは間違いない。
大森は、大滝にも同様の話をしていたようで、コロムビアでの初顔合わせとなった背景にも、大森から「谷川さんだったら、いいんじゃない。」という後押しがあったと、後日、大滝から聞いた。
谷川と大滝の関係は、大森サイダーが紡いだ縁でもあった。
<一言コラム>TBS "G"スタジオ <2022.02.07>
(別ページにリンクします)
はい、いかがでしたでしょうか。
今週は、「ナイアガラ担当2年目の谷ヤン」 でした。
次こそは「『NIAGARA CM SPECIAL Vol.1』レコーディング」を予定しております。大滝詠一の作りましたCMソングのレコーディングと宣伝の様子について、お送りしたいと思います。
それでは、本NOTEにて、またお目にかかりたいと思います。Bye Bye!
2022.02.07
霧の中のメモリーズ
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「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」(noteマガジン)
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(これまでの回一覧)
はじめに <2021.10.25>
第1回 プロローグ(舞台袖の谷ヤン) <2021.11.15>
第2回 コロムビアレコード移籍 <2021.11.22>
第3回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング <2021.11.29>
第4回 『ゴー・ゴー・ナイアガラ』放送終了危機<2021.12.06>
第5回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング パート2 <2021.12.13>
第6回 ナイアガラのパッケージ・デザイン<2021.12.20>
第7回 ナイアガラのパッケージ・デザイン パート2 <2021.12.27>
第8回 『ナイアガラ・トライアングル』プロモーション <2022.01.03>
第9回 「ナイアガラ音頭」プロモーション <2022.01.10>
第10回 難産の『ゴー!ゴー!ナイアガラ』 <2022.01.17>
第11回 ついに『GO! GO! NIAGARA』発売 <2022.01.24>
第12回 『SUMIKO LIVE』 <2022.01.31>
第13回 『ナイアガラ担当2年目の谷ヤン』 <2022.02.07>
第14回 『NIAGARA CM SPECIAL Vol.1』レコーディング (Coming Soon!)
【一言コラム】
豊川稲荷 <2021.11.29>
日本コロムビア本社 <2021.12.13>
niagara ✕ COLUMBIA バインダー<2021.12.27>
ABC会館ホール <2022.01.03>
日本コロムビア・グランド・スタジオ・ロビー <2022.01.10>
TBS "G"スタジオ <2022.02.07>