語られることでドラマは始まる ビアスタイル21 GARGERY ESTELLA
初めてGargery Estella(ガージェリー エステラ)を飲んだのは24歳の時だったと思う。もう随分前のことになります。華やかな香りとコクのあるボディに当時ベルギービールに心酔していた私はうっとりしました。日本にもこんなビールがあったのか。すごいじゃないか、と。
専用グラスに採用されているリュトンという三角錐の形をしたグラスは非常に印象的です。グラスのカットもカッコいいのだけれども、そのままでは自立せず、台座に戻さねば倒れて中身をこぼしてしまう。これは悪酔いするほど飲んではいけない、お酒は紳士淑女の嗜みであるということを示しているのだと私は解釈しました。ストイックな、それでいてエレガントな、何ともカッコいいお酒だ。こういう態度のお酒、特にビールにはお目にかかったことがない。
アメリカのカジュアルなカルチャーとして日本でクラフトビールが広まる中、若干ラフでテキトーな感じも同時に広まってきているように思う。お店で飲めば1パイント最低でも1000円、時には1500円のこともあります。スコットランドのシングルモルトウイスキー、フランスのシャンパーニュも飲めるほどの値段です。その時、お店側のカジュアルさはどこまで受容されうるか。そういう視点でクラフトビールのあり方を今後広く議論しても良いのではないかと考えています。
さて、ガージェリーに戻ろう。ガージェリーは初めから下卑たカジュアルさと無縁の存在だ。扱っているお店はオーセンティックバーばかりで、一般小売は一切されていない。落ち着いたバーのカウンターに座り、あのリュトングラスで飲むことが想定されている。飲んでいる自分も楽しいが、飲んでいる姿が他者から見ても品よく映る。がやがやしたパブではなく、静かなバーが似合うビールなのだ。
そういう時間、空間を想定されている以上に重要なことがある。これはあまり指摘されないことなのだけれども、お酒、そしてブランドにとって決定的に重要だと私が考えていることです。ガージェリーには必ず「語りが生まれる瞬間が用意されている」。
自動販売機で缶ジュースを買う時、交わされる言葉はない。コンビニで缶ビールを買う時は「あ、袋はいりません」とか「じゃ、現金で」と言うくらいだ。買い物を済ませるのに最低限必要な言葉を発するだけで特に意味あることを話すわけでもない。では、酒屋ではどうだろうか。棚を眺めながらUntappdのスコアやレビューを検索している人が多い。これは私個人の想像ではないようで、複数の酒販店スタッフからもそう聞いた。良いお酒がそこにあってそれをアテンドするために存在するスタッフに声をかけることなく会計を済ませて店を出ていく。パブも似たようなものだろう。メニューを眺めて「3番をMサイズで」とオーダーするけれども、そこからビールを起点としたコミュニケーションが始まることは少ないように思う。
「ビールは人をつなぐ」などと言うけれども、そしてそれは本当だと思うのだが、実際には人もビールもあるのに誰もコミュニケーションを取っていない場面に遭遇することが多い。様々なサービス、アプリケーションが生まれて便利になった反面、対人コミュニケーションは排除される傾向にあるのかもしれない。美味しいビールは飲めるが、その分人付き合いは減るのだとしたらそれはディストピアだ。ビールが人を分断するのだとしたら私たちはどう関われば良いのだろう。
その点、ガージェリーは大きく異なると私は考えています。メニューが無いバーは多い。お客様の好みを伺い、いくつかやり取りがされてバーテンダーから提案がされる。まずここで会話が生まれます。注文が決まっても、お酒に詳しく、接客、おもてなしを生業とするバーテンダーが提供するのだから注文されたものをただ出すだけでなく「リュトンというグラスは・・・」とか「このビールは飲食店限定で、工場からお店に冷蔵直送されていまして・・・」などとお酒やブランドに付帯する情報を提供時にさりげなく語ることが出来ます。お客様同士の会話を妨げるようなことは出来ないので正確には語りの蓋然性があると言うべきかもしれないが、語るべきものを語ることの出来る人が扱っていて、その人が対面で提供するという形式が成立しているというのは素晴らしいと思う。そうすることによって飲み手にお酒が体験として深く刻み込まれるのだろう。飲んだことすら忘れる凡庸なものではなく、意味や思い出を伴うお酒として忘れられない一杯になる確率が高い。
新型コロナウイルスの蔓延で外食産業は大きなダメージを受けました。特にアルコール業態はきつい状況になり、それに伴って家庭用に舵を切った酒類メーカーは少なくありません。しかし、ガージェリーはあくまでも業務用専門を貫き、一般小売はしませんでした。きっとガージェリーが大事にしているのは人の介在であり、「語り」なのだろう。
ガージェリーには「ひとくちで、ドラマ」というコピーがある。ドラマとは物語であり、語られることで発生するものだ。飲むという行為によって内側に物語が生まれるけれども、実は飲む行為の外側には人がいて、それがビールを通じて自分に関わることで外側にも物語が生まれるのだ。きっと今日もどこかのカウンターでドラマが始まっている。
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この文章は2022年8月に発表した「文脈とビール2」に収録されているものです。写真はビアスタイル21代表取締役である別所氏からお譲り頂きました。心より感謝申し上げます。