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どこか縁のようなものを感じます。えにし。

皆さま、お疲れ様です。

今日もnote書いていきます。

僕、割と家族や親族との縁が薄いんです。
薄いというか、無いというか。

父親の方の祖父母は父親が6歳くらいの時に亡くなっていて、当然僕は古ぼけた写真でしか見たことがありません。
じいちゃんは軍服着た写真で、ばあちゃんはなんか裁縫している所みたいでした。どちらも何か肺の病気で亡くなっています。
僕の気管支が弱いのも、父親が晩年肺を患ったのも遺伝かなぁ、なんて思います。僕の子供たちには今のところそういう要素はないですが。

母親の方の祖父母は、幼少期から近くに住んでいて、小さい頃はよく泊まりに行ったりしていたのですが、小学校卒業くらいの頃から年に数回会うくらいになり、東京に出てきてからはほぼ没交渉でした。
結婚した時と娘ポンが生まれたときと小僧が生まれてから数回会ったくらいですかね。末っ娘は存在も知っていたのかどうかという感じです。

母方の祖父が亡くなった時、もう15年くらい前ですが、僕は母親から「来るな」と言われて火葬の場に立ち会えなかったんです。
母親は何というかファザコン気味なところがあったので、父親との別れをあまりいろんな人間に邪魔されたくないんだなと思ってまぁその時は納得しました。
でも、母親の父親であると同時に僕の爺ちゃんでもある訳でね。
後からちょっと憤慨しました。
…………まぁ、そんなん言うなら孫として頻繁に会いに行けよって話ではあるのですが。

その他の親戚はというと、その存在を殆ど知りません。僕。
父親の弟が北海道で大工の棟梁をしていて、冬になると出稼ぎに来ていたのと、母親に兄が2人居て、一人は割と近くに住んでいて正月にお年玉をくれたりしたんだけど、もう一人は2回くらいしか会ったこと無くて、知らん間に失踪していたらしいんです。

父母の兄弟にはそれぞれ子供がいますが、幼少期に1回か2回会ったきりで顔も名前も性別すら思い出せないくらい。

まぁ、そんな感じで血縁とはとても関係が薄いんですよ。僕。
人付き合いが苦手なのも、そういう環境が無かったからだなぁと思っています。ホント、環境って大事。
僕の子供たちも間違いなくそういうので苦労すると思うのですが、僕には応援することしかできません。


で、なんでこんなことを書いているのかと言いますとね。

母方の祖母が亡くなったんです。

今日の昼過ぎくらいに母親から連絡がありまして。
特養にお世話になっていた祖母なんですが、年末コロナに罹患したという話を聞いたりして、いつその時が来てもおかしくない感じでした。
最近は老衰が進んでいて嚥下能力もほとんどなかったから回復は難しいかもね、なんて話もあって。

100歳を超えていたので、まぁ長く生きたね、と。
火葬は今週金曜日だそうで。お疲れ様でしたと伝えてこようと思います。


そして。
母親から祖母の訃報を聞く数時間前、僕は母親に誕生日おめでとうというメッセージを送っていました。
今日は母の誕生日でもありました。

娘を産んで約七十年後、同じ日に亡くなるというのは、どこか縁を感じるというか、運命的なものを感じちゃいますね。

…………普段はこんなセンチメンタルな感じにはならないんですが。
なんか不思議な感じがします。


そんな今日は、祖母の事を考えながら寝ようと思います。

おやすみなさい。



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