見出し画像

Charli xcx: クラブカルチャーの熱気と洗練されたメインストリームのポップミュージックが見事に融合した新作『BRAT』

文:Jun Fukunaga

現代のポップミュージックシーンに新風を吹き込む革新的な作品

これまでに幾度となくポップミュージックの境界線を押し広げ続けてきたCharli xcx(チャーリー・エックス・シー・エックス)。クラブカルチャーの熱気と洗練されたメインストリームのポップミュージックが見事に融合した本作『BRAT』は、現代のポップミュージックシーンに新風を吹き込む革新的な作品に仕上がっている。

Charli xcxの経歴

イギリス出身のCharli xcxは、10代の頃からロンドンのアンダーグラウンドなレイヴシーンで活動していた生粋のクラブ育ちだ。過去には、JusticeUffieといったフレンチエレクトロシーンからの影響を公言しており、この初期のレイヴシーンでの経験は、彼女の音楽性の核心となった。

2014年のIggy Azaleaとのコラボ曲「Fancy」で世界的ブレイクを果たした彼女は、その後ハイパーポップの先駆者として、実験的なエレクトロニックミュージックと耳に残るポップなメロディを融合させた独自のサウンドを確立。『Pop 2』(2017)や『how i'm feeling now』(2020)といった作品では、批評家とファンの双方から高い評価を獲得してきた。

6枚目のスタジオアルバム『BRAT』

そんなCharli xcxの6枚目のスタジオアルバムとなる本作には、長年のコラボレーターであるA.G. Cookを筆頭に、EasyFunことFinn KeaneGesaffelstein、さらにはHudson MohawkeEl Guinchoなど音楽シーンで一際異彩を放ちながらも確かな実績を持つプロデューサー陣が参加。2000年代後半から現在にかけて時代を築いてきた名手たちは、本作でCharli xcxの先鋭的かつ実験的なポップセンスをより高次元へと押し上げている。

その結果、本作はリリース日には1540万回再生を記録し、商業的に成功した前作『CRASH』の記録を大きく更新。また、各メディアのレビューの統計を取るサイト「Metacritic」では、平均点は95点となっており、本稿を執筆している時点で同サイトの年間1位に鎮座するほど、批評家からの評価も驚くほど高い。この結果は、本作が幅広いリスナーに受け入れられていることを示すと同時に、彼女のアーティストとしての成長を如実に物語っている。

以前、Charli xcxはBillboardのインタビューにて、商業的成功と芸術的完全性のバランスを取ることが本作の大きな課題であると述べていた。しかし、この結果を見る限り、本作はその二つの要素を高いレベルで両立させることに成功した作品と言えるだろう。

その意味では、まさに現代ポップミュージックの新たな方向性を示す重要作として位置づけられる本作だが、その中で特に注目すべきは、Charli xcxが自身のルーツであるレイヴ/クラブサウンドに立ち返っているという点だ。つまり、本作は『CRASH』で示された商業的成功への挑戦をさらに推し進めつつ、自身の音楽的アイデンティティを再定義した作品になっている。

”クラブ出身者”としての表現

本作リリースを予告した今年3月、Charli xcxは、SNSに自身はダンスミュージックを作るために生まれてきた”クラブ出身者”であり、彼女にとって本作はずっと作りたかったアルバムであると投稿している。その言葉どおり、本作では、彼女の代名詞となっているハイパーポップをはじめ、テクノやハウス、ダンスポップにジャージークラブ、ブレイクスまで多種多様なダンスミュージックの要素が絶妙なバランス感覚でブレンドされている。

しかしながら、アルバム全体を通じて最も強く感じるのは、90年代後半から2000年代のダンスミュージックへのオマージュだ。つまり、先述したフレンチエレクトロやブログハウスなどと呼ばれたエレクトロ、そしてそのシーンと強く結びついていた当時のダンスパンクの要素が、現代的な解釈で巧みに取り入れられている。

先行曲としてリリースされた「Von Dutch」は、D Ramirezによる2000年代エレクトロの名曲「Yeah Yeah」のリミックスをまさにストレートにオマージュしたかのような曲だ。一方、「Club classics」は、2000年代Madonna風ダンスポップにフィジェットハウスのウォブル・ベースラインを掛け合わせた文字どおりの"クラブクラシック"感がある。また「Talk talk」は、Daft Punkを彷彿とさせるフィルターやフェイザーなど空間系エフェクトで丹念にサウンドデザインされた浮遊感あるシンセが印象的だ。加えて、「Girl, so confusing」や「B2b」、「365」も約20年の時を経て、現代に舞い戻ってきた"あの頃のエレクトロ"を感じる楽曲となっている。

デラックス・エディション『Brat and it's the same but there's three more songs so it's not

さらに本作リリースからわずか3日後にリリースされたデラックス・エディション『Brat and it's the same but there's three more songs so it's not』に追加収録された3曲からも2000年代クラブミュージックとの繋がりが感じられる。例えば、2003年のBritney Spears「Everytimeをサンプリングした「Hello Goodbye」の多幸感のあるシンセは、まるであの頃のバンド系エレクトロのようだ。一方、"2020年代版エレクトロクラッシュ"的音楽性を持つThe Dare100 gecsDylan Bradyとともに手がけた「Guess」では、Justiceに代表されるエレクトロの伝家の宝刀"ディストーションで歪んだシンセベース"が強く印象に残る。そして、「Spring breakers」のけたたましく鳴るチープなシンセも言わずもがなエレクトロの特徴的な要素だ。このように本作は音楽的にCharli xcx のルーツへの回帰を示している。

一方で、「生意気なガキ(brat)」というスラングがタイトルになった本作の歌詞と世界観は、自信と脆弱性が共存する若者の姿を描き出している。強がりの裏にある不安や自己疑念も含めて"brat"と捉えることで、人間の多面的な感情を巧みに表現しているのだ。例えば「Mean Girls」では、ソーシャルメディア時代における自己表現と他者の視線の関係性を描き、女性の外見に対する社会の期待と批判を浮き彫りにしている。また「360」では、自己肯定と自己批評が交錯するCharli xcxの内面を通して、現代の若者の姿が巧みに表現される。「I might say something stupid」では、Charli xcxのポップスターとしての表の姿と、一人の人間としての脆弱な内面が交錯する様子が描かれる。

そして「So I」は、メンターであり友人でもあった故SOPHIEへの追悼曲として深い感動を呼ぶ。SOPHIEの代表曲「It's Okay To Cry」を引用した"You always said it's ok to cry, so I know I can"という歌詞に、Charli xcxの深い喪失感と感謝の念が込められているからだ。この曲は、Charliの音楽的ルーツと個人的な成長の軌跡を象徴する重要な1曲となっており、先述した脆弱性と強さの共存というアルバムのテーマを見事に体現している。

アルバム『BRAT』でポップミュージックの未来を提示

本作でCharli xcxは、自身のアンダーグラウンドなルーツに立ち返りつつ、過去の遺産を現代的に解釈することでポップミュージックの新たな未来を指し示すことに成功した。サウンドと歌詞の両面で、時代を捉える鋭い感性を発揮して作り上げられた『BRAT』は、彼女の音楽キャリアの新たな幕開けを告げる作品であると同時に、2020年代のポップミュージック史に残る重要な1ページとなるだろう。


最新アルバム『BRAT』


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?