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無銭飲食。
翌日は健康診断だから21時までに夕食を食べないと、お昼過ぎまで腹ペコで過ごすことになる!!!という日のこと。
絶対早く帰る!と決めていたのに「もうちょいもうちょい」で気づけば20時。ぁぁぁ、今から帰宅してもごはん抜きだ。
悲しみの帰宅途中、ふと、良い感じのお好み焼き屋さんと目が合ってしまった。毎日のように帰り道に通っている、けど素通りしてきたお店。まぁ、店構え的になんとなく常連が通うお店な感じがして、1時間かけての通勤者の私は、遠慮してたのだ。
ちらりと暖簾の奥を覗くと誰もいなさそう。一日中雨だったからお客も少ないのかも。うーん、どうしよ。
お腹すいた!入っちゃえ!
衝動的に引き戸を引くと、本日のお客は私が第一号のようだ。「今日は雨やからお客さんこーへんと思っててん」と笑いながら、どうぞどうぞとカウンターに。
21時まで1時間あるなぁと時計を確認して中瓶と豚玉を注文。ほんと、今日は寒いねえとおっちゃんと話しながらコップに口をつけた。
常に笑いながら喋る、ちょっと声の高い気さくなおっちゃん。
清潔だけど、お好み焼き屋特有の、油でペトペトするカウンター。
鯵の南蛮漬け、すじこんにゃく、おでん、豆腐煮、トマトサラダ、手づくり鶏ハムサラダ、ほうれん草炒め…などたくさんのメニューが筆ペンで書き付けられた紙が貼ってある壁。
カウンターの端っこの席には、老眼鏡の乗ったスポーツ新聞。
ぐるりと店内を見回したところで思い至った。
やばい、ここ現金だ。
お財布を持って出掛けなくなって久しい。いざという時のために、スマホカバーの中に3000円ぐらい入れてるが、 朝、そのお金は支払い予定のある息子に渡してしまった。名刺入れや定期入れや手帳の返しなどを見回してみたが、金はない。
もうビールも開栓してるし、豚玉のネタは細長いスプーンでくるくるとかき混ぜられているし、どうしようもないわ。
ごめんなさい!今日お財布持ってないの忘れてたんやけど、ここ、現金払いですよね? なんちゃらペイとかないよね?と正直に言った。
引かれるだろうなぁと思っていたけど、今からできることは、何かしら身分を示すものを置いて明日まで待っていただくか、かろうじて持ってるクレジットカードでキャッシングして、お支払いするかだ。正直キャッシングはしたくないけどしゃーない。
すると、
「かまへんかまへん、次来たときでええから」
と間髪入れずにおっちゃんは言った。
え??でも、私初めて来たお客ですよ。まだ、ほとんど喋ってないですよ。何処の馬の骨ですよ。
ええねんええねん。
おっちゃんめんどくさがりやから、今どき現金若い人困るてわかってるねんけど、よーせんねん。こっちこそ堪忍な。
いやいやいやいや。
そんなそんな。
けれども寛大な措置はありがたいので、勤め先が近くであることとか、毎日ここは通ってることとかをお話しして、誠実に応える用意があることをアピール。昼間の営業はしてないものの、仕込みで店は開けてると聞き、翌日のお昼に支払いに来ます、と約束。非常識をお詫びしながら、では遠慮なく、豚玉とビールをいただいた。
おっちゃんは、恐縮する私を気遣ってか、「これアテに食べ」と、百合根の卵とじまで出してくれた。お出汁の味が優しくて、とっても美味しかった。もちろん豚玉もめちゃくちゃ美味しかった。
その後、外国人の留学生ぽい感じの2人組がお客に加わり、この2人にも豚玉をオススメし、おっちゃんは上機嫌でお好み焼きを焼いていた。
ゆっくりしたいところだけど、健康診断の絶食タイムリミットも迫ってきたので、改めてお礼とお詫びを伝えて、「いらんいらん」というおっちゃんに名刺を渡して帰った。
お母さんのこと
私のお母さんは、若い頃にお好み焼き屋さんをしていた時期がある。家族連れも来たし、おっちゃん2人が延々と飲んでることもあった。単身赴任で寂しいねん、と毎晩のように来ては、お好み焼きではなくて母屋の食卓でカレーを私たちと食べるお兄ちゃんもいた。
帰りの暖簾をくぐる私におっちゃんは、「悪い人やないてわかるからええねん」と私を送り出してくれた。ほとんど会話をする前に、そんな空気を感じてもらえたのだとしたら、それは間違いなく私のお母さんの持たせてくれたものだと思う。たまたま入ったお店が、お好み焼き屋さんてのも、偶然ではないかもしれない。
お金は明日、もちろん払います。
そして、お彼岸前に、「そろそろ終わります」とメニューの横に書き加えられた、牡蠣の鉄板焼きを食べに来ようと思う。