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生き残されし彼女たちの顛末 第4部 第69章 好きなヒト

 第18支団オフィスの駐車場に、周光立、張子涵、李勝文、陳紅花、アンナ・ポロンスキー、高儷の6人が12月10日火曜日の朝6時50分に集合していた。朝の冷気の中、昨日から停めてあったミニプレインのエンジンを起動すると、中からカリーマ・ハバシュがいったん降りてくる。
[あとはミシェル・イーと張皓軒だな]と周光立。
[二人揃ってお寝坊?]と張子涵がカリーマ・ハバシュと悪戯気な視線を交しながら言う。
 7時ギリギリになって、ミシェル・イーが、そして少し遅れて張皓軒がやってきた。上海搭乗組が揃ってミニプレインに乗り込み、ハバシュが乗降口のドアを上げる。ほどなくミニプレインは離陸し、機首を武漢へと向けた。
 今日は民生第一部・第二部担当の事項について、説明と意見交換を行うべく、3地区各自経団を1日で訪問する予定になっている。
 8時に武昌支団の駐車場に着陸。待っていたダイチとカオルが乗り込むと、再び離陸し、一路成都へ向かう。
 9時半に成都着。1週間前に案内役をしてくれた陳香月副書記を含む、7人の成都幹部が出迎えてくれた。視察に加わらなかった3人と「はじめまして」のご挨拶をする。
 会議室に通されて、さっそくミーティングを始めた。前回に周光立に対して投げかけられた懸念事項について、民生第一部・第二部で検討した結果を分担して説明する。
[移動の際、ミニプレイン搭乗のために集合する場所まで、住民や携行品を輸送する手段について、成都の手持ちの機材では充分でないと思われるのですが]と陳香月。彼女は今回の移動プロジェクトの成都でのリーダーとなっている。
 それに対して李勝文が答える。
[重慶での移動支援の車両と運転手を、事前に水運を使って運びます、そのうち必要な分を陸路で成都まで回して、成都の移動期間中にお使いいただけるよう手配します。車両の種類と台数、運び込むタイミングについて検討して、お伝えください]
 具体的な話になると、上海側では気づかなかった課題も出てくる。その場で回答できなかった事項を中心に、検討して早急に結論を出すことで、ひとまず本日の議論は終わった。
 12時から昼食会。成都名産の工芸品の食器に盛られた食事を一同いただく。
 13時に、幹部7人に見送られて成都をミニプレインで発った。重慶まで30分のフライトは休憩時間。ミシェル・イーと張皓軒は、乗り込むとすぐに寝息を立て始めた。
 14時に重慶第3支団の駐車場に到着した。重慶側は上海視察の10人に5人が加わった15人。成都と同様に5人と「はじめまして」のご挨拶。
 本部側の11人と合わせて26人。大会議室に双方2列ずつに並び、向き合う形でのミーティングを行う。まずは上海本部からの検討結果の説明を行う。水運による移動の機材は、重慶籍の大型船3隻のうち1隻を予備用に待機させ、残り2隻に上海籍の4隻を加えた6隻体制とすることを、改めて張子涵から説明。
[移動は原則として区単位でする計画とします。ミニプレインによる弱者の移動日を、同じ区の船で移動するメンバーのシャンハイ到着日に合わせることにして、避難先での生活を、同じ日から開始できるような形にしようと考えています。いかがでしょう〕と張子涵。
[いいと思います。しかし、タイミングが上手く合わせられなかった場合に、離れ離れになってしまうことはないでしょうね]と重慶自経団副書記の韓一諾。
[区単位で同じスペースに入れるように、民生第二部でコントロールします。大丈夫です]とアンナ・ポロンスキー。
 15時を少し過ぎた頃に茶菓子が運ばれてきた。しばし休憩。周光来の最近の動静について、周光立に質問が集まる。30分ほどで議論に戻り、本日結論の出なかった事項について改めて検討して伝えることとして、重慶の議論も終了した。
 17時に重慶を発ち、武漢には18時着。すっかり日が暮れて冷え込んできた武昌支団の駐車場に、孫強、グエン、呉桂平と、張子涵と高儷には懐かしい顔が揃う。陳春鈴は呉桂平の陰に少し隠れるように周光立のほうを窺っている。3人に挨拶した周光立が、一歩前に出て、呉桂平の横にぴったりと引っ付いた陳春鈴に向けて言う。
[またお会いできて、嬉しいです]
[私も…嬉しいです]
[今日もよろしくお願いしますね]
[はい、こちらこそ]
 大会議室には委員会の武漢メンバーが揃っていた。総勢27名のミーティング。
 最初に明後日の視察団についてハバシュが確認。ダイチ、カオル、陳春鈴を含む委員会メンバー18人が参加する予定。ハバシュがミニプレインで迎えに来るのは10時とした。
 上海本部からの検討結果の説明を行い、テーマごとに質疑応答を行う。話題は移動方法に移っていた。
[武漢と重慶からの移動について、船の状態は大丈夫なのか?]と武漢副書記の孫強。
[まあ、ぶっちゃけ申し上げますが、そこが心配なところです。動員できる大型船は全部で14隻。このうち武漢籍、重慶籍のそれぞれ1隻を予備として、残り12隻の体制で、うち10隻を常時稼働させる前提で計画を組んでいます。重慶と武漢を5月中に余裕を持って移動させるには、1か月に上海と武漢を3往復、上海と重慶とは2往復させなきゃならない。ふだんのざっと倍のペースです]と張子涵。
[かなり老朽化している船もあります。移動に向けた動きが始まるまでに、どれだけメンテできるか]と陳紅花。
[武漢だとバスの隊列による輸送も考えられますが、これも長距離輸送に車両が耐えられるかどうか。途中で1台だけストップ、とかいうことになったら、かなり混乱するでしょう]と李勝文。
[いざとなったら、持てる機材を総動員してとりかかるとして、まとめて運べる水運での移動をベースに考えていくべきところだろう]とマオ委員会委員長の楊清立。
[空輸についての、連邦の支援はいかがですか]と武漢副書記のグエン。
[ネオ・シャンハイ籍の機材をフル稼働させるための要員派遣と、成都移動時の追加分の機材派遣は確約してもらっています。ただしそれ以上は、いまのところ確約をもらえていません。成都が終わった後は、当方の手持ち機材で運用して、どうしても追加が必要になったときに支援を申し入れる、ということになります]とミシェル・イー。
[協定では、連邦は最大限支援する、ということではなかったのですか?」と武昌総区長の何志玲。
[並行して進めているAOR収容対策本部のほうで、当初の想定以上に多数を収容しなければならなくなる可能性があり、こちらに回せる機材をどれだけ確保できるか、現時点では見通せないとのことです]とカリーマ・ハバシュ。
[いざというときの交渉は、私におまかせください]と自信あり気にミシェル・イー。
[AOR収容対策本部のアーウィンGMとは、コミュニケーションを密にしています。必ず彼が力になってくれます]とダイチ。
[手持ちのモノで機敏に動き、創意工夫して難局を乗り切る。これこそ自経団の底力の見せどころではないですか?」と武昌法院院長の徐冬香が落ち着いた声で発言して、このテーマの議論をしめくくる。
 引き続き様々なテーマについて議論が続き、開始から2時間で話はほぼ出尽くしていた。
[ところで、ボランティアスタッフの状況について、お話しいただけませんか]と張皓軒。
 武昌で試験的に募集して、どのような人材がどの程度応募してくるか、カオルが計画し、民政局長の呉桂平に引き継いで実地検証していた。彼女から説明する。
[12月1日に募集を開始して、昨日の締め切りまでに200名ほど応募がありました。このうち、移動時の弱者の集合場所への輸送と介添え、移動期間中の弱者、特に同じ区の他のメンバーと離れて待機している者のケア、乗船時の誘導の補助、など考えられる業務を担うことのできる人員は、最終的に100名程度と予想されます。支団ボランティアとして登録し、登録から外れた応募者には、所属する区で役割を担ってもらう形にしようと考えています]
[募集が短期間だった割には、予想以上の関心を持ってもらうことができ、その結果として応募があったと思います]とカオル。
[呉桂平、李薫、ありがとう。この取り組みを武漢の他支団、重慶、成都、そして上海の各支団にも広げていくことを考えています]と張皓軒。
[自経団らしい取り組みだと思う。移動後のネオ・シャンハイでも同様の形でボランティアスタッフを組織化できるといいね]と楊清立。
[はい。民生第二部で進めていきます]とアンナ・ポロンスキー。
 今日結論の出なかった事項を中心に引き続き連携を図っていくことを確認して、20時20分頃にミーティングは終わった。これから本部メンバーが上海に戻るため出発する22時までの間、立食パーティーとなる。メンバーが手分けしたテーブルと椅子をパーティー仕様に並べ替えたところへ、部屋を出ていた陳春鈴が、ケータリングのスタッフを先導して食事とドリンクを運び込んだ。楊清立の音頭で乾杯。
 上海暮らしが長くなった張子涵のところに次から次へと人が話に来る。高儷と話しているとき目をやると、周光立と陳春鈴が話をしている。
[なかなかいい感じじゃねぇか。お姫さま]と張子涵が高儷に囁く。
[そうねえ。いささか凸凹だけれど、悪くはないわねえ]と高儷が答える。

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~12月10日武昌支団オフィス パーティーでの会話:陳春鈴と周光立~
陳春鈴:あ、あの…こんなこと聞いてもいいのかな、と思うんですけど…
周光立:なんでしょう。なんでも聞いていただいていいですよ。
陳春鈴:あの、周光立は…好きなヒトとかいるのですか?
周光立:そうですね。今はいませんねえ。
陳春鈴:じゃあ、前はいたんですか?
周光立:好きになったヒトはいますが、うまく行きませんでした。
陳春鈴:だって、聡明でいらっしゃるし、お家柄だって。
周光立:周光立の孫であることが、仕事のうえでも役に立つことはあります。でも女性との関係では、残念ながら…
陳春鈴:…ごめんなさい。いまはこんなことを話している場合じゃないですよね。
周光立:そうかもしれません。でもね、貴女とこういうお話をするのは、とても楽しいですよ。
陳春鈴:え、そんな…私なんて…嬉しいです!

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~MATESチャット:陳春鈴と汪花琳~
陳春鈴:起きてる?
汪花琳:うん。
陳春鈴:今日は…やはりうまく説明できないけど嬉しかった!
汪花琳:そう。また落ち着いたら教えてね。
陳春鈴:ありがとう。じゃあ寝るね、っていうか、今夜は…
汪花琳:寝不足、大丈夫?
陳春鈴:がんばって寝る! あの人のためにちゃんとお仕事しなくちゃ。
汪花琳:ははは。おやすみ。

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~カオル(李薫)の独白~
 本部メンバーのいる立食パーティー。いないことがわかっているけれど、彼女の姿を探していた。いよいよ明後日は視察団で上海。彼女に会ったら、どういう話をしようか。

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~周光立の業務日誌より~
 12月11日(水)
 今日も一連のミーティングが16時に開始する。最初に上海マオ対策本部とマオ委員会。ネオ・シャンハイのVRミーティングルームと上海、武漢、重慶、成都を簡易VRソフトで結んで実施。民生系の課題については昨日個別に話をしたところなので、今日は技術系をはじめ、公安系、財務系、商務系をテーマとする議論が主となる。特に事業者への支援について、3地域から質問が重ねて出る。財務部、商務部が上海真元銀行とスキームを立案し、できる限り早期に告知すると回答。公安系は移動に合わせて、警務隊の要員、機能を無理なく移行していけるよう、ネオ・シャンハイでの中核メンバーとなる要員を年明けからネオ・シャンハイにて訓練する予定であり、3地域からの要員にも加わってもらうよう依頼。公安部、財務部、商務部の幹部メンバーにも、3地域に赴いて意見交換をする機会を、近いうちに設けることとする。
 17時から、月の連邦本部、ネオ・トウキョウのAOR収容対策本部とそのままつないで、合同ミーティング。最初30分で上海・3地域の進捗状況について報告。残りの30分は、アーウィンGMからAOR収容プロジェクトの状況について。トウキョウ本部、および最も危険なエリアである南北アメリカ大陸の捜索・収容拠点となる、バンクーバー総支部を立ち上げた。スペースプレインの第一次編隊が第一次派遣の警備隊員を伴って到着。起動すみのトウキョウ、バンクーバー、シャンハイ以外の地球上の全レフュージを再起動し、南北アメリカ大陸の支部と基地をレフュージごとに立ち上げる。マルティネスの観測調査に基づいて確認された、いくつかのAORコミュニティーに、すでに通信による働きかけを始めたとのこと。
 18時から月のマオ支援グループのファン・レインGMはじめ6人とのミーティング。当方から先ほど報告したことについての質疑。改めて機材の追加派遣を要請し、ファン・レインGMは、期待に応えたいが、AOR収容プロジェクトの状況がはっきりしてくるまでは確約できない、とのご回答。要員の派遣時期については、2月初に、シャンハイ籍のスペースプレインの操縦クルーチームに入ってもらい、その他のクルーは、2月の春節休暇明け直後に入ってもらえるタイミングとすることを依頼。当方の意向に沿って調整していただけるとのこと。
 次回も1週間後に開催することとし、19時少し前にミーティング終了。

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~周光武の独白~
 焦らなければならない理由は、今から思えばなかったのかもしれない。それでもなかなか思うように担当エリアの治安が改善されず、おれは焦っていた。そんなところに、クスリを扱う勢力の最大のグループの総帥からコンタクトがあった。弱小グループの取り締まりに協力するから自分たちの活動を見逃してくれないか…まずは敵の頭数を減らすこと、と考えたおれは、その話に乗ってしまった。

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(つづく)


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