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生き残されし彼女たちの顛末 第2部 第28章 いとこ同士(1)

 清炒蝦仁(チンチャオシャーレン:エビの塩炒め)、芹菜魷魚(チンツァイヨウユー:セロリとイカ炒め)、東坡肉(トンポーロー:豚の角煮)、白斬鷄(バイシャンチー:蒸し鶏)、家常豆腐(チャチャントーフー:揚げ豆腐と野菜のうま煮)、番茄炒蛋(フェンチーチャオタン:トマトと卵炒め)、小籠包(シャオロンパオ:ショーロンポー)、そして上海炒麺(シャンハイチャオミエン:上海風焼きそば)。皿に大盛りにされた料理が次々と運び込まれてきた。周光来が用意した料理の数々に4人は目を奪われた。
[エビがまだあったんですね]と周光立が驚いて言う。
[冷凍して保管しておいた。これが最後だ。お前の大好物だから出してやった]と周光来。
[肉も代用肉ではないですね]とダイチ。
[やはり冷凍しておいたものだ。これといって珍しい料理ではないが、みな好きなものを好きなだけ食べるがよい]
[どれもこれもおいしそうで目移りしますわ]と高儷。
「本格的な中華料理は2年以上食べてません。本当においしそう」と目を輝かせてヒカリ。
 思い思いに小皿に取り分け、料理を食べ始める4人。
「ハオチー」の合唱に周光来が目を細める。
[やっとプリプリのエビに巡りあえた]と目に涙を浮かべんばかりに喜ぶ周光立。
[これもお爺さまのおかげです]
[エビを食らって「お爺さま」だと? 「爺さん」だの「じじい」だとの言っとるくせに]
[素面だと「爺さん」、酔うと「じじい」です]と、わざと事務的な口調でダイチ。
 料理に夢中の4人に、周光来は、孫の周光立が子どもの頃の思い出話を始めた。
 学校が終わると、いとこの周光武と一緒に、周光来の屋敷にきて遊び回っていた。象牙の碁石で陣取りゲームを始めたときは、あとで白・黒の石の数の不足がないか使用人に確認させるのに一苦労した。紙をナイフで切り抜いて遊ぶのに卓子に直に紙を置いたので、傷の修繕が大変だった。掛け軸にジュースをかけそうになって肝を冷やした…何度も注意したが、懲りずに二人は次から次へと子供ならではの騒動を巻き起こし、孫かわいさに周光来もきつくは叱ることはできなかった。
[あの頃は、お前たち本当に仲が良かったな、いとこ同士]
 話の最後に周光来はポツリ、と付け加えた。
 デザートのアプリコットのシロップ漬けを片づけて食事が終わると、茶を飲みながら今後のことについて確認した。周光来の予定にあわせて、ビデオメッセージを明日午前中に作ることにし、長老たちとの会見は3日後、8日に行うべく調整することとした。
「ではまた明日」と周光来の屋敷を14時過ぎに辞した後、4人は、周光立の運転する車で、黄浦街区の中央を南北に走る新中山路との角の近く、東西三路に面した駐車場まで行き、入口から地下に降りると、第18支団オフィスの中にある第4自経団本部へと向かった。執務室に入り、周光立はさっそく長老たちのアポを取り始めた。

 リンリンこと陳春鈴からMATESがはいっていた。
[周光来ってどんな人だった?]
 高儷が返信する。
[見た目はふつうのお爺さん。けれど、えも言われぬ存在感と、言葉に重みを感じましたよ]
[了解。ありがとう、高儷]と陳春鈴から。
「わたしたちを案内してくれた年配の女性。あの方は?」とヒカリがダイチに聞く。
「ああ、あの方は周光来の秘書の劉静(リウ・ジン)だ。もう40年くらい仕えている、信任厚い側近の一人だそうだ」
「背筋がしゃん、として、かっこよくて憧れちゃうな」
[あんなふうに年齢を重ねたいものですね]と高儷。
 
[楊先輩、お久振りです」と言ってやって来たのは、周光立とダイチの高中の1年後輩で第18支団民政局副局長の張皓軒(チャン・ハオシェン)。ダイチがヒカリと高儷を紹介した。
[支団の面々をご紹介しましょう]というと張皓軒は、まず3人を第18支団の書記である40代の女性、李香月(リー・シャンユエ)のところへ連れていった。ダイチとは顔馴染みなので、あとの2人を紹介する。
[レフュージから来られた女性お二人に会えるとは奇遇ですわ。しかも楊守のもう一人のお孫さんがいらっしゃるなんて」
 ゆったりとした服にふくよかな体を包んだ李香月が、鷹揚な口調で言った。自席から立ち上がると、張皓軒と連れ立って、3人を他の幹部やスタッフたちに紹介して回った。
 一通り回ると、3人は会議室の一つに通された。張皓軒が自ら冷茶の入ったポットとグラスを4つ運んできた。めいめいグラスに茶を注いで口をつける。
[そういえば、MATESに今日書き込まれたらしい、こんなタグをつけたメッセージがありました]といいながら、張皓軒が自分のPITの画面を3人に見せる。
[タグが「星衝突、自経団なにやってる」ですって]と高儷。
[匿名で内容も相当過激だ]とダイチ。
「ライクが504件にシェアが293件。相当拡散されてますね」とヒカリ。
[いよいよこちらも本格的になってきたな。武昌にも伝えないと]とダイチ。
[あ、さっき李薫にMATESしときました]
張皓軒はカオルと高中の同級生で、親交がある。
[周光立には?]
[やはりMATESで報告しました]

 16時半を過ぎたころ、周光立がやってきて[集まってもらう長老9人のうち7人が、8日の午前中で調整できた。あと2人もたぶん大丈夫だろう]と言った。
[当日は楊大地、シカリ、高儷、君たちにも話をしてもらうから、そのつもりで]
「緊張しちゃうなあ」とヒカリ。
[大丈夫、今日爺さんに話してくれた調子で大丈夫だ。それから明日のビデオメッセージ作りにはおれは立ち会わず、楊大地にカメラマンをお願いしてもいいか]
[かまわないが、お前は?]
[自経団ごとに面談の調整をしなきゃならない。手始めは明日の午後、おれのところをやる]
[いよいよ、ですね]と高儷。
[そう、だからみんな今日はおれの家に戻って休んでくれ。張皓軒、お前の車で送ってくれないか? それと4人分の夕食をケータリングで手配してほしい]と言ってから、周光立は家のキーをダイチに渡す。
[お前はどうするんだ?]とダイチ。
[うん、ちょっと寄りたいところがあって]

 第18支団のオフィスの前で3人と別れると、周光立は黄浦街区の北東、虹口街区に近い一角に位置する第35支団のオフィスに、いとこの周光武を訪ねた。
 事前に連絡して断られるといけないので、アポなしで行った。そのためオフィス奥の執務室に通されてしばらく待つことになった。彼に予定が無ければ、外に出てビールでも飲みながら話ができれば、と考えてのことだった。
 アシスタントが持ってきた冷たい茶を飲んで20分ほどたった頃、周光武があらわれた。
[やあ、元気そうだな]と立ち上がりながら周光立が挨拶。明るく振舞ったつもりだった。
[いきなりやってきて、いったい何の用だ?]と、不快感を顕にしながら周光武。
[事前に連絡取らなかったことは謝る。折り入って話したいことがあって来た]
 周光武がアシスタントに目配せすると、アシスタントはバッグをもって部屋の外に出た。
[「星」の話なら、いっさい聞かんぞ]と周光武。
[実は今日爺さんに会ってきた。楊大地と、そのいとこでネオ・トウキョウの生き残りの女性と、ネオ・シャンハイの生き残りの女性も一緒だった]
[いとこ、ということは楊守の孫、ということか]
[その通りだ]と周光立。
[情に訴えて爺さんを巻き込もうってことか。お前のやりそうなことだ]
[お願いだ。第7自経団の幹部たちと一緒に、一度彼らに会って話を聞いてもらえないか?]
[それは結局、連邦に頭を下げる、という話だろう。それなら金輪際お断りだ]
周光武はきっぱりと言うと、
[次の予定がある。帰ってくれ]の言葉を残して、部屋から出て行った。
[やれやれ]と呟く周光立。立ち上がると、第7自経団オフィスを辞することとした。

 周光立が自宅に戻ると、3人がダイニングで食後の茶を楽しんでいるところだった。高儷の後ろ姿の向こうに並ぶダイチとヒカリ。その和やかな雰囲気に、再び「やれやれ」と呟く。
(こちらの「いとこ同士」に比べておれのほうは…)
 仲の良い「いとこ同士」だった周光立と周光武の間に波風が立ち始めたのは、2年前、周光立が上海自経総団の副総書記に就任し、第4自経団の書記となった頃からだ。周校武は1年前に副総書記兼第7自経団書記となっており、「周光来の孫」二人が若くして同時期に上海自経総団の要職に就いたことで、周囲が「総書記レース」を取り沙汰するようになった。
 二人の父親にも同様のことがあった。周光立の父親が総書記に就き、周光武の父親は実業界に転じた。そういった経緯もあって、周光立より周光武のほうが、総書記の地位へのこだわりが強く、周囲の下馬評を気にするようになった。周光立の総書記ポストへの思いは周光武ほどではなく、彼が総書記で、自分は副総書記として支えるのでいいと思っていた。
 正義感の強い周光武は、治安など問題が多いエリアである第7支団の責任者に名乗り出た。しかしなかなか思うように行かずストレスがたまる一方。手際よく第4支団をまとめている周光立を強くライバル視するようになった。そして決定的となったのが「星」の対応について。ライバル視は敵視へと発展してしまい、まともな会話すらできなくなった。
 今日の午後、周光来の自宅を辞すときに、周光立は「爺さん」から、そっと言われた。
[いろいろあるだろうが、光武のことをどうか悪いようにはしないでほしい。私にとってはお前と同じく「かわいい孫」だからな]
 周光立もまったく同じ思いである。
 しかし今の状態ではどうしろというのか。
[やれやれ]と、今日三度目の呟き。

(つづく)


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