生き残されし彼女たちの顛末 第0部(前日譚) 16)両親との別れ
わたしの両親との最後の面会は2年前、マサルおじいちゃんのケアからちょうど1年たったとき。カゲヒコとマモルといっしょに、おじいちゃんのときと同じターミナルケアセンターの面会室で対面した。
「夫婦は同じタイミングでケア、というのが原則みたいだね」と父のマサヒロ。
「カゲヒコさんのご両親も同時だったわよね」と母のカヨコ。
「ぼくたちはそうはならないですね。残念ながら、というべきか、幸いに、というべきか...」とカゲヒコ。
「いずれにしても、ヒカリとマモルのことをよろしくお願いしますね、カゲヒコさん」と母。
「はい、もちろん。まあそんなに長くはないようではありますけれど...」とカゲヒコ。
「マモル。火星に無事着けるように祈っているからな。頑張れよ」と父。
「うん、わかった。おじいちゃん」とマモル。
「カゲヒコくん。マモル。ちょっとだけ外してくれないか」と父が言った。
カゲヒコとマモルが外に出た。
「さてヒカリ...と、もったいぶって言うことでもないが、おまえの実のおじいちゃんの話は、マサルおじいちゃんから聞いているよね」と父。
「ええ。最後の面会のときに聞いたわ。写真ももらった」
「ずっと黙っていて悪かった」
「そんな、気にしないで。恨んだりしてないから。驚いたのはたしかだけれど」
「マモルおじいちゃんが行方不明になった経緯は『わからない』ということだが」と父。
「マサルおじいちゃんからもそう聞いたわ」
「国際連邦の調査隊の隊員として中国大陸に渡った。それは聞いているよね」
「うん」
「調査隊に関することは『極秘』とされてしまったということだが」
「そうね」
「私が思うに、どこかにその件についてのファイルは残っているはずだ」
「たしかに可能性は否定できないけど」
「おまえくらいのスキルなら、調査隊に関するファイルにアクセスできるかもしれん」
「あなた、行政官のあなたが、なんてこと言うの?」と母。
「いや、やはり聞かなかったことにしてくれ」と父。
「わかった」とわたし。
「ことによるとマモルおじいちゃんは、大陸のどこかでまだ生きてるかもしれないな」
父がポツリとつぶやいたこのひとことは、ずっとわたしの中に残ることとなった。
最後にもういちど三世代そろって、しばらく思い出話で過ごし、面会時間は終わりを迎えた。
おじいちゃんのときとちがって、涙は出なかった。
まだまだ若い両親の姿に、実感が湧かなかったのだろうか。
1週間後に通知が届いた。面会のときには出なかった涙が、とめどなくあふれ出てきた。
カゲヒコがそっと肩を抱いてくれた。
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(火星授業記録その25)
インパクトを回避する手段として、さきの小惑星の際に検討された宇宙船を天体に衝突させて軌道を変える、という方法や、核兵器等を打ち込み、天体を破壊する、という方法がすでに研究され、検討されました。しかし直径560mほどのさきの小惑星に有効な方法が直径100kmとはるかに大きいマオに対しては全然ちがったものになります。実際に軌道を変える方法も、破壊する方法も、現時点で人類が持っている技術ではマオにたいして効果がない、という結論になりました。
2265年の観測結果ではマオの月へのインパクトの可能性はなくなりましたが、地球へのインパクト確率は50%となりました。連邦科学技術局での対策会議を引き継いで、連邦統治委員会のすぐ下の組織として「連邦インパクト対策特別小委員会」が設置されました。相変わらずマオに関する事項は極秘とされました。
この時点で、マオの地球最接近またはインパクトは、2290年の6月15日の前後5日間の可能性が高いことがあきらかになりました。しかし、衝突する場合のその可能性が高い地域については、まだ特定ができませんでした。
インパクトの前に一定以上の時間的余裕をもって衝突地点が特定できれば、危険な地帯のレフュージの市民を比較的影響の少ない地域のレフュージに避難させる、ということもできます。しかし残念ながら「衝突する可能性の高い地域」という形であっても半年くらい前にならないとわからず、正確な衝突地点については本当に直前にならないとわからない、というのが、観測結果をAIが分析した結論でした。
ある者は一瞬のうちに高熱で焼かれ、ある者は降りそそぐ岩石の襲撃や津波によって破壊されたレフュージと運命をともにし、そしてその他の者の多くも大きく変化した環境の中で機能不全に陥った、つまりうまく機能しなくなったレフュージの中に取り残される。マオのインパクトにより、残された人類はさらに過酷な運命に見舞われることが明らかになったのです。しかも、どのレフュージにいる者がどのような運命に見舞われるかが直前までわからないということです。
比較的安全かもしれない場所に避難をしようにも、短時間の間に数千万人という規模の人々をはるか遠くまで移動させる手段を、人類は持ち合わせていませんでした。なによりも、人々が恐怖の中で大混乱に陥ってしまう、いわゆるパニックの状態になってしまうであろうことが大きな問題とされました。
連邦インパクト対策特別小委員会での議論は紛糾しました。
少しでも多くのレフュージが機能し続けるよう、レフュージの構造を強くし、想定される環境変化に対応する施設を新たに備え付けるという案が出ました。しかしこの案でも、直撃状態となる地域のレフュージは助かりません。また、衝突地点や衝突の際の状況などいろいろな前提条件でAIによるシミュレーション、つまりどのようになるかの予測がされましたが、その結果は前提条件ごとにあまりにも異なるものでした。レフュージを強力にするとしても、ありとあらゆる状況に対応することは不可能です。
どんなに手を尽くしても、インパクトの時点で地球上にいる限り多くの人々が恐怖と苦痛の中で最期をとげることが確実になるなかで、その恐怖と苦痛をそのままにしていてよいのか、という点が次第に重視されるようになりました。
地球上にいてはならないのだとすれば、どこに行けばよいのか?月や火星へ移動させるにしても、可能な人数には限りがあります。
そうしているうちにもマオのインパクト確率は上がり続け、2275年には90%に達し、もはやインパクトはほぼ避けられない状況になりました。
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(つづく)