生き残されし彼女たちの顛末 第4部 第62章 助理会、そのあと
~周光立の業務日誌より~
11月16日(土)
楊大地と陳春鈴が成都から武漢へと戻る日。朝9時に発って武昌へは21時頃に到着予定とのこと。
上海は昨晩からの雨が降り続いている。10時から第6支団オフィスの会議室で総書記会。艾総書記への週次報告も兼ねる。10人の正メンバーに、第7自経団はビン・ハッサン副書記が代理出席。先に3人の副総書記から報告、確認事項があり、続いて自分から対策本部関連の報告を行う。
まずは区長助理総会の結果について。上海の10自経団、武漢、重慶、成都とも圧倒的多数で承認。上海は全体の合計で賛成が97%を超え、一番率が低かった第7自経団でも93%超。残り3%の大半は棄権で、明確な反対は上海合計で18人にとどまった。
助理会承認を受け、アーウィン代理人を通じて連邦に通告、協定は正式発効した。連邦から派遣され着任する本部スタッフ2人と操縦士が、上海時間の今日夕刻にも月を発ってネオ・シャンハイへ向かうとのこと。今後の連邦側の対応スタッフの人選についても、本日中にも連絡がくる予定。
助理会での質疑応答の内容を、複数の回に共通する質問を中心に以下のとおり報告した。
Q1:2月春節明けから5月末までの間に移動をするとのことだが、自分の順番がわかるのはいつ頃か?
A1:春節まで1ヶ月の余裕を見て、1月半ばまでには、所属の支団から通知できるようにしたいと考えている。
Q2:持っていけるものは、どんなものか?どれくらいか?
A2:衣類を中心に身の回りのものと考えてもらいたい。量は重さで1人あたりの上限を決めることになる。具体的には12月のできる限り早い段階でお伝えしたいと考えている。
Q3:仕事の関係で、どうしても持っていきたいものがあるが、それも重さの制限の中に含めなければならないのか?
A3:枠外での携行を例外的に認めるものについて検討する。重量制限についてお知らせする際に、対象となるものと、事前の手続きについてあわせてお知らせしたい。
Q4:ペットは連れていけないのか?
A4:検討してお知らせする。
Q5:私の両親は高齢で体が思うにまかせない。移動の際、配慮してもらえないだろうか?
A5:高齢の方、病気療養中の方や心身に不自由のある方と、その介添えの方については、特別な方法で一般とは別に移動していただけるように手配する。
Q6:娘夫婦には小さな子どもがいるのだが、一般の移動に含まれるのか?
A6:学齢に達しない子どもがいる家庭について、特別なグループを編成する予定である。
Q7:移動が始まると、お店が閉まり食品や日用品の買い物ができなくなるのではないか?
A7:移動が始まった後、一定のタイミングから、食料品や日用品については、ネオ・シャンハイから非常用の食料品などを運搬して配給する体制に移行する。
Q8:移動を待つ間、電気や水道のこと、病気になったときのことは大丈夫か?
A8:待機者の規模や居住地域にあわせて、必要な社会インフラを維持するための要員を最後まで確保するので、心配ない。
Q9:避難場所が快適であることはわかったが、正式の住まいに移って新しい生活を始められるのはいつか?
A9:インパクトの影響がネオ・シャンハイにどのような形であらわれるかによって異なる。軽微な補修程度ですむようであれば、インパクト後半年くらいで、正式の住居への移転を完了したいと考えている。
Q10:飲食業を営んでいる。ネオ・シャンハイでも営業できるのか。
A10:こちらで営業していた事業者の方々には、できるかぎり同様の事業を続けていただけるよう、ご相談しながら対応したい。
Q11:避難後、次の生活が軌道に乗るまでどうすればよいか。
A11:新しい環境下での生活の再建について、個々の状況に応じて支援していく。自立できるまでの生活支援については、万全を期す所存。
対策本部としての現時点の最大の課題は、ネオ・シャンハイへの移動時の住民登録がネックにならないようにすること。登録ゲートの整備と代替簡易登録システムの開発。技術第一部・第二部と民生第二部で、まずは登録ゲートの動作確認とメンテナンスを行っている。「移動計画は影響を受けるのか」との質問に「移動計画は住民登録がネックにならない前提で立案するよう指示している」と答えた。
今日の報告事項は以上。次回総書記会は11月25日(月)の予定。
総書記会報告事項をもとにプレスリリース原稿を作成し、各通信社に送る。
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デイヴィッド・カール・リチャードソン船長が操縦する多目的型スペースプレインMP1027号は、11月16日UTC8時(上海時間16時)、地球に向け月の第1スペースステーションを後にした。
ネオ・シャンハイを経て上海を目的地とする乗客は3人。上海マオ対策本部のリエゾンオフィサーに就任するミシェル・イー、連邦アドバイザーに就任するトンチャン・シリラック、そして連邦交通運輸局所属パイロットとしてネオ・シャンハイに派遣され、ミニプレインの操縦士兼整備士となるカリーマ・ハバシュ。ハバシュは、ミニプレインの整備士資格をハイスクールのときに取得している。
MP1027号には他にも乗客がいた。アルバート・アーネスト・アーウィンとフアン・マリーア・マルティネス。彼らは、アーウィンの進言により連邦統治委員会の直轄組織として設置された「マオ対策AOR収容プロジェクト」の立ち上げメンバーとして地球へと赴く。4地域以外に居住するAORを捜索し、安全なレフュージに避難させるのが目的。アーウィンはプロジェクト専任の副局長級ジェネラルマネージャー(GM)。専任のリーダーとなるマルティネスとともに、ネオ・トウキョウを拠点として活動する。
かつて連邦調査団として上海へ行ったメンバーのうち、団長だったヌワンコ・オビンナを除く全員が揃った。副操縦士も合わせて総員7人が乗り組んだMP1027号は、ネオ・シャンハイへ向かい、そこからさらにネオ・トウキョウへと向かうことになる。
上海マオ対策本部とマオ対策AOR収容プロジェクトを支援する組織として、「マオ対策支援グループ」が連邦統治委員会の直轄組織として設置された。マルフリート・ファン・レイン総務局長が兼務のジェネラルマネージャー(GM)に就任し、ヌワンコ・オビンナ科学技術局長とジャミーラ・ハーン情報通信局長(情報支援部長兼務)が副GMを兼務する。さらに兼務のGM補を3人任命。ハーニャ・ゼレンスカヤ科学技術局観測予報部長と、残り2人が新たにマオ対策に加わるメンバー。ミシェル・イーの後任の総務局レフュージ統括部リーダーでドイツ人のウォルフガング・シュナイダーと、情報通信局情報支援部リーダーでマオリ系ニュージーランド人のカイ・テ・カナワ。
マオ対策支援グループとマオ対策AORプロジェクトの設置、そして人事について、ファン・レインGMから周光立にMATESにて伝えられた。「顔合わせ」は、ミシェル・イーたちの上海到着後に行われるVRミーティングで行われることになる。
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~MATESチャット:陳春鈴と周光立~
周光立:こんばんは。
陳春鈴:えっ、どうして?
周光立:楊大地から武昌に着いたとしらせがあって、メッセージしました。お疲れのところ、ご迷惑でしたか?
陳春鈴:そんな、とってもうれしいです。
周光立:助理会、本当にありがとうございました。楊大地が「大活躍だった」って言ってましたよ。
陳春鈴:ほんとですか~?
周光立:ほんとです。お疲れでしょうから、しっかり休んでくださいね。
陳春鈴:ありがとうございます。貴方も。
周光立:またメッセージください。おやすみなさい。
陳春鈴:おやすみなさい。
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~MATESチャット:陳春鈴と汪花琳~
陳春鈴:起きてる?
汪花琳:うん。
陳春鈴:いま、あの人から、MATES!
汪花琳:やったね。もらうのは初めて?
陳春鈴:うん。「またメッセージください」って。
汪花琳:やったじゃん。
陳春鈴:ほんとにMATESしていいのかな。
汪花琳:大丈夫だよ。
陳春鈴:ありがとう。じゃあ寝るね、っていうか、眠れるかな?
汪花琳:ははは。おやすみ。
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翌17日日曜日の夕刻、人気のない第7自経団第35支団のオフィス。その奥にある副総書記の執務室に顔を揃えたのは4人。一人は食品卸業者の袁毅志(ユエン・イージー)。AF党党首である。次にAF党の二人いる副党首の一人である姜磊(ツィアン・レイ)。50代の男性で、北東会の首領。クスリを扱う組織の首領の中で筆頭格。さらにもう一人のAF党副党首である黒美香(ヘイ・メイシャン)ことクロダ・ミカ。40代のニッポン人女性で某支団の公安局長。
3人は応接セットのソファーに腰かけている。
そして周光武。執務机に肘をつき、組んだ手に顎を乗せ視線を遠くに泳がしている。
袁毅志が口を開く。
[助理会が終わったな。圧倒的多数で承認されたとか]
[どうするつもりなんですかい、周副総書記]と姜磊。
[そろそろ何をお考えか、お聞かせいただかないと]とクロダ・ミカ。
しばらく沈黙があって、おもむろに周光武が話し始める。
[着手するまで、この4人限りだぞ]
そう言うと、周光武は自分の計画についてひととおり話した。
[繰り返し言うが、絶対に口外は無しだ。いいな]と念を押して周光武は話し終えた。
[実行はいつ頃の予定だ?]と袁毅志。
[そうだな。あちらの準備の進み方にもよるが、おそらく12月の終わり頃になると思う]
[では、その頃に配下の者たちを動かせる、ということでいいんですかい?]と姜磊。
[指示をしたら、半日以内に所定の位置につくようにしてもらいたい。黒美香、警務隊はどれくらい動かせる見込みだ?]
[5支団は間違いありません。10支団くらいは動かしたいと考えています]
[わかった。くれぐれもよろしくたのむ]
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(つづく)