見出し画像

星座の先のエピローグ ~生き残されし彼女たちの顛末 第6部~ 第103章 大事な人

「お昼ご飯を頼みましょうか」とママ。
 時計は11時を回っていた。ママはカフェテリアにコールして、ランチ2人前を頼んだ。大きなポットに入ったコーヒーも一緒に運ばれてきた。
 昼食をはさんで、ボクはミユキのこと、ボクの周囲の人たちのこと、そしてボク自身のことを話した。
「ミユキちゃんも、地球に来ようとしてるんだ」とママ。
「うん。まだまだ時間はかかるけどね」
「でも、時間なんて、忙しくしてるとあっという間に過ぎるよ」
「そうだね。ボクも、最初に地球を出てから、あっという間に時間が過ぎたように思う」

「それで…ミユキちゃんとマモルは、どういう関係なのかな?」
「リチャードソン船長が、最初に会ったときにボクたちのことを、兄妹と勘違いした」
「そう言ってたよね」
「単なる幼馴染というには関係が深すぎる。『親友』とか『同志』とか『相棒』とか、いろんな言葉で二人の関係を規定してみようとしたけれど、どうもしっくりとこない。『兄と妹』という言葉で表すのが一番しっくりとしていた」
 一呼吸おいて、ボクが続ける。
「でもね、ひょっとすると、何かが変わり始めているのかもしれない」
 ボクは「おやすみのキス」の話をした。
「そっか。わかる気がする」
「これからしばらく、地球と火星で別れ別れになる。その間に二人の気持ちにどんな化学変化が起きるのか。いまのボクには、どうなるかわからない」
「私に言えるのは、どんなときにも自分の気持ちに素直になるべきだということ。そして、大切なことは残さずちゃんと口にすること」
 ママの視線が遠くになり、しばらく二人の間に沈黙が流れた。

「二人の関係がどういうものになるにしても…」
 ママが再び口を開いた。
「ミユキちゃんと出会ったことを、大事にしてね」
「うん」
「誰かと出会って、関係ができることは、すべて奇跡だと思う。私がパパと出会ってマモルを授かって家族になったのも、ヤストモさんに占ってもらったのも、ケアが失敗して大陸に渡ってダイチたちに出会ったのも、マモルとミユキちゃんが月行きのスペースプレインの隣の席になって出会ったのも、みんな奇跡」
「…」
「私にとって家族が大事だったように、こちらの仲間たちが大事なように、ミユキちゃんはマモルにとって大事な人なのだから」
 ママの瞳がキラリとしたように思った。
「ああ、ミユキちゃんに会いたいな。地球に来るの、待ちきれないな」

「『兄と妹』の関係って、私、ずっと憧れていたんだよ。ダイチと出会って、いとこだってわかったとき、そういう意味でも嬉しかったんだ」
「そう」
「実の兄ではないけれど、血がつながっていて1歳年上の人。『お兄ちゃんが現れた』って思った。だから、ダイチが亡くなったときの喪失感は、いとこ以上だったかもしれない」
「…ダイチおじさんが亡くなったときのこと、詳しく教えてくれるかな」とボクは聞いた。
「さっき『大切なことは残さずちゃんと口にすること』って言ったよね」
「うん」
「私に、それがちゃんとできていれば、ダイチは死ななくてもすんだかもしれない」
 時計は15時を指していた。
 ママは、ダイチおじさんと関係する人たちの顛末について話し始めた。
 ダイチおじさんがインパクトの突風から守った人は、ニッポン人でヤマモト・カオルという人。おじさんの1歳年下だったサユリさんと同い年で、フィアンセだった。ママがウーハンに辿り着いてみんなと会ったのは、カオルさんがフィアンセを亡くしてからちょうど1年。傷が癒えかけていたときに、サユリさんとそっくりなミヤマ・ヒカリが現れた。
 カオルさんは内心相当な混乱に陥っていた。気持ちが落ち着くにつれて、ママに恋心を抱くようになった。少しずつ関係ができ、身柄拘束のショックから立ち直るため静養していたときに、優しくしてくれたカオルさんに、ママの気持ちも深まった。
 そして、ネオ・シャンハイへの避難の完了がほぼ確実になった段階で、カオルさんがママにプロポーズした。
「VRミーティングでね。お互いの表情は手に取るようにわかる。そして肝心なときにカオルがやらかしたの」
「どんな?」
「私に『サユ…』って呼びかけたの」
「サユリさん?」
「うん。そのこと自体は、私は気にしなかった。でも、そう言ってしまったあとのカオルの微妙な表情に、最後の面会のときに見せたパパの表情が重なったの。思わず私は言ってしまった。『だめなの』って」
「さっき『大切なことは残さずちゃんと口にすること』ってママが言ったのは、そのこと?」
「そう。本当は『だめなの』のあとに『いまは』って言うつもりだった。けれど言葉にならなかった。カオルはショックで心を病んだ。ウーハンから最後に撤収する船の中でもほとんど動けなくなっていた。インパクトの突風が襲うギリギリに、船がネオ・シャンハイに着いたとき、みんなあわてて下船する中で。カオルは船に取り残された」
「それで…」
「そう。カオルがいないことにみんなが気付いたときは、ほとんど時間が残されていなかった。助けに行こうとする他の人たちを制して、ダイチが助けに行った。あと少し、というところで二人は突風に襲われた、そのときの体勢で、ダイチがコンクリート壁に直接叩きつけられて、カオルはダイチがクッションになるような形で一命を取りとめた」

 幼馴染のダイチおじさんのことがずっと好きで、撤収する船の中でやっと告白することができた張子涵さんは、ダイチおじさんの遺体に取り縋って半狂乱状態だった。後にカオルさんが意識を取り戻したときも、罵詈雑言を投げかけんばかりの形相で睨みつけたという。
「でも、張子涵の怒りは私に向けられて然るべきもの。私は居たたまれなかった。私が言うべきことを言っておけば、こんなことにはならなかった」
 傷ついた張子涵さんの心を癒したのは、ジョン・スミスさん。ドイツ人のエンジニアでママのウーハンでの最初の雇い主。張子涵さんとは30歳ほど年の離れたバツイチだけれど、二人で時を過ごすうちに、いつのまにかそういう関係になっていた。ジョンさんが60歳を過ぎて、張子涵さんが30代半ばのときに、二人の間に子供ができた。
 カオルさんは、入院して治療を受けて体の傷は完治したけれど、心の傷はなかなか癒えなかった。ご両親は亡くなってご兄弟もいない。退院の際の身元引受人に手を上げたのは高儷(ガオ・リー)さん。ネオ・シャンハイでママと同様にケアされるはずだったのが、生き残って脱出して、ママたちと行動を一緒にすることになった人。どうして? しばらくしてから、ママは高儷さんに聞いた。彼女はこう答えた。
「彼の表情が、ケアされた夫の表情に重なったの。だから、ずっと彼のことは気になっていた」
 高儷さんは、自経団本部の幹部職員として働きながらカオルさんの面倒を見た。最近カオルさんは、食料生産プラントで仕事を始めたらしい。
「みんなそれぞれ、大事な人と一緒になっている…私だけ残されちゃったみたいね」

 そのあと、お互いの仕事のこととか話していると、そろそろ夕食という時刻になった。昼は部屋にデリバリーだったので、二人でカフェテリアに行くことにした。
 思い思いの料理をトレイに載せて、代金を払ってテーブルに向かう。向き合った席に着き、食事を始める。
「火星でもずっとカフェテリアだったんだよね。ミユキちゃんと一緒?」とママ。
「最初のうちはずっと一緒だったけれど、それぞれの生活パターンが変わって一緒になるのは減っていった。それでも週に一度か二度は、一緒に食事するようにしてた」
「そっか」
「ミユキと食べるときは、いつも隣同士並んでいたよ」
「へええ。なんか微笑ましいなあ」
 食事が終わると、ママがコーヒーを二つ、持って来てくれた。
 取りとめもない話を、コーヒーを飲みながらした。

 話も尽きて、いったんママのゲストルームに戻った。
 残っていた月餅8つを、せっかくだから、と言ってママはボクに持たせた。
「じゃあ、ママ。ありがとう。楽しかった」
「私も楽しかったわ。調査の仕事、大変でしょうけどがんばってね。今度はネオ・シャンハイで会いましょう。みんなにマモルのことを紹介したいし」

 このとき交わしたママとの約束は、思いもかけない形で果たされることになった。

(つづく)


いいなと思ったら応援しよう!