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生き残されし彼女たちの顛末 第4部 第65章 ふだん着の張子涵

~周光立の業務日誌より~
 11月23日(土)
 艾巧玉総書記への報告会が10時からなので、9時に第18支団のオフィスに行く。
 ミシェル・イーとシリラック、民生第一部のメンバーが揃っていたので、論争になっていた2つの点について自分の結論を伝える。
 まずは動植物のペットについて。一般の携行品・別送品の重量上限とは別枠での運送対象とする。ただし1月1日時点でペット登録されているもの、およびそれらから生まれたものに限り、ペット登録とは別に申請が必要。さらに、危険なものについては然るべく収納されている状態で運べることが条件。
 次に祭礼関連の用具等について。原則として一般の携行品・別送品の枠内に含める。ただし一族の事情等により大量の用具を持ち運ぶ必要がある場合は、申請による審査の対象とする。
 ここまで言って、二人並んで座っているミシェル・イーと張皓軒の様子を見る。結論に納得したようで、昨日に比べて柔らかな表情になっている。いささか寝不足のように見えるのは、昨夜よほど話が弾んだのだろうか。まずは吉と出たようだ。
 総書記報告会。艾巧玉総書記に、監察委員の蒋霞子副総書記が同席。当方は楊大地と李薫、ミシェル・イーとシリラックが同行。改めてミシェル・イーとシリラックを紹介。総書記が謝意と期待の言葉を述べられた。
 進捗状況を報告。懸案となっていた「登録ゲート問題」は解決に向かいつつあることを申し上げる。民生第一部主導で立案しつつある基本計画が、来週半ばにはいったんまとまる予定。承認を得るため、11月30日土曜日に臨時総書記会を開催したいとお願い。総書記ご了解。
 次に上海真元銀行との議論、合意内容を説明。総書記から、特に小規模・個人事業主の借入金についての対応と生活資金の支給について、手厚くするようにとのご指示。
 最後に12月1日付人事案について説明。ご同意をいただき、11月25日の定例総書記会に諮ることとする。関連して人員増に対応するためオフィスを確保したことを報告。落ち着いたら一度視察したいとのお話し。
 12時になったので、昼食をいただくことになった。第6支団オフィスの食堂から7人分の食事が運ばれ、ご馳走になる。蒋副総書記からミシェル・イーとシリラックにこちらの食べ物は口に合うか、とお尋ねになられ、二人は連邦調査団として来たときに行った屋台街が、美味しくて楽しかったことを話した。
 13時過ぎに第6支団を出て第18支団で楊大地と李薫、ミシェル・イーを下ろすと、シリラックを伴って埠頭に向かう。連絡しておいたアルトが待っている。乗り込んでネオ・シャンハイに向かう。15時過ぎにネオ・シャンハイ本部のオフィスに到着。「登録ゲート対応」の6人と警務隊員の潘雪梅、潘雪蘭。
 登録ゲート自体への対応はいったん昨日で終了していて、技術第一部のアドラ・カプールとヒカリはPIT連携システムと簡易登録アプリの開発作業を進めている。それが片付くと、来週から5人の民間登用スタッフが加わって、本格的なシステム改修が始まる。
 民生第二部のアンナ・ポロンスキーと高儷は、いったん住民登録業務からは離れて医療、介護系の機器システムの確認を進める。12月から先行5名のスタッフに指導を行う準備。12月半ば以降に順次投入されるスタッフの指導役として、早期の戦力化が必要。
 技術第二部の林興建とジョン・スミスも本格的な準備。主に林興建が12月から配属される2名とインフラ系の機器システムの操作を習得し、ジョン・スミスが、移動に必要な用度品を製造するプラントの作動確認、試運転を行う。
 16時過ぎ、総書記への報告でいささか神経を使った自分は、シリラックと一足先に上海へ戻ることとした。プレインの基地で作業をしているハバシュに連絡すると、ちょうどミニプレインを1機、試運転しようとしていたので、よければ上海へ送る、と言ってくれた。お言葉に甘えることにして、本部ビル下のエアカーでプレイン基地へ。
 ミニプレインには、シリラックは調査団の帰途に一度乗っている。自分は初めて。エアカーとはまた違う浮揚感に戸惑っている間もなく、第18支団の駐車場に着陸。

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~MATESチャット:陳春鈴と周光立~
陳春鈴:こんばんは。
周光立:こんばんは。これはこれは。
陳春鈴:お疲れのところ、お邪魔じゃないですか。
周光立:とんでもない。メッセージいただいて嬉しいです
陳春鈴:なかなかお会いできませんね。
周光立:来月になったら、週二回ハバシュがミニプレインを飛ばしてくれます。
陳春鈴:そうなんですか。
周光立:そちらへももっと行けるようになるので。
陳春鈴:そうしたら。
周光立:もっとお会いできますね。
陳春鈴:嬉しいです。楽しみにしてます。
周光立:ありがとう。
陳春鈴:それでは、おやすみなさい。
周光立:おやすみなさい。

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~MATESチャット:陳春鈴と汪花琳~
陳春鈴:起きてる?
汪花琳:うん。
陳春鈴:いま、あの人とMATESした!
汪花琳:やったね。
陳春鈴:うん。来月になったら、プレインで来れるようになるって。
汪花琳:じゃあ、会えるの?
陳春鈴:そうだといいな。
汪花琳:大丈夫。
陳春鈴:ありがとう。じゃあ寝るね、っていうか、今夜も眠れるかな?
汪花琳:ははは。おやすみ。

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~カオル(李薫)の独白~
 明日二人で会えないかな?ってヒカリにMATESしたら、アプリの開発を終わらせたいから明日は一日、ネオ・シャンハイとのこと。せっかく週末を上海で過ごせるのに。仕方ないから張皓軒を誘ったら、先約があるとのこと。ああ…

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~周光立の業務日誌より~
 11月25日(月)
 今日は14時から総書記会。
 午前中は、新たに12月から幹部となるメンバー5人に集まってもらって、自分、楊大地、李薫、ミシェル・イーの4人で状況の説明。休憩時間に、公安部副部長となる第7自経団の張双天に、周光武の様子について聞いてみる。やはり接点が大きく減って、必要最小限の指示以外は、コミュニケーションがとれないとのこと。
 引き続き昼食をともにした後、先の4人に各部部長と蔡俊熙財務部副部長の、合わせて8人で第6支団オフィスへと向かう。
 定刻に総書記会は始まる。今日も周光武の代理として副書記のイブラヒム・ビン・ハッサンが出席している。
 先週土曜日に総書記に報告した事項について、主に自分から説明。質疑応答になり、質問内容によっては他の対策本部幹部が回答した。計画について、一刻も早く住民に伝えて欲しいとのご意見を多数いただく。基本計画の説明のため、拡大総書記会(総書記・副総書記+オブザーバー参加の支団書記50名)を今週末の土曜日に開催することのご同意をいただいた。蒋副総書記が招集および場所の確保をしてくださる。
 12月1日付幹部メンバーの人事について。候補者を説明し、全会一致で承認。
 16時過ぎに終了。第18支団オフィスに戻る。定例のプレスリリース。

 11月26日(火)
 アドラ・カプールとヒカリが開発したPIT連携システムと簡易登録アプリについて、ミシェル・イー、張皓軒、張子涵が実証テストを行った結果の報告を受ける。PIT連携システムは、目論見通りの効率アップが確認できた。簡易登録アプリもまずます。若干気づいた点について、ヒカリに改善可能か検討してもらっているとのこと。

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 11月26日火曜日、対策本部メンバーは、かつて周光立、ダイチ、張子涵の3人で、李勝文が運転するタクシーで向かった場所へと進んでいた。今日の顔ぶれは周光立、ダイチ、カオル、ミシェル・イーと民生第一部の張皓軒、張子涵、李勝文、カリーマ・ハバシュの8人。李勝文が自ら運転する車と合わせて2台のタクシーで向かっている。陳紅花は目的地で合流する予定。
 約束は14時。13時50分過ぎに到着し、入口のモニターで到着したことを告げる。男性のアシスタントが会議室に案内してくれる。陳紅花はすでに席に着いていた。
[久しぶりだな、張子涵。今日は普通の格好かい?]
 そう言いながら入ってきたのは、持盈商業流通集団董事長の田国勝(ティエン・グオション)。側近の董建昆(ドォン・ジェンクン)が続き、さらに南京会会長の林孝通(リン・シアオトン)をはじめとする「キャラバン・コネクション」の首領格5人が続く。
[陳紅花と二人で旗袍(チャイナドレス)姿を披露してくれる約束だった、と記憶しているのだが」と言いながらにやりと笑う田国勝。
[そうそう。ここんとこ柄にもなく忙しくて忘れてた。無事みんなネオ・シャンハイに行ったら改めて。なあ、陳紅花]と張子涵。
[そうだね。せいぜいダイエットに励むとしますか]と陳紅花。江東会会長で「キャラバン・コネクション」の首領のひとりである彼女は、本来は「向こう側」なのだが、今日は彼女の側近が代理を務めている。
[そちらの方は、たしか連邦の…」とミシェル・イーを向いて田国勝。
[調査団で10月に来ましたミシェル・イーです]
 彼女は、持盈側メンバーと連邦調査団の最終日に昼食を共にしていた。
 初対面のメンバーが挨拶を交わしているところに茶が運ばれてくる。全員着席して茶を一口啜ると、張子涵が切り出す。
[こちらで見積もった船舶、車両、人員、ともに対応可能、ということで大丈夫だな?]
[最初の頃は通常のビジネス活動も続くだろうから、やり繰りが必要だが、どうにか対応できると思う]と田国勝。
[問題は請負単価の見積もりだ。原価ベースという約束だが、船舶はこんなもんだろう。車両についてはどうだい、李勝文]
[自分の相場観と違っていませんぜ]と李勝文が答える。
[これも問題なしとしよう。けれど船員とドライバー、荷役の人件費単価が高過ぎないかい? 平均単価があたしの計算では副船長クラスだ]
[一番優秀な人材を回そうとしている。それなりの報酬は必要だ]
[そのことは理解した。それにしてもやはり高すぎる。3割減くらいが妥当だと思うが]と身を乗り出して張子涵。
[減らしても1割だ。優秀な人材が必要じゃないのかい?]と茶をすすりながら田国勝。
[2割5分減でどうだい]とさらに身を乗り出して張子涵。
[とても話にならんな]とせせら笑うように田国勝。
「そうかい。じゃあ、持盈に仕切らせるという合意は白紙に戻すということにするか。周光立、楊大地、いいよな]
[どうするのだ?]と憮然とした口調で田国勝。
[個別に業者と契約する。手始めに林会長、南京会はいかがですか]
[私にどうしろと言うのだ。おい、陳紅花。なんとか言ってくれ]とキャラバン・コネクション序列1位の林孝通が困惑した顔で言う。
[私は立場上、どちらにつくこともできません。林会長]と対策本部兼務の陳紅花。
[田董事長、ここまできて大混乱になるようなことは避けたい。もう少しなんとかできないか?]と林孝通。
[わかった。これがギリギリのラインということで2割減、でどうだ。張子涵]と田国勝。
「わかった。一番優秀な人材を回してくれるという条件は変わらないことでいいな]と表情を緩めて張子涵。
[もちろん。それは大前提だ]
[周光立、楊大地、いいよな]
[交渉は任せている。異存はない]と周光立。
[それでは、これで合意だ」
 張子涵は立ち上がって田国勝に手を伸ばす。田国勝も手を伸ばし、固く握手する。
 ここで休憩となった。田国勝以下持盈側メンバーがいったん全員退出したところで、陳紅花が張子涵に小声で話しかける。
[実のところ、あんたの言っていた3割減が、優秀な人材を揃えたとしても原価ベースなら妥当な線だ。2割減だと持盈が中を抜ける]
[そんなことだとは思ってた。ただあんまり値引いて給料が減らされるんじゃあ、現場に対して申し訳ないから妥協した]
[正当な労働対価が支払われるかについては、私がしっかりと監視させる]
[よろしく]

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~周光武の独白~
 自経団でのキャリアを始めた、第6支団で働いていた頃のことが懐かしい。光立と一緒だったのは3年間だったけれど、総書記になられた艾巧玉副総書記に二人とも可愛がっていただいた。昼食を一緒にしながらお話を伺ったり、時にはお叱りを受けたり。初任から3年目で副局長を務めることができるようになったのも、彼女の薫陶のおかげだろう。

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(つづく)


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