生き残されし彼女たちの顛末 第0部(前日譚) 13)四度目の大戦と「冬」
――質問です。
はい、Nさん。どうぞ。
――どうして5ヶ国の核兵器を他の16ヶ国に配備する、というようなことをやってしまったのか、もっと詳しく説明してください。
そうですね、
まだ決まったわけではないのに、小惑星危機後に「連邦化」は完成する、という思い込みが大きかったのでしょう。
人間は理想に燃えていると「すべてのことが理想どおりにいく」と「思い込んで」しまうところがある、といえるのではないかと思います。「小惑星衝突の危機に世界が団結して立ち向かう」という理想に燃えているときに、「連邦化が完成するのが理想であり、その通りになる」と安易に考えてしまったのではないでしょうか。
現実は残念ながらそのようになりませんでした。
危機が去り理想が唱えられる時期が終わって、いざ、みんなが現実的な考え方に立ち戻ったときに、「自分たちのことを自分たちで決められる主権はいっさい渡すまい」とか、「せっかく手に入れた核兵器を戻さずにいるほうが自分たちの利益になる」という打算的な考え方がでてくるのは、考えてみれば当然といえます。
そのような事態になったことがわかっている今だからこそ後追いで言えることかも知れませんが、核兵器を16ヶ国へ配備することを決める段階でもっと慎重にことを運ぶべきだったと思われます。
こんなところでよろしいでしょうか。
――ありがとうございます。
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この先生、なかなかよくできた先生だと思う。
プライマリースクールの生徒に説明するにはむつかしい質問にも、ちゃんと正面から受け止めてしっかりと答えている。
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(火星授業記録その22)
では、続けます。
小惑星危機が去った22世紀末ころから、世界各地に小競り合いが広がりました。国家統合を続けるかどうかで始まった争い、連邦化した国では連邦を抜けようとする側と引きとめようとする側との争い、古くからの民族対立や宗教の対立によりふたたび始まった争いなどです。
まだこの時点では戦闘があっても比較的狭い地域に限られていましたが、世界は確実に戦いの時代へと向かっていきました。また、特定の国の支援を受けた武装テロやサイバーテロもさかんに起こるようになりました。大規模な戦争がいつ起こってもおかしくない状況で、しかも核兵器保有国が増加してしまったことから、いったん戦争が起こってしまったら、破滅的な結果になる可能性が非常に高まりました。
国際連邦がこのような状況に対して「なにもしようとしなかった」というわけではありません。しかし、総会で大きな影響力をもつ「大国」の中にも、その内部に紛争をかかえている国がありました。また、新たに核兵器を持つことになった国が核兵器の力を背景に自分たちに有利な方向へ議論をもっていこうとする動きをしました。
このような状態では、国際連邦として平和を維持するための有効な、つまり効果がある対策をとることは困難でした。結果として、いわゆる「手をこまねいている」状態に陥ってしまいました。
核兵器が使用される戦争が起こることは避けられないことを前提として、核攻撃を受けた際に住民が避難し、しばらくその中で持ちこたえることができるシェルターを競って建設する動きが各国で始まりました。「いかに多くの国民を相手より残せるようにするか」を競争するような形で建設は加速しました。
そのような中で、いざというときに国際連邦のはたらきを途切れさせないために、国際連邦本部の機能と所属するスタッフを月の居住区へと移し始めました。連邦のコンピューターシステムの複製を月に設置し、いつでもコントロールが可能なようにしたのは、いうまでもありません。
2225年、ついに大規模な戦いがアジア・オセアニア地域で始まりました。戦いは一気に世界全体へと広がり、「第四次世界大戦」となりました。
短い期間のうちに、核兵器をはじめとしてありとあらゆる兵器による激しい戦闘が行われました。甚大な被害が各国の中枢、つまり中心部はもとより、国のすみずみにまで及びました。またサイバー攻撃により、国家の運営に欠かせないコンピューターシステムが次から次へと使えなくなりました。世界中の国々が国家としての機能を果たすことができなくなるまで戦闘が続き、2226年、開戦の翌年に大戦はもはや戦闘を続けることができない状態に陥ることで終わったのです。
核兵器とならんで、人体に有害な化学物質をばらまく化学兵器、人に感染し病気を引き起こすウィルスや細菌をばらまく生物兵器、いずれも条約で保有や使用が禁止されていたはずの兵器ですが、それらも多数使用されました。その結果、放射能、有害な化学物質、ウィルスや細菌等によって地球上の大部分が汚染され、頑丈で設備の整ったシェルターに逃げ込むことができた人を除くほとんどの人々が、戦闘中に、そして戦闘が終わってしばらくの間に命を落としました。
また、大量に核兵器が使われたことで、科学者たちによって予想されていた「核の冬」という現象に地球の環境が直面することとなりました。急速に気温が下がり、降水量、つまり雨や雪の降る量が減少しました。そのため、植物が育たなくなり、食物を得ることができなくなりました。
地球上は、残されたわずかな人々にとっても、生き延びるのが厳しい環境になってしまったのです。
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戦争の遠因となったのは、ニッポンも属していた「東・中央アジアおよび中華連邦」の解体だったという。内部の不協和音は以前から存在したが、23世紀に入り徐々に大きくなり、2220年頃には修復が困難なレベルに達した。そして、2222年のカザフスタンとそれに続く中央アジア諸国の連邦離脱にはじまり、東南アジアの構成国が続々と離脱し、ニッポンも2223年に離脱した。
このあたりまでは中国も、離脱した国々に連邦への復帰を勧告する程度ですんでいたけれど、2224年に旧中国の領土の一部であったチベットおよびウイグルがインド・パキスタン連邦の後ろ盾で離脱し、さらに同じ漢民族の台湾がオーストラリアの支援で離脱するに至って、中国は軍事力の行使も辞さない構えとなった。
オーストラリアは、かつてのインドネシアやニューギニア、太平洋の島々を傘下におさめ、太平洋の南西部に大きな影響力を行使するようになっていた。そのうえ台湾に拠点を築けるのならば、まさに「渡りに船」だった。オーストラリアは独立した台湾を全面的に支援し、陸海空軍を派遣、中国との対決姿勢を鮮明にした。
2225年に戦端が開かれたのは台湾海峡だった。ほどなくチベットおよびウイグルをめぐって、インド・パキスタン連邦と中国の間にも戦闘が始まった。オーストラリアとインド・パキスタンには、アメリカ合衆国とヨーロッパ連邦をはじめとする諸国が同盟し、中国にはロシアおよび中近東・アフリカの国々をはじめとする諸国が同盟した。その結果、核兵器の保有量がほぼ等しい2つの同盟国に世界が分かれる形となった。ニッポンは中国と敵対する側に与した。
最初に核兵器を使用したのがどちら側か、明らかにはなっていない。中国、ロシアの側と「貸し出された」ために核兵器保有国となったオーストラリア、アメリカ、インド・パキスタンの側が、ほぼ同じタイミングで相手方に対して核攻撃を開始した、というのが実情だったという。
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(つづく)