生き残されし彼女たちの顛末 第0部(前日譚) 12)小惑星による平和?
(火星授業記録その20)
それでは再開します。
国家の統合と連邦化の動きは2110年まで続いて、一段落しました。それらの動きに伴って、一部の地域では統合を巡る国家間や民族間の小競り合い、つまり小規模の戦闘がおこりました。しかし、いずれも大規模な戦争につながることはありませんでした。
国際連邦の紛争を解決するための機能も、各地で起こった小競り合いを大きな戦闘に発展させないために、ある程度の役割を果たしました。
そしてその後も、相変わらず限られた地域での小競り合いは繰り返されるものの、全体としては平和な時代が続きました。
そのような中、ひとつの転機が訪れました。
すでに21世紀から予想されていた、ひとつの小惑星の地球へのインパクト、つまり星が地球に衝突する危機が高まったということが発表されたのです。
20世紀末に発見されたその小惑星は、平均で直径が560mほどの小惑星としては大きな部類に入る星で、地球に衝突した場合は、衝突地点とその周辺に大きな損害を与えるのみならず、気候の変動など地球全体に悪影響を与えることが予想されました。国際連合の時代から探査・研究が続けられ、国際連邦に引き継がれていたのです。
2134年、観測の結果による小惑星が地球に衝突する可能性が95%と発表されました。
2135年に月に最も接近した小惑星は、その後地球に最接近し、そのままの軌道をたどると地球に衝突する時期が「2190年前後」というところまで特定されました。
~ディスプレイ表示内容~
小惑星
直径(平均):560m
2135年 :月に最接近
2190年頃:地球に衝突の可能性95%(予想)
国際連邦に、インパクトを回避する対策を検討し実施することを専門とする委員会が作られました。観測結果に基づく衝突時期や場所についての予想を続けるともに、国際連合時代から検討し試みられてきた衝突回避のための対策について、さらに具体的に検討されました。
国際連邦発足時に定められた「軍事と外交に関する権限の国際連邦への移譲」という目標の達成へ向けての動きも、インパクトへの対策と並行して進みました。
そしてついに2185年、国際連邦総会で「加盟国の軍事と外交に関する権限の国際連邦への移譲に関する条約」が決議、採択されました。あとは加盟各国が「批准」という、それぞれの国の議会等での承認をする手続きが完了して、加盟国の4分の3以上が批准手続きを終えたときに条約が発効するところまできました。
「宇宙から人類のもとに訪れた危機」に直面して、世界は団結したかのようにみえました。「争いをなくしてひとつになる」という人類の理想に向かって、世界が一体化して協力していくという機運が生まれたように思われました。
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「小惑星による平和の時代」と呼ばれることになった時代ね。
今だから言えるんだけれど、皮肉な話と思える。
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(火星授業記録その21)
「一体となって危機に対処するのだ」という高揚感が広がるとともに、国際連邦の「完成」が見えてきた中で、人類は、あとから考えれば致命的といえる過ちをおかしてしまったのです。
核兵器を2135年時点で保有している国は5ヶ国でした。
小惑星の地球衝突を回避するためのいくつかの対策のひとつに、「核兵器を小惑星に向かって打ち込むことで、軌道、つまり小惑星の動き方を変えたり、場合によっては小惑星そのものを破壊してしまう」というものがありました。その対策を実行することとなった場合、最も効果的に行うためには、核兵器を世界のいろいろな場所から打ち上げたロケットに搭載して打ち込めるように配備、つまり移動して設置することがよい、という提案がなされたのです。
それに対して5ヶ国も同意し、保有する核兵器の一部を、国際連邦に「貸し出す」形をとって、世界の中でロケット打ち上げの技術的な能力があると認められた国に配備したのです。その結果、もとから核兵器を保有していた5ヶ国を含めて、世界の21ヶ国に核兵器が存在することとなってしまったのです。
小惑星は、地球へのインパクトを起こすことなく地球から離れていき、危機は回避されました。かねてから検討されていた、宇宙船を天体に衝突させて軌道、つまり天体の動く道筋を変える方法が実行されて成功したのです。核兵器も使用されませんでした。
問題はそのあと、でした。
もとから保有していた5ヶ国以外の16ヶ国に配備していた核兵器は、国際連邦を通じて「貸し出す」形だったので、小惑星の危機が去ったことから、5ヶ国に対して「返却」されなければならないはずです。
実際に国際連邦は、16ヶ国に対して何度も返却を求めました。
しかしどの国も返そうとはしませんでした。「ころがりこんだ」核兵器と核抑止力を手放したくなかったのです。
それでも「加盟国の軍事と外交に関する権限の国際連邦への移譲に関する条約」の批准手続きが進み、発効さえすれば、どこに配備されていようとも核兵器は国際連邦が一元的に管理することになるので、問題にはならなかったはずでした。
ところが、条約が採択されてから10年経った2195年の段階で、批准手続きが終わった国は、加盟国の3分の1足らずでした。小惑星危機の高揚感が去り冷静になったときに、大国や核兵器保有国を中心に、軍事と外交という自分たちの主権の重要な部分を連邦に渡すことをよしとしない考えが急速にひろまったのです。
その結果、「地球規模の危機に世界が一体となって対処する」という理想で行われた核兵器の分散配備が、深刻な戦争の災禍をもたらしかねない危険な兵器を世界にひろげる、という皮肉な結果となってしまったのです。
そんな中、先にお話しした国際連邦総会の「民主化」の流れの中で統合されたり連邦化された国家の内部で、争いが起こるようになりました。国際連邦総会での議決権を通じて世界の中で大きな影響力を持とうとしたねらいで行われた統合や連邦化には、かなり無理をして行われたものがありました。それらの悪い影響があらわれてきたのです。
国際連邦が最初に目指した真の「世界の連邦化」は遠のき、世界中で、戦争につながるような緊張状態が高まることとなってしまいました。
(つづく)