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生き残されし彼女たちの顛末 第4部 第71章 おんなじ寝顔

~周光立の業務日誌より~
 12月13日(金)
 今後のミニプレインで人が動くスケジュールについて、午前中から楊大地、李薫、ミシェル・イー、張皓軒、カリーマ・ハバシュと打ち合わせる。
 まず、技術第二部と公安部の幹部については、早めに3地域へ赴き意見交換をすべきということで意見が一致。
 次に、上海総書記会メンバーと支団書記のネオ・シャンハイ視察。マリンビークル基地とオペレーションルーム、VRミーティングルームを省略する代わりに、片道をマリンビークルで輸送する半日コースにすれば、総勢約60名を4チームに分けて、2日ですませることが可能。これもできる限り早期に実施したい。
 さらに、財務部と商務部の幹部、そして艾総書記の3地域訪問。年明けから準備を本格化できるようにするため、これらも今月中に済ませたい。技術第一部の幹部で前回訪問しなかった3人にも3地域を訪問してもらいたい。
 年内にミニプレインの定期便運航予定は5日。以上の視察、訪問のすべてに対応するためには運航日を最低6日設定する必要がある。ハバシュに相談し、上海幹部視察の日程にあわせて1日臨時便運航を設定することとして、スケジュールを設定してみた。
 12月17日(火)
  技術第二部、公安部、技術第一部(シリラック・劉俊豪)3地域訪問。
 12月19日(木)
  上海幹部視察(1)
 12月20日(金)
  上海幹部視察(2)
 12月24日(火)
  総書記訪問(1)成都・重慶
 12月26日(木)
  財務部、商務部、技術第一部(王敏)3地域訪問。
 12月30日(月)
  総書記訪問(2)武漢
 まずは艾総書記のご都合を伺い。24日、30日、また26日でもOKとのことを確認すると、手分けして他の関係者とのスケジュール調整に入る。自分と張皓軒で分担して上海の自経団の調整。自分は副総書記に個別にアレンジし、張皓軒が支団書記にMATESで2日間4回のうちから第2希望まで聴取した。
 3地域のアレンジは、楊大地が成都と重慶を、李薫が武漢を担当。本部スタッフへの調整はミシェル・イーが行った。
 昼食を挟んで調整を進め、15時頃に各自の調整結果を持ち寄り確認。3地域の区長の予定も含めて大丈夫なので、当初設定のスケジュールで進める。自分が艾総書記に報告し、他は手分けして確定の連絡。

 12月14日(土)
 10時から総書記報告会。艾総書記と蒋副総書記に対する報告は自分一人で行った。今週はネオ・シャンハイ視察など、何度かお会いしているので、申し上げなければならないことはさほどない。年明けからの本格的な始動に向けて、各部追い込みに入っていることをご報告。くれぐれも過重労働にならないように配慮するよう、仰せになる。
 午後は上海の本部オフィスでしばらく過ごしたのち、ネオ・シャンハイ本部へ。各部とも基本的な方針が固まったことから、ミシェル・イーと張皓軒のときのように、自分が裁定しなければならない局面はほとんどなくなってきた。夕方、上海へ戻るメンバーと一緒に自分も戻る。ヒカリは残ってもう少しがんばるとのこと。
 夕刻、ミシェル・イーとシリラックが、連邦のマオ対策支援グループのハーニャ・ゼレンスカヤGM補から連絡があり、最新のインパクト地点と日時についての予想結果がまとまりつつあるとのことを伝えてくれた。最終確認中で、結論は来週水曜の定例ミーティングでお聞かせいただく。

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 15日日曜日の17時、待ち合わせ場所の埠頭でダウンを着込んだカオルは待っていた。約束の時間を少し過ぎた頃にアルトの姿が黄浦江の下流側から現れる。接岸しキャノピーが開くと、スレンダーなシルエットのコート姿の女性が降りてくる。アルトにひとこと声をかけると、再びキャノピーが下りて、アルトは反転して下流側に戻り、姿が小さくなる。
「ごめんなさい。キリのいいところまで、と思ってやっていたら、遅刻しちゃった」
「僕は大丈夫だけれど、君こそ、大丈夫?」
「そうねえ、あと半月乗り切れば、あとは楽になるから」
「とりあえず、行こうか?」
 カオルとヒカリは、第7地区の外れまで歩き、タクシーを止めると乗り込んだ。
 15分ほど後、二人は第5地区の新中山路に面したレストランの奥の席で、向かい合っていた。
 グラスワインが運ばれてきた。グラスを軽くぶつけて乾杯すると、一口含む。
「今はサーバー関連の最終調整をやっているのかな?」とカオル。
「ええ。劉俊豪率いるエンジニア部隊が、個別のプログラミングを進めてくれているのを、調整しながら実装する部分をわたしが担当している」とヒカリ。
「一番重要なところだね」
「上海、武漢、重慶、成都のレプリカをアドラ・カプールが作って、連邦マザーAIとの調整をシリラックが見てくれるけれど、シスターAIとの付き合いは、ネオ・トウキョウ出身のわたしが一番長いから」

 注文したディナーセットの前菜が運ばれてきた。しばらく二人黙って料理にとりかかる。
 皿の料理が半分ほど片付いたところで、ヒカリが口を開く
「カオルはアニメやゲームが好きだったよね」
「そうだね。武昌では孫副書記やジョン、こちらでは張皓軒とよく話をする」
「ごめんなさい。わたしはその方面は全然わからなくて」というとヒカリは、少し伏し目がちになる。
「コンピュータ少女だったって聞いたけど」
「ええ。年代物のキットを買ってきては組み立ててばかりいた」
「なんかすごいな」
「ただのオタク。ネクラだったかもしれない。サユリさんとは正反対でしょ」と言ったヒカリの顔に一瞬「しまった」という表情が浮かぶ。
「…ごめんなさい。いけないこと言っちゃったかしら」とおずおずとヒカリ。
「気にしないで、大丈夫だよ。君の言うとおり、彼女は社交的で、どんな話題もこなすタイプだった」
 そう言うと、カオルはサユリについて、サユリと過ごした日々について、話を始めた。
 カオルの話が一段落した頃に、セットのメインの一皿目が運ばれてきた。
「美味しそう」とヒカリ。
「そうだね、じゃあ、改めていただきます」
「いただきます」
 代用魚のフリッターに醤油ベースのソースがかかっている一品。しばらく黙って味わう。
「最近、息子さんには連絡した?」とカオル。
「ええ。昨日かな。メールをやりとりした。二人ともチャットが苦手でね」
「お元気そう?」
「おかげさまで。担任の先生がいい方みたい。月にいらした頃のアーウィンGMも、いろいろとご配慮くださった」
 今度はヒカリが、火星にいる息子のマモルのことを話し始めた。
 メインの二皿目が運ばれてきたタイミングで、二人はグラスワインをお替りした。
 代用肉のステーキ。デミグラス風のソースがかかっている。
 食事を続けながら、ヒカリの話は自然に息子のマモルのことから家族のことへと移って行った。両親のこと、義理の祖父でミヤマ・マモルの双子の弟ミヤマ・マサルのこと、そして夫のオガワ・カゲヒコのこと…ワインの酔いもあってだろうか、彼らとの最後の面会のことまで、淡々と話を続けた。
 サユリより少し低い音域のヒカリの声に耳を傾けていたカオルは、あまり表情が変わらないヒカリの顔に、微かな憂いの表情が浮かんだのを見逃さなかった。
「大丈夫?…無理に話をしてない?」
「…うん。大丈夫だけれど、少し話し疲れたかもしれない」
 デザートとコーヒーを片付けると、ヒカリが最初に、その後カオルがお手洗いに立った。

 カオルが戻ってくると、ヒカリは椅子に真っすぐに腰かけたまま、首を少しうなだれた格好でスヤスヤと眠っていた。
 自分の席に着いて、カオルはヒカリの寝顔を見つめる。
(どうしてここまでおんなじなんだ)とつくづく思う。
 もっと近い位置から、そしてすぐ横で、サユリの寝顔を何度も見た。そのおんなじ寝顔が、テーブル越しにある。
(もう一度、この寝顔を間近で見ることができたら…)
 そうカオルが思ったとき、頭がガクっと前に倒れた拍子に、ヒカリが目を覚ました。
「…ごめんなさい…ワインで酔っ払ったのかしら」
「気にしないで。疲れているんだよ」と言うとカオルが続ける。
「あしたもあるから、そろそろ帰ろうか?」
 しんしんと冷え込む夜気に包まれた街路を、二人は帰途についた。「女子寮」の前までカオルがヒカリを送って行ったとき、20時を回っていた。

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~周光立の業務日誌より~
 12月16日(月)
 15日付発令で新たに対策本部メンバーに加わった41人を含めて、全員が朝9時に上海の本部オフィスに集合した。新メンバーの内訳は以下のとおり。
 本部付
   1名 秘書兼庶務担当
 民生第1部
  10名 局長助理級 各自経団窓口リーダー候補
 民生第2部
   5名 医療・介護・福祉系リーダー候補(第2陣)
 技術第1部
   5名 システム担当
 技術第2部
  10名 機械・電気・水道系インフラ担当
   5名 用度品製造担当
  公安部
   5名 警督1名 警司2名 警員2名
 既存メンバーの昇格は、公安部の張双天が副部長から部長に昇格して警務隊長を兼務、潘雪梅と潘雪蘭が警司から警督に昇格となった。また商務部の李汝貞も副部長から部長に昇格。これで自分が部長を兼務するのは民生第一部のみとなった。
 本部長たる艾総書記、監察委員たる蒋副総書記以下総勢81人の挨拶。各自二言、三言のみで2時間近くかかってしまった。11時過ぎからケータリングで歓迎の昼食会。13時少し前に艾総書記がご挨拶をされ、蒋副総書記と連れ立って戻られた。
 午後は自分とダイチ、カオル、ミシェル・イー、各部部長から、新メンバーに全体状況の説明を行う。自経団幹部に説明を行った際の映像と全体説明で2時間ほどした後、各部に分かれてオリエンテーション。民生第一部は、ミシェル・イーと張皓軒の二人が担当。
 自分は、本部付の秘書兼庶務担当になった杜美雨(ドゥ・メイユイ)にオリエンテーション。彼女は25歳で第18支団の民生局に所属していた。初中卒業後自経団職員になり、2年前から局長助理を務めていた。前第18支団書記の李香月(リー・シャンユエ)副総書記に相談して、是非、と推薦していただいた。面識はあるのだが、改めて話してみると非常に聡明で飲み込みが早い。かなりの大所帯となった本部全体のサポートを期待する、と言ったら「おまかせください」との頼もしい言葉。同性のフィアンセがいるらしく、入籍を移動前にするか移動後にするか、思案中とのこと。

 12月17日(火)
 今日は上海本部幹部メンバーの3地域訪問の第3陣。技術第一部のシリラックと劉俊豪、技術第二部の林興建とジョン・スミス、そして公安部の張双天がメインで、自分と楊大地、李薫が同行する形となる。ミニプレインで上海を8時に発ち、成都、重慶、武昌の順で回る。各地2時間の打ち合わせ。うち1時間は全員で、残りの1時間は分野別のセッション。武昌での夕食会を終えると、楊大地と李薫はそのまま武昌に戻り、残りのメンバーが22時に上海帰着。

 12月18日(水)
 第18支団の駐車場に駐機してあったミニプレインを、ハバシュがネオ・シャンハイへ回送するタイミングで、長江新報の馮万会が実際にフライトしている状態での試乗を行った。高速飛行を体験してもらうため、ハバシュが少し長めの経路でサービスしたという。
 水曜の一連のミーティングは16時に上海マオ対策本部とマオ委員会のVRミーティングで始まる。最初に全体状況の確認。その後1月1日付人事による上海対策本部の体制拡充について、意図と今後の展望を含めて説明する。最後に昨日の訪問の際の確認事項についての情報共有。先週のミーティングで依頼をした、警務隊立上げメンバーの3地域からの派遣については、各支団から計9名を、1月の初めから派遣していただくこととなった。その他昨日懸案になった項目について結論を、結論に至らなかった項目について方向性を確認し、引き続き議論していくことで合意。 
 17時から、月の連邦本部、ネオ・トウキョウとつないだ合同ミーティング。
 本日の最重要トピックスは、先週末にお話のあった、インパクト予想地点と予想日時について。マザーAIの解析ロジックを見直した結果、エリアと時間帯をより絞り込んだ予想が出たとのこと。予想地点は南緯20度、西経105度を中心とする半径1000kmの円内。南太平洋の海上となる。予想日時は2290年6月13日21時30分~22時45分(UTC)。地図を投影してもらったが、上海は世界の中でも相当安全度が高い地点になる。AOR収容プロジェクトのアーウィンGMからは、最新予想から現在の計画を見直す必要があるか精査するが、大きな見直しはないものと思われるとのお話し。進捗状況は予定通りで、南北アメリカ大陸の拠点がすべて稼働し始め、一部では収容に向けた具体的な動きも始まっている。1月から稼働させる支部のうち、ムンバイとシドニーの立ち上げ準備のためアーウィンGMが出張されるので、往路この週末に上海に立ち寄りたいとのお話し。予定については別途調整することとした。その後当方の進捗状況を報告。人員体制を段階的に整備し、1月からは準備をさらに本格化させる。
 ふだんより遅れて18時半からマオ支援グループとのミーティング。先ほどの最新予想について引き続き議論。上海は距離的には安全なエリアにあるが、ハーニャ・ゼレンスカヤによれば、かなり水深の深い海上にインパクトすることから、巨大な津波が発生し、上海にも波高が相当高い状態で到達するおそれがあるとのこと。引き続きネオ・シャンハイを含めた全レフュージの受ける影響について詳しい解析を進められるとのことで、判明し次第ご報告いただくこととする。その後、さきほど当方から報告した進捗について、ファン・レインGM以下マオ支援グループメンバーからいくつか質問があり、回答する。終了は19時を少し回った。

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~周光武の独白~
「星が衝突して地球上は大変なことになる」という情報が、連邦との商売がなくなったキャラバン・コネクションから伝わってきた。どうやって生き延びるのか。「連邦と和解してネオ・シャンハイに避難する」という噂が流れてきた。周光立が流したものだ。それに対しキャラバン・コネクションも含む、連邦に反感を持つ連中が結集して「AF(Anti Federation)党」という秘密組織ができた。「もう一人の周光来の孫」であるおれは、AF党に担がれることになった。

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(つづく)


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