見出し画像

生き残されし彼女たちの顛末 第4部 第72章 アーウィンGM、来訪する

~周光立の業務日誌より~
 12月19日(木)
 今日から2日間にわたって、上海自経団幹部のネオ・シャンハイ視察が行われる。副総書記7人と支団書記50人の、合わせて57人を午前・午後に分けて計4回で案内する。
 今日の午前の部は第9、第10自経団の副総書記と、各自経団から支団書記12人。上海本部オフィスに集まった14人を自分が引率して8時に出発。まずは李勝文が手配したタクシー4台に分乗し、黄浦江の埠頭を目指す。埠頭ではヒカリとアルト、アルトと連動した上海籍のビークルが待ち受ける。アルトにヒカリ、もう一隻のビークルに自分が乗り、15人が分かれて乗り込むとネオ・シャンハイを目指す。
 1時間と少しでネオ・シャンハイのプレイン基地に隣接する埠頭に接岸する。出迎えるのは張子涵、李勝文、高儷、杜美雨と潘雪梅、潘雪蘭。新たに加わった公安部員のうち3人が研修の一環として随行する形。まずは張子涵、高儷、ヒカリが登録スポットと登録ゲートの説明をする。さっそく飛び出す質問を無難に捌いて、次はプレイン基地に移動する。待機していたハバシュがスペースプレインの機内を案内し、後で乗せることになるミニプレインの機体と基地について説明する。
 ハバシュを残して、一行は大型エレベーターで地下第6層に向かう。非常食などの貯蔵庫を視察すると第7層へ。最寄りの避難スペースで区画の仕切のデモをし、個室、付属施設を案内。飛び交う質問を適材適所で無難にこなしていく。
 地上に上がり、李勝文のバスでネオ・シャンハイ本部オフィスに着いたときには12時半になっていた。13時集合の午後の部の上海本部オフィスでの出迎えは、ミシェル・イーと張皓軒が行うことになっていて、二人を乗せたアルトともう一隻のビークルはすでに黄浦江の埠頭へと向かっている。
 午前の部の最後は、非常食のランチをとりながら質疑応答。非常食の味はおおむね好調。今日できなかったり、後から気づいた質問があれば、杜美雨秘書のMATESアカウントへメールするようにお願いして、13時に予定終了。再び李勝文のバスでプレイン基地に向かい、お見送り。ハバシュがミニプレインで上海第18支団の駐車場までお送りする。
 一息つく間もなく、午後の部を迎えるべく李勝文のバスで登録スポットへと向かう。アルトと連動するビークルの二隻が長江の向こうから近づいてくる。14時15分頃に接岸。今回は第4、第8自経団の副総書記と支団書記16人。午前の部と同じルートでご案内して、17時半にネオ・シャンハイ本部オフィスに辿り着く。非常食のディナーと質疑応答がすむと、19時に予定終了。第4自経団の李香月副総書記が、元部下の杜美雨と潘雪梅、潘雪蘭に声をかける。プレイン基地にお見送りをし、オフィスに戻って軽く反省会。

 12月20日(金)
 曇り空で雨が心配だった昨日とはうって変わって、朝から快晴。
 昨日と同じスケジュール、同じフォーメーションで上海自経団幹部のネオ・シャンハイ視察が行われた。午前の部は第2、第6自経団の副総書記と支団書記12人。午後の部は第5自経団の副総書記と支団書記10人。第7自経団副書記のイブラヒム・ビン・ハッサンは、支団書記として参加。問題なく完了。スタッフたちが三々五々ネオ・シャンハイを後にする中、ヒカリ、ミシェル・イー、シリラック、ハバシュと自分は夜の賓客をお出迎えすべく待機していた。

---------------------------------------------

 デイヴィッド・カール・リチャードソン船長が操縦する多目的型スペースプレインMP1027号が、ネオ・シャンハイに寄港するのはこれが3度目だった。ネオ・トウキョウを発ってから2時間弱のフライトの後、12月20日の21時少し過ぎに、プレイン基地横の駐機スポットに着陸した。
 AOR収容対策本部の一行が、乗降口から降りてくる。先頭はアルバート・アーネスト・アーウィンGMとリーダーのフアン・マリーア・マルティネス。二人もこれが3度目の上海。続いて8人の収容対策本部メンバーが降りてくる。ムンバイ支部赴任メンバーが支部長含め6人。シドニー支部赴任メンバーが支部長含め2人。
 ミシェル・イー、シリラック、ハバシュはアーウィン、マルティネスと「お久しぶり」のハグを交す。ヒカリはアーウィンとハグし、マルティネスとは再会の握手。周光立が両人と再会の握手をしたのち、上海メンバーと8人の収容対策本部メンバーが握手する。エンジン音が徐々に小さくなると、リチャードソン船長と副操縦士が降りてきた。ハバシュがリチャードソンとハグ。再開の握手が終わると、一行はハバシュを先頭に、スタンバイしてあるミニプレインへ向かう。全員が乗り込むと、一路上海へ。
 ミニプレインが着陸したのは、周光立の祖父である周光来の邸宅の裏の空き地。アーウィン、マルティネス、リチャードソンにとっては、周光来宅への宿泊も3度目となる。

 翌12月21日土曜日、10時からの総書記報告会に周光立の他にアーウィン、マルティネス、リチャードソンの3人が同席する形で、艾総書記と蒋副総書記との会見が行われた。総書記の許可を得て、長江新報の馮万会が同席。周光立からの報告は、木曜、金曜に行われた上海幹部の視察の件がメイン。艾総書記からは翌週、翌々週に行われる3地域訪問について、できる限り現場の本音の話を聞けるようにしてほしいとの指示があった。
 上海側の報告事項が終わると、AOR収容対策本部の現状と今後の活動についての説明がアーウィンからあった。ネオ・トウキョウを本部として全世界のレフュージのうちバンクーバーを総支部、いずれトウキョウから本部が移転するムンバイをはじめ7ヵ所を支部として、インパクト予想エリアからの距離で危険度の高い地点のレフュージに基地を設置、その他のレフュージにも収容機能を持たせる形で、全世界をカバーする体制を構築する。
[活動人員は、どれくれいの規模になるのですか?]と艾総書記。
【今のところ、最大で3800人強の予定ですが、状況によっては、さらに増員が必要になるかもしれません】とアーウィン。
[大きな組織の采配を振るうのですね]
【私は元来文官ですが、3500人規模の航空・警備隊員も指揮することになります。もちろん、それぞれプロパーの司令官は任命されますが】
[船長は、どのようにされるのですか]と蒋副総書記。
【一応、北・東アジア・オセアニア方面隊付の航空隊副指令ということですが、自分としては、スペースプレインの船長が性に合っていますので】とリチャードソン。
[マルティネスさんは、観測のプロフェッショナルですよね]と艾総書記。
【はい。観測調査部でAORコミュニティーの場所を特定する業務の責任者です】とマルティネス。
[どのように特定されるのですか]と蒋副総書記。
【観測衛星からの地上スキャン画像、特に光線、二酸化炭素濃度、電磁波など人間の活動の結果発せられる可能性のある情報を解析し、コミュニティーが存在する可能性があるエリアを特定します。それらの場所に交信を試みるとともに、捜索隊も派遣します。来月からは無人の探査機も大量に投入し、大規模な生体スキャンを行う予定です。もちろん地球全体に、状況の説明と収容について呼びかけるメッセージを発信し続けています】
[もうすでに見つかったのですか?]と艾総書記。
【はい。5000人規模のコミュニティーとすでに2つコンタクトがとれ、収容についての具体的な調整が始まっている他、1000人前後のコミュニティーもいくつかコンタクトを始めています】
【捜索・収容が活動のメインになりますが、実は収容後の拠点運営をどのようにするか、ということが頭の痛い問題です】とアーウィン。
[連邦の要員は、やはりインパクトの一週間前に、撤収されるのですよね]と艾総書記。
【AOR収容対策本部の設置に関する連邦B級規則に、その旨規定されています。この部分はマザーAIの強い意向によるもので、そうそう簡単には変更できません。従って、インパクトの直前・直後、最大1ヶ月程度、拠点の運営は、収容した住民による自治に委ねられることになります】
 一息ついてアーウィンが続ける。
【自経団のような組織ができればいいのですが、時間がない。収容したコミュニティーごとの統治を尊重して、コミュニティー間に軋轢が起こらないような仕掛けが必要です】
[安全なエリアのすべてのレフュージに収容されるのですか]と蒋副総書記。
【最初は原則として最寄りのレフュージに収容されます。その後一部のものは中継点を経由して、最終的には3ヵ所のレフュージに集約する予定です。現時点で全体60万人を前提として、アジアのムンバイに25万人、アフリカのジブチに14万人、ヨーロッパのストックホルムに21万人が収容されると想定しています】
[レフュージのAIは、連邦要員不在の期間は、連邦本部から遠隔コントロールするのですか?]と周光立。
【基本はそうなるが、それでは現地の細かなニーズに対応しきれない。収容した住民の中でオペレーターを育成しなければなりません。これも頭の痛い問題です】
[ネオ・シャンハイのノウハウでお力になれるところがあれば、ご相談ください。シカリにお話しいただければ結構です]
【ありがたい。さっそく午後に一件、相談させていただくよ】
[いろいろとお聞かせいただきありがとうございました。私たちは可能な限り自分たちの力でネオ・シャンハイへの避難をやり遂げるつもりです。とは言え、何が起こるかわかりません。今後も周光立たちと連絡を密にとっていただき、協力体制を維持していただければと思います]と艾総書記。
【こちらこそ。正直言って手一杯の状態ですが、いざというときにはできる限りの支援をさせていただきたいと思います。また、ノウハウの点ではいろいろとご教示いただくことになるかと思いますので、よろしくお願いします】とアーウィン。
「あとは、夜の宴で」ということで、12時少し前に5人と馮万会は艾総書記のオフィスを辞した。馮万会は取材内容をさっそく記事にすべく、オフィスへと向かった。
 4人は夜に備えて、軽めの昼食を新中山路沿いのレストランでとる。午前中ミシェル・イーと張皓軒のアテンドで上海の街区を視察した、連邦の支部赴任メンバーと副操縦士合わせて9人と周光来宅で落ち合い、ハバシュの操縦するミニプレインで、ネオ・シャンハイへ向かった。
 ネオ・シャンハイには13時半頃着。ヒカリと高儷、張子涵が出迎え、登録スポットへと案内する。
【レフュージ再起動時の当初に登録ゲートが正常に稼働した台数はどれくらいだったのかな】とアーウィンが質問する。
【全体の60%程度でした】と高儷が答える。
【ネオ・トウキョウも同様だ。そのうえ我々のほうでは、登録ゲートのメンテナンスができる要員をなかなか確保できない】
 アーウィンはそう言うとさらに続ける。
【ヒカリ君。PITベースの簡易登録アプリを開発したとのことだが、我々のほうでも使わせてもらえないだろうか】
【了解しました。あとで使用方法をご説明して、PITアプリとシスターAI側のコントロールプログラムをお渡ししますね】とヒカリ。
 その後支部赴任メンバーからの質問と回答がひととおり終わると、次はエレベーターで第7層に向かい、避難スペースの説明。どのような考え方で区画を割り振るか、など支部赴任メンバーから質問が出た。
 今日の視察メニューが終わり、メンバーが本部オフィスに着いたのが15時半頃。連邦メンバーは皆パントリーのマシンの使い方は心得ているので、自分の好きなドリンクを手にして空いているテーブルに腰かける。簡易登録アプリの説明とプログラム素材の受け渡しを終えたアーウィンとヒカリは、コーヒーを手に奥のテーブルで、二人で話を始める。
【アーウィンGMもこれからますます大変ですね】とヒカリ。
【ああ。まだまだ手探りの状態の中で、もう実際に収容が始まる】とアーウィン。
【4000人近いスタッフや隊員を統括されるのですから】
【午前中に総書記とのお話でも申し上げたのだが、文官の私が航空・警備隊員も指揮する立場になろうとは…まあ自分が進言したプロジェクトだから、愚痴は禁物だね】
【今まで一度に最大で、何人くらい部下がいらっしゃったのですか?】
【そうだねえ。レフュージの支部のメンバーも含めて、最大300人くらいだったかな】
【やはり今回は桁違いですね】
【まあ、それぞれ支部や基地に責任者をつけて、航空隊や警備隊は方面別に司令がついてくれるから、基本的な方針を示して。あとは調整役のスタンスでいこうと思う】
【アーウィンGMらしいスタイルです】
【そう言ってくれると、自信が湧くよ。ありがとう…それより、君も大変じゃないかね】
【そうですね。アドラ・カプールが支団サーバーのエキスパートだし、マザーAIとの部分はシリラックが見てくれますけれど、シスターAIとの付き合いはわたしが一番長いので、仕込みが済むまではやはり大変です】
【周光立に聞いたよ。あまり休みもとっていないんだって?】と心配そうにアーウィン。
【1月からいろいろなことが本格的に始動します。12月中に基本的なところを固めておかなければならないので、正直しんどいですが、これを乗り切れば少し一息つけます】
【くれぐれも無理し過ぎないように】
【ありがとうございます。そう言えば、ヤストモさんは、いかがなさっていますか】
【ミスター・ケイトクシ老人のことかね】
【そうです】
【我々が着任してしばらくして、マリンビークル基地の前でお会いした】
【お元気でしたか?】
【ああ。お元気なのはいいのだが、我々が滞在しているところに移られるよう申し上げたにもかかわらず…】
【やはりそうですか。ニッポンのかつての宮廷貴族の血筋の方らしくて、誇り高くてそして頑固でいらっしゃる】
【時々巡回させて、ご様子は報告させているから大丈夫だ】
【わかりました。戻られたらよろしくお伝えください】
 そろそろ夜の宴のために上海に戻る頃合いになっていた。
 連邦メンバーも含めネオ・シャンハイから戻ってきたメンバーが、18時頃から上海対策本部のオフィスに到着し始めた。マリンビークルで埠頭に着き、そこからは李勝文が手配したバスでの移動。艾総書記と蒋副総書記、長江新報の馮万会が18時半頃に到着し、ネオ・シャンハイからの最後のメンバーが19時少し前に到着。
 今宵の宴は、連邦メンバーとの懇親会、上海対策本部メンバーの慰労会兼12月に異動になったメンバーの歓迎会といろんな名目がついていた。連邦側がアーウィンGM以下12人、上海対策本部が艾総書記以下ほぼ80人で合計90人超の参加者。鶴雲楼から料理を取り寄せての立食パーティー。李勝文の妻、朱菊秀も久し振りに参加している。
 周光立からの簡単な挨拶、艾総書記の乾杯の後は思い思いに過ごす。上海メンバーが連邦メンバーに話を聞く輪がそこここにでき、馮万会は例によって会場を回りインタビューしていた。
 あっという間に時は過ぎ、21時半頃にお開きとなった。徒歩の者以外は、李勝文が手配したバスとタクシーに分乗して帰途に着いた。

---------------------------------------------

~周光武の独白~
 光立はレフュージ生き残りの2人の女を使って爺さんをたらし込み、長老、幹部と切り崩していった。そしてAF党の中核勢力だったキャラバン・コネクションまで寝返ってしまった。「反連邦」の気概はどこへ行った? 自経団の誇りは? おれは腹を括った。連邦と妥協はしない。おれの信じる道を行く。

---------------------------------------------

(つづく)


いいなと思ったら応援しよう!