生き残されし彼女たちの顛末 第0部(前日譚) 19)カテゴリ
市民投票の実施が決まって、最初のうちは規則案に反対する声のほうが大きかった。
まだまだ他にやれることがあるのではないか? 地球上に残っても生き延びる可能性のある者がいるのに、すべて「ケア」してしまうことは人道に反するのではないか? 「ターミナル・ケア」などときれいごとを言って、実のところはジェノサイドではないのか?
多くのレフュージで激しい抗議活動がおこり、中には暴動に至って死傷者がでたところもあったという。
ネオ・トウキョウは比較的静かだった。
市民投票まで3ヶ月となった時点での世論調査では、反対が賛成を上回っていた。
それを見た連邦側が、猛烈なPR活動をかけてきた。「なりふり構わず」というのが適当かもしれない。
地球にぶつかる巨大な天体と、それによって地球全体に広がる火炎の渦のシミュレーション画像。
白い患者服をまといベッドに横たわった女性が、微笑みながら安らかに目を閉じる映像が続く。
「業火に焼かれる苦痛か、安楽に迎える眠りか...選ぶのはあなただ」というメッセージが締めくくる。
こういった映像がレフュージの広報モニター画面に繰り返し映され、またものすごい量でネット上に投入された。次第に抗議活動も下火になってきた。
ちなみに、地球全体に火炎の渦が広がるのはマオよりはるかに大きなサイズの天体がインパクトした場合のシミュレーション画像で、科学的見地からは明らかに誇張だったけれど、一般市民に与えた印象は強烈だった。
投票結果はたしか接戦だったように思う。
どうせだから調べてみよう...
~PIT表示内容~
「恒星間天体マオのインパクト対策としての火星移住計画および非移住者安楽死措置に関する連邦A級規則」案
市民投票結果:賛成52%、反対48%
投票率:61%
重大事を決める投票であるわりには、棄権がけっこう多かったんだ。「決めかねる」という人がかなりいたんだと思う。実際、わたしもそうだったから。
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(火星授業記録その27)
よろしいでしょうか。それでは再開します。
市民投票で成立した「火星移住およびターミナル・ケア連邦A級規則」について、このあとこの授業の中ではたんに「連邦A級規則」と呼ぶことにします。
連邦A級規則では、インパクトが2290年6月という前提で、地球のレフュージをその1年前までに閉鎖することが定められました。インパクトの時期が近づくにつれ不安が高まるであろうということと、決められた運命をいたずらに引き伸ばすのは人道的に問題があることから、ターミナル・ケアの時期はできるかぎり早期がよいとされました。一方で火星へ行く者を送り出すまでに必要な期間をとる必要もありました。それらに配慮した結果導き出されたのが、「インパクトの1年前まで」ということだったのです。
さらに連邦A級規則によって、レフュージに在住する市民は、タブレットに表示されているように3つのカテゴリに分けられることとなりました。
~ディスプレイ表示内容~
連邦A級規則によるカテゴリ
カテゴリA:カテゴリ決定後、順次ケアが施される
カテゴリB:レフュージ閉鎖時にいっせいにケアが施される
カテゴリC:レフュージ閉鎖までに火星に順次移住すべく出発する
原則として40歳未満の者とする
各カテゴリの人数については、火星に移住可能な人数が500万人であることから、まず、カテゴリCが500万人となりました。次にカテゴリBは、レフュージの活動のために最後まで必要になる人員数から算出した結果、カテゴリCと同じく500万人となりました。その結果、当時レフュージ在住の市民が合計約1億人だったので、カテゴリAは約9000万人ということになりました。
連邦A級規則が7月に成立した3ヵ月後、2282年10月にAIによるカテゴリ分類が行われました。その後、調整が行われて、翌年3月に各人のカテゴリが確定しました。
――質問ですが。
はい、Rさん。どうぞ。
――カテゴリ分類の詳しい方法を知りたいです。
カテゴリ分類、つまりだれがどのカテゴリになるかを決める方法は、先にお話しした対策要綱のなかで「公平な方法」とされていましたが、実際の方法は、各人のDNA、つまり遺伝子の情報を特別な方法でデータ化してひとりひとりが異なる番号を作り出し、その番号によるくじ引きの方法でAIが行う、つまり人間が関わらない方法で実施されました。
なお「くじ引き」とは異なる方法でカテゴリが決まる人もいましたが、その点についてはここでは省略させてください。
よろしいでしょうか。
――ありがとうございます。
――私も質問、よろしいですか。
はい、Sさん。おねがいします。
――カテゴリCに分類された人が火星に行けなくなった場合どうなったんですか? 例えば病気で亡くなったりした場合です。
その場合は、カテゴリBの人の中から繰り下がってカテゴリCに編入される人が選ばれました。実際、カテゴリCの欠員は、亡くなることによる場合もありますし、「地球に残りたい」という本人の強い希望でカテゴリCから繰り上げを申し出て認められることによる場合もありました。
よろしいでしょうか。
――はい、わかりました。
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(つづく)