生き残されし彼女たちの顛末 第4部 第67章 「簡易VRソフト」御一行様
12月1日日曜日、第35支団にある第7自経団総書記のオフィスに、AF党の幹部が集まった。
[いったいどういうことだ。張双天のことは?]と怒りを顕わに党首の袁毅志。
[私から今日にでも話をしようとしていた。機先を制された]と呟くように周光武。
[動かせそうな公安局はどれくらいになった。黒美香]と副党首の姜磊。
[彼がこちらにつけば5支団は固いと見ていたが、今となっては自分の支団と、あとどれだけ…]と黒美香と呼ばれた某支団公安局長のクロダ・ミカ。AF党のもう一人の副党首。
[彼は公安局長の間でも人望がある。持って行かれたのは痛恨の極みだ]と袁毅志。
[あとは個人単位で集めることしかない]とクロダ・ミカ。
[個人はいいが、くれぐれも話が露見しないようにしなければ]と姜磊。
周光武が口を開く。
[浮足立ってへまをすることだけはならない。あちらの動きは、こちらの思惑通りだ。いざ動くときの手足は、少数精鋭で構わない]と低い声で議論を締めくくる。
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~周光立の業務日誌より~
12月2日(月)
朝9時から新オフィスにて全員顔合わせ。一般スタッフも全員集合してもらった。状況については個別に説明してきたが、先週土曜の拡大総書記会で説明した資料を元に、改めて情報のすり合わせを行う。
ケータリングで昼食をともにし、午後はそれぞれの業務にあたる。民生第二部、技術第一部、技術第二部の全員とハバシュがネオ・シャンハイへと向かうと、広々としたスペースがいささか「がらん」としてしまう。とはいえこれから本格的に始動すれば人員も増える。佳境に入ると、ここのオフィスも満杯状態になる、と予想している。
ネオ・シャンハイに行ったヒカリから嬉しいプレゼントの報せ。通常のコンピュータ端末で操作が可能な簡易VRソフトを連邦が開発し、送ってくれた。ネオ・シャンハイのオフィスで試したところ、本格的なVRミーティングシステムの映像にはかなわないものの、対面の会話には問題のないレベルで稼働したとのこと。連邦との会議はもとより、上海と3地域、ネオ・シャンハイを結んだ会議にも使えるようになる。明日から始まるハバシュのミニプレイン定期便で、3地域にソフトを届けながらテストを行うこととする。
上海滞在が2週間近くなった楊大地と李薫は、15時に上海を発って、深夜に武昌に到着する行程でいったん戻るとのこと。翌日のミニプレインで戻っては、と提案したが、楊大地が自分のエアカーがないと機動的に動けない、とのことで陸路をとることにした。今後はハバシュの力を借りて、より効率的な動きができるようにしたい。
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12月3日(火)8時、カリーマ・ハバシュが、昨日のうちに第18支団の駐車場に回送したミニプレインに、操縦士のハバシュ、周光立、アドラ・カプール、ヒカリの順に乗り込んだ。一番奥地の成都を初めに、重慶、武漢の順に回り、上海へ戻る。VRミーティングのテストのため、シリラックがネオ・シャンハイのミーティングルームで待機する。
ハバシュが操るミニプレインは、10時少し過ぎに成都自経団の駐車場に着陸した。自経団副書記で技術局と商務局の局長を兼務する陳香月(チェン・シァンユェ)が出迎えた。聡明そうな女性副書記の案内で、4人は会議室に通される。自経団書記を筆頭に副局長以上の6名がすでに揃っていた。陳春鈴の「盟友」汪花琳を含むスタッフによって茶と茶菓子が運ばれてきて、成都自経団幹部7名と自己紹介がてら、しばし歓談する。
30分ほどしたところで、アドラ・カプールとヒカリは、陳香月の案内でテレビ会議用のカメラ設備のある部屋へと案内された。カメラに接続された端末にヒカリがPITで簡易VRソフトを送信、インストールし、陳香月に操作方法を教える。陳香月がソフトを起動し、ネオ・シャンハイと接続すると、エア・ディスプレイ上にシリラックが現れた。
【ニイハオ】とシリラック。
[ニイハオ! うわあー、ふつうのテレビ会議より画像も音声もリアルですね。なんかこの会議室からそのままつながってるみたい。すごいです]と、瞳を少女のようにキラキラさせながらはしゃぐ陳香月。
【そちらは、カプール部長と、ヒカリさんと、あともう一人の方ですね】
[はじめまして。成都自経団の陳香月です]
【はじめまして。上海対策本部のシリラックです。こちらは、ふつうのVRと遜色ない状態で投影されています】
[まずは成功のようですね]とカプール。
[操作も簡単ですし、これなら誰でも使えそうです]と陳香月。
【連邦がこれを開発したのは、アーウィンGMの収容プロジェクトで、フィールドの捜索隊員とのコミュニケーションツールとして使えるように、という狙いです。ゆくゆくはPITベースで使用できるようにとのことですが、ひとまず現段階で提供いただき、使えるようになりました】とヒカリ。
【問題が無ければ、明朝、成都、重慶、武漢、上海本部、ネオ・シャンハイと結んで多地点接続のテストをしましょう。時刻はあとでご連絡します】
[せっかくですから、今後のことについて少し打ち合わせしませんか]とカプール。
陳香月が3人分の椅子を持ってきてくれた。
成都とネオ・シャンハイを結んでのシステム系の打ち合わせミーティング。途中から、シリラックに呼ばれた副部長の王敏と劉俊豪が加わった。
ネオ・シャンハイのサーバーにシスターAIと連携させるための成都自経団システムのレプリカを作り、成都自経団のサーバーとリアルタイムで同期をとるための運用の立ち上げについて。成都自経団は移動が最初になるため、他の自経団に先駆けて開始する必要がある、ということで認識が一致。
[システム系についても本格的に対応を始めることになります。関係者が密にコミュニケーションを図れるように、専用のMATESグループを作ってはどうでしょう]と劉俊豪が提案した。
[上海、成都、重慶、武漢の関係者が参加するという形ですね。賛成です]と王敏。
[私も賛成です。グループの名前はどうしますか?」と陳香月。
[「マオ対策システムPJ」ではどうでしょう]とカプール。
【勝手に「PJ」を名乗っても大丈夫ですか】とシリラック。
[問題ないでしょう。あとで私から周光立に話をしておきます]
ミーティングを終えたアドラ・カプールとヒカリは、再び陳香月の案内で最初に通された会議室に戻る。11時半を過ぎていた。周光立とハバシュは他の6人の成都幹部と意見交換を続けている。カプールが、簡易VRシステムが問題なく稼働したこと、システム関係者のミーティングを行ったこと。「マオ対策システムPJ」という名称のMATESグループを立ち上がることについて報告した。ミーティング内容について質問があり、ヒカリと陳香月が答えた。
12時半、4人は7人の成都幹部に見送られて、ミニプレインで重慶に向かうべく成都を後にした。重慶までは30分ほどのフライト。13時少し前には重慶第2支団オフィスの駐車場に着陸した。
出迎えてくれたのは、重慶副書記で第2支団書記を兼務する韓一諾(ハン・イーヌオ)と、重慶サーバーの責任者である第2支団副書記兼技術局長の郎雪(ラン・シュエ)。彼女は満族系の中国人である。
案内されて入った会議室には、第3支団書記を兼務する重慶自経団書記、第1支団書記を兼務する重慶副書記、3つの支団の公安局長と民政局長の、合わせて8人が揃っていた。出迎えてくれた2人を加えて総勢10人。
挨拶が終わる間もなく食事が運ばれてきた。14人で昼食をとりながら自己紹介を兼ねた歓談。レフュージの幹部だったヒカリと、連邦から派遣された操縦士のハバシュに重慶側メンバーから質問が集中した。
1時間ほどした頃、郎雪の案内で、アドラ・カプールとヒカリは、成都のときと同様にテレビ会議用のカメラ設備のある部屋へと向かった。カメラに接続した端末に成都と同じくヒカリがPITからソフトを送信、インストールし郎雪が起動する。ネオ・シャンハイのシリラックが「ニイハオ」と言って現れる。
[はじめまして。重慶第2支団の郎雪です]
【上海対策本部のシリラックです。そちらはどのように映っていますか?】
[はい。お姿もお声もとてもリアルです。噂には聞いていましたが、想像以上です]
ソフトの開発の経緯についてヒカリが郎雪に説明した後、打ち合わせに入る。成都のときと同様に王敏と劉俊豪が加わり、レプリカの立ち上げについて。重慶は武漢と異なり、第2支団のサーバーが自経団全体をカバーしているため、レプリカも一つですむとのこと。
「マオ対策システムPJ」についても郎雪がMATESグループに加わることを確認した。
システム打ち合わせが終わったときには15時になっていた。3人はもとの会議室に戻り、意見交換に加わる。VRシステムの稼働、システム関連打ち合わせ事項、「マオ対策システムPJ」について説明した。成都と同様、質問には主にヒカリと郎雪が回答した。
重慶側メンバーから周光立に、ネオ・シャンハイと上海対策本部を、忙しくならないうちに視察したいとの話があった。
[2日後に設定されている次のミニプレイン定期便に、予定は入っているかな]と周光立がハバシュに確認する。
【今のところありません】
[それでは、どうでしょう。地理的に成都も同時に行えれば効率的かと]
[了解です。成都に確認しご連絡します。ハバシュさん、プレインの定員は?]と韓一諾。
【最大20名ですので、お願いします】
[了解しました]
重慶を発ったのは16時。1時間のフライトで武昌支団の駐車場に到着。ダイチ、カオル、グエン、陳春鈴がお出迎え。
「グエンさん。お久しぶりです」とヒカリ。
[元気そうでなによりです。忙しいですか?]とグエン。
「なんとかやっています」
[ジョンや張子涵も元気ですか]
「はい、元気です」
ヒカリが、直には初対面となるアドラ・カプールをグエンに紹介する。
陳春鈴はというと、ダイチの後ろに隠れるような位置から様子を窺っている。気づいた周光立が近づいてくる。
[お久しぶりです、陳春鈴]と言いながら周光立が手を伸ばす。
「お、お久しぶりです、周光立]と手を伸ばしながら陳春鈴。
二人は握手する。しっかりと握りしめる周光立と、なされるがまま状態の陳春鈴。
[お元気そうでなによりです]
[あ、貴方も]
[今日は、短い時間ですがお世話になります]
[そ、そんな、お世話だなんて。お邪魔にならないようにしてます]
支団の大会議室には、マオ委員会の武漢メンバーが勢揃いしている。
開口一番、委員長の楊清立(ヤン・チンリー)が周光立に言う。
[周本部長は、武漢はお久しぶりではないですか]
[はい。小百合の葬儀に参列して以来だと思います]
[そうですか。そろそろ1年半になりますね]と言うと楊清立は、視線をダイチとカオルのほうにそっと向ける。
[楊委員長、徐院長もご息災とお見受けします]と、周光立が楊清立の妻である徐冬香(シュ・ドンシアン)武昌法院院長に向けて言う。
陳春鈴が先頭になって、武昌スタッフが人数分の茶と茶菓子を運んでくる。
周光立の前に置いた陳春鈴に、周光立が声をかける。
[どうもありがとう]
[い、いえ、どういたしまして]
しばらく全体的な状況について意見交換をした後、グエン、アドラ・カプール、ヒカリの3人が退出して、簡易VRソフトのインストールとテストに向かう。オフィスを通って、自席で待機していた武昌支団技術局副局長の孟天佑(マン・ティェンヨウ)を伴って、テレビ会議室に向かう。彼は、常勤の局長助理から12月1日付で副局長に昇格。かつてヒカリは技術局の非常勤の局長助理だったので、お互い面識はある。
シリラックとつないでのテストは成功。引き続き武昌にいる4人と、ネオ・シャンハイの3人で打ち合わせを行う。
成都や重慶と異なるのは、支団ごとにサーバーが設置されていること。それぞれのレプリカをシスターAIに作る必要があるが、武漢側の窓口は武昌のグエン=孟のラインが引き受けることになった。ただし情報共有のため、漢口、漢陽の担当者も「マオ対策システムPJ」のMATESグループに参加してもらうこととした。
4人が、周光立と委員会メンバーたちが意見交換をしている会議室に戻る。孟天佑も会議に加わる。簡易VRソフトが成功したことに対して「月の連邦とのVRミーティングがやりやすくなる」との声が上がった。その他ミーティング内容への質問については、主にヒカリとグエン、孟天佑が回答した。「マオ対策システムPJ」についても異論なし。
重慶・成都のメンバーが、明後日にネオ・シャンハイと上海対策本部を視察することになったと周光立から話し、武漢も行ってはどうか、と提案する。異論はなく、翌週の木曜日に実施する前提で、重慶・成都の実施状況を見て、改めて相談することとなった。
上海対策本部一行が到着してから2時間ほど経った。テーブルと椅子を脇にやって、ケータリングの料理とドリンクが運び込まれ、出発予定の21時まで立食パーティー。周光立とアドラ・カプールは、いろいろなメンバーのところに挨拶に行き言葉を交わしている。
ヒカリがふと気づくと、周光立と陳春鈴がドリンクを手にして向き合っている。少し思いつめたように陳春鈴がなにか言っている。それに対してにこやかに周光立が言葉を返す。はにかんだように微笑む陳春鈴。
(なんかいい感じ)とヒカリは思う。
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~周光武の独白~
おれに1年遅れて、周光立は第4自経団に移った。支団副書記兼務の民生局局長。「周光来の孫」という看板を背負った彼も、実力を認めてもらうためのプレッシャーは大きかった。ただ彼は、温厚で柔和な性格。そんなプレッシャーと戦っていることなど、おくびにも出さなかった。
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(つづく)