生き残されし彼女たちの顛末 第0部(前日譚) 14)マルグ来訪
(火星授業記録その23)
――質問です。
はい。Oさん、どうぞ。
――国際連邦のスタッフが、戦争前に月の居住区に移ったということですが、これって、なんか自分たちだけ生き残ろうとする、卑怯っていうか、よくないことのように思えるんですけど、そういうことは当時言われなかったのですか?
するどい質問ですね。たしかにそのような批判もあったようです。
けれども私は、仕方がなかった、というか、もっと突っ込んでいうと、結果的に人類のためになったと考えます。これから再びお話しするように、国際連邦が暫定統治機構を発足させ、地球の各所にレフュージを建設して生き残った人々を収容して生活・社会を再建しましたが、その際に中心的な役割を果たしたのが、第四次世界大戦前に地球から月に移った国際連邦のスタッフだったのです。
こんな回答でよろしいでしょうか。
――よくわかりました。ありがとうございます。
それでは続けます。
国際連邦には、月・火星を含む連邦が主権をもつ宇宙空間を統治するために、宇宙統治委員会と事務局、つまり委員会の下で委員会が決めたことの実行や、委員会の活動の準備などを行う機関がありました。第四次世界大戦によって世界中の国家が機能を失ってしまった事態をうけて、国際連邦は2226年に、宇宙統治委員会と事務局をもとにして、さきほどお話しした国際連邦暫定統治機構を立ち上げました。
そして月・火星に移住していた人々はもとより、地球上に生き残っていた人々も含めて「連邦市民」という地位を与えて、「国民を保護し、統治する」という本来なら国家がとる役割を国際連邦がとる形としたのも、先にお話しした通りです。
地球上に生き残っていた人々に月から支援を行いながら国際連邦が進めたのは、彼らが安全に生活することができる施設を建設することでした。すでにお話にでてきた「レフュージ」というその施設がどのようなものか、ここにいる25人のうち24人の方は覚えているでしょう。天井が窓になっている巨大な建物のようなものでおおわれて、外とはほぼ完全に遮断され、そこで暮らす人々が必要とする住居、電気や水、食料などの生活物資をすべてその中で作ることができるような設備を備えている自給自足型の居住空間です。
レフュージの設置場所は地球上の30ヶ所に決められました。生き残っていることが確認できた人数が世界中で1億人を少し超えるところだったので、1ヶ所のレフュージに平均400万人ほどを収容することが必要でした。
レフュージの建設に必要な資材が月や火星で作られ、地球に送られ、建設が進められました。過酷な環境の中での工事は困難なものでしたが、第四次世界大戦終息から6年経った2232年に最初のレフュージが開設しました。ネオ・トウキョウ、ネオ・シャンハイ、ネオ・ラゴス、ネオ・ロンドン、ネオ・ニューヨークの5つのレフュージです。
それらのレフュージへの生き残った人々の収容がはじまりました。また、別のレフュージを作るための基地となり、建設に必要な資材を作る役割も担いました。そうしてレフュージの建設は進み、さらに4年後の2236年までに、計画された30すべてのレフュージが開設しました。
地球上の人類は、第四次世界大戦を経験した後、レフュージという完全に人工的な、つまり自然の状態ではなく人間がすべて作り出した環境のもとに再スタートを切ることとなったのです。
さて、ここまで20世紀以降の戦争の歴史を、四度の大戦とその間の戦争をなくすための取り組みを中心に見てきました。
どうですか、理解できましたでしょうか。質問がありましたらお答えしますので、いつでも言ってください。
それではここで休憩をとることにします。
(休憩)
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ドアの外で「ヒ・カ・リ?」と呼ぶ声。マルガリータ・ヨシコ・ホウジョウの声だ。
小走りにドアへと向かう。
「マルグ!」
「ヒカリ!」
ふたりは手を伸ばして抱き合う。
「来てくれたのね。もう仕事は終わったの?」
「今日のカウンセリングは午前中で終わり。さっきレポートを書き終わったところ。ずいぶん遅れたけど、ハッピー・バースデー!」
「ありがとう。やっぱり直に聞くと、嬉しい」
マルガリータとわたしは、ミドルスクール2年のときに同じクラスになり、親友になった。ハイスクールのあいだ、恋多き彼女は恋の悩みをいくつもわたしに打ち明けた。「コンピューターひとすじ」で恋愛に興味のなかったわたしは、ただひたすら彼女の話を聞くだけだった。
わたしより1年遅れて彼女はアカデミーに入学した。専攻を臨床心理学にしぼって3年で中期課程まで修了し、修士の学位と公認心理カウンセラーの資格をとった。そしてわたしと同時に医務官として統治府に入った。
彼女の職場は同じビルの5階にある。会おうと思えばいつでも会いにいける距離だけれど、お互いなかなか忙しくて、月に一度ランチをいっしょにする程度だった。そのうちケアが本格化するにつれてカウンセラーのマルガリータが多忙となって、ランチもままならなくなってきた。毎日MATESを交わすのがやっとだった。
マルガリータにソファをすすめて、自分も向かいのソファーに腰をおろした。
「顔を合わせるのは3ヶ月ぶりかしら。マルグ。どうだった?」
「うん。カテゴリAのケアがおわる5月までは超忙しくて、時間外までやってやっとこなしていたわ。6月になってもまだ忙しくって、最近やっと落ち着いたって感じ」
カウンセリング希望者に対しては、まずはAIカウンセラーが対応することになっている。AIもなかなかのもので、9割以上のクライアントはAIのカウンセリングと処方した安定剤で落ち着くことができる。AIの対応では解決しなかった残りの1割弱を彼女たち人間のカウンセラーが対応することになる。
「あなた方が対応するのは手強い相手ばかりだものね」
「今週担当したクライアントで、最初はずーと黙っている人がいたの」
「ふうん」
「カウンセラーは傾聴が基本だから、相手がなにか話し出すまで待つわけなんだけれど、他の人とくらべても黙っている時間が異常に長いし、さすがにいつまでも待ってるわけにいかないから『いかがですか?』って、なるべく穏やかに聞いたわけ」
「すると」
「そうしたら突然立ち上がって『いかがもへったくりもねえだろう、こいつ!』って怒鳴り出したの」
「あら」
「私に殴りかからん勢いだったから、部屋にいたガードロボットが彼を取り押さえてくれて」
「大変だったんだ」
「取り押さえられながら彼が『どうしておれがこんな目にあわなきゃなんねーんだよ』と泣きわめくの」
「『どうしておれが...』って言う人のこと、前にもお話ししてくれたわよね」
「ええ。毎日のようにあるわ」
「みんなきっと、多かれ少なかれそう思っているんでしょうね」
「『どうしておれが...』『どうして私が...』」
カゲヒコのカウンセラーに彼がケアされたあと、彼はどんなふうだったか聞いてみた。「守秘義務」といくことで詳しくは教えてくれなかったけれど、「どうしておれが...」とか、つぶやいていたかもしれない。
(つづく)