見出し画像

生き残されし彼女たちの顛末 第3部 第43章 宙(そら)飛ぶ調査団

 デイヴィッド・カール・リチャードソンは、50になろうかという航宙士。A級ライセンスを取得して25年のベテラン航宙士の彼は、アメリカ人の男性で、2287年8月の「大接近」に合わせて実施された、地球から火星へ大量に移住させる「大作戦」の際、火星行きの「自力航行型居住モジュール」の一つに船長として乗務した。「大作戦」に合わせて急遽育成された、地球出身の「即席」航宙士たちは、ほとんど火星に残ることとなり、リチャードソンは、月へ戻る「本業」の航宙士たちを運ぶスペースプレインに、船長として乗務した。
 カリーマ・ハバシュはパレスチナ人の20代の女性。月のハイスクールを卒業後、1年間の養成期間を経て、C級航宙士のライセンスを取得。「大作戦」の際に副操縦士として乗務した。その航宙実績により彼女はB級航宙士候補となる要件を満たし、訓練を経てつい先日、正式にB級航宙士ライセンスを取得した。
 A級航宙士は、地球=月=火星間のすべての区間で船長として乗務できる。B級航宙士は、船長として乗務できるのは月=火星間のみ。シビアな大気圏突入がある地球=月間では副操縦士として乗務する。C級航宙士は、副操縦士として月=火星間のみ乗務できる。
 多目的型スペースプレインMP1027号は地球=月=火星間を航行するほか、それぞれの星内でエアプレインとしても航行することができる。乗客定員は約100名。貨物専用の場合は約10トンまで運ぶことができる。惑星間航行船の標準タイプは乗客500名、貨物50トンなので、月に配備されているスペースプレインとしては、最も小さい部類に入る。
 10月6日日曜日の早朝、リチャードソンとハバシュは、月の第1スペースステーションに駐機しているMP1027号のコックピットに乗り込んだ。リチャードソンが船長席に、ハバシュが副操縦士の席に着き、モニターやパネルを操作し機体の状況をチェック。いつでも出航できる状態であることを確認した。エンジンを始動し、アイドリングモードにした。

 3日前、木曜日の統治委員会定例会の議事をうけ、ティマコワ総務担当委員はファン・レイン総務局長に、地球に派遣する調査団員の人選を命じた。総務局長は、情報通信局長と科学技術局長と相談のうえ、調査団員の案を作成し、ティマコワ委員の同意を得た。
 団長   オビンナ科学技術局長
 副団長  アーウィン情報通信局情報支援部長
 団長補佐 イー総務局レフュージ統括部リーダー
 団員   マルティネス科学技術局観測予報部員
      シリラック情報通信局情報支援部員

 9日水曜から11日金曜まで現地で調査を実施するため、8日火曜現地時間の夜に上海に到着するべく、5人の調査団員は6日のUTC7時に第1スペースステーションに集合した。PITで、全員揃ったことをMP1027号のリチャードソン船長に伝える。10分ほどして副操縦士のハバシュが迎えに来た。彼女の案内で一行は搭乗ゲートへ向かう。船内に入り、コックピットのすぐ後ろに用意された5つの座席に着く。各自1週間分の着替え等が入ったバッグを収納スペースに入れ、一息ついたところに船長と副操縦士がやってきた。
【ようこそ、MP1027号へ。私が船長のリチャードソンです。副操縦士のハバシュとともに、地球のシャンハイ・レフュージへの旅のお伴をいたします。少人数のため、キャビンクルーは乗務しておりません。飲み物とスナックはドリンクコーナーにご用意しておりますので、ご自由にお取り下さい。お食事はこちらのハバシュ副操縦士がお運びします。その他ご用がありましたら、なんなりとお申し付け下さい】
【よろしくお願いします】とハバシュ。
【どうぞよろしく】とオビンナ。
【それでは予定通り、8時に月を離陸します。予定航宙時間は53時間。シャンハイへは8日火曜日のUTC13時、現地時間21時に到着予定です。離陸後ご案内するまでシートベルトをご着用下さい】
リチャードソンとハバシュはコックピットへ戻って行った。
 ほどなく浮揚エンジンが起動し、機体が浮かび上がった。メインエンジンの音が高鳴り、しばらくすると機体は前方へ動き出し急加速して滑走ののち上昇した。
 5分ほどしてリチャードソンのアナウンス。
【シートベルトを外して結構です。地球大気圏突入まで、寛いでお過ごし下さい】

 UTC11時頃、少し早めの昼食を、ハバシュが運んできたサンドウィッチですますと、前列に座ったマルティネスとシリラックが座席を逆向きにし、5人向き合って1回目の機内ミーティング。
 まずはスケジュールの確認。
  8日火曜 現地時間夜に到着し、上海自経団の創始者周光来宅に宿泊。
  9日水曜 上海街区の視察ののち、上海総書記と会見。
 10日木曜 上海組(オビンナ団長、イー団長補佐、シリラック団員)と
       武漢組(アーウィン副団長、マルティネス団員)に分かれて
       自経団幹部職員との会見・視察。いずれも夜は住民との懇談会あり。
 11日金曜 上海真元銀行総裁との会見、財界人との会食、周光来との会見
 12日土曜 現地時間昼前に出発
 14日月曜 朝 月着
【武漢組は、どうやって移動するのかな?】とオビンナ。
【ハバシュ副操縦士が操縦する、シャンハイの配備のミニプレインで木曜の朝に移動し、金曜朝に戻ってくる予定です】とアーウィン。
【会見相手と視察場所については、すでに手配しているのだね】
【はい、一昨日のうちに上海の周光立に希望を伝えて、アレンジを依頼しました。一部まだ調整中で、明日には確定スケジュールの連絡が来ることになっています】とミシェル・イー。
【11日金曜日午後は、船長とハバシュ副操縦士にも上海を視察してもらって、そのあと夜の予定に加わってもらうことにしています】
【それはいい】とアーウィン。
【では、各自もう一度申入書を熟読して、会見時の質問事項、視察のポイントについて明日午後、話し合うことにしよう】とオビンナ。

 翌7日月曜UTC13時、マルティネスとシリラックがドリンクコーナーから運んできた、5人分のコーヒーを飲みながら、2回目の機内ミーティングを始めた。
【周光立から連絡があって、スケジュール確定、変更無しとのことです】とミシェル・イー。
 シリラックが議論の口火を切る。
【申入書に書かれていることについて改めて聞いても、同じ答えが返ってくるでしょう。幹部職員の本音が聞けるような質問をするのがよいかと思います】
【漠然とした質問をいくつか用意しておくのが、いいかもしれませんね】とマルティネス。
【例えば、「職務にあたって住民に対してどのような姿勢で取り組んでいるか?」といった類でしょうか】とミシェル・イー。
【いいと思う。同様な質問を、あといくつか用意しておくこととしよう】とオビンナ。
【上海真元銀行については、周光立が用意してくれた財務関連書類や定款、約款等について、翻訳機で英文にしたものを、連邦財務局のスタッフに見てもらって質問書をまとめてもらっています。今日の夕方には、私のPITに送られてくるはずなので、確認した後、中文に翻訳しものを周光立に送って、上海真元銀行に渡してもらいます。上手くいけば11日金曜の会見時に回答をもらえると思います】とミシェル・イー。
【視察のポイントはどうだろうか】とアーウィン。
【一番のポイントは、住民との懇談だと思います。自経団に対してどのように感じているのか、幹部職員との間に溝はないか、できる限り本音の話を聞き出したいと思います】
【私は紛争解決の制度運用と、それに住民が満足しているかに興味があります】とマルティネス。彼は天文学の修士だが法学の学士号ももっている。
【それでは、各所の視察ポイント、幹部と住民への質問事項について、ブレストしてからまとめよう】とオビンナ。
 ミーティングはUTC15時頃まで続いた。終わった直後、ミシェル・イーのPITに、連邦財務局からの上海真元銀行に関する質問書が届いた。

 周光立が調査団のスケジュールで最も苦心したのが、上海住民との懇談会をどのようにお膳立てするかであった。懇談する相手の身分と調査の目的を住民たちに明かさないわけにはいかない。最初、第4自経団の班から選ぼうと思ったが、区長以下には連邦との交渉について正式には話をしていない。
 班を束ねる区長助理には、趣旨を十分に理解しておいてもらう必要がある。結局、李勝文と劉俊豪に相談することにした。二人とも第3自経団の班で区長助理を務めている。趣旨を説明して協力を求めると二人とも快諾。その後、第3自経団の書記である蒋霞子(ヂィァン・シアズ)副総書記に経緯を話し、劉俊豪の班が属する129区と李勝文の班が属する143区の区長に根回しを頼んだ。蒋副総書記からのOKの返答を受けて、周光立は李勝文と劉俊豪に正式に懇談会のアレンジを依頼した。

 MP1027号は、ほぼ予定通り8日火曜日のUTC11時頃から大気圏に突入し、東アジアの大陸上空を何度か旋回したのち、UTC13時少し前にシャンハイ・レフュージのエアターミナルに着陸した。
 現地時間21時の上海は、小雨がしとしと降っていた。レインコートを着て少し離れたところに控える周光立、高儷と警務隊の潘雪梅。スペースプレインのエンジン音が低くなり、機体前方の乗降口のドアが下がり、副操縦士に先導された調査団一行5名がステップを降りる。全員降り立ったのを確認すると副操縦士のハバシュは乗降口のステップを再び上り、船長と並んでお見送りの体制に入る。
【お世話になりました。また上海でお会いしましょう】と団長のオビンナ。
【どうぞよいご滞在を】と船長のリチャードソン。
 乗降口が上がり、2人の姿が見えなくなる。
【お待たせしました】とオビンナが出迎えの3人に向いて言う。
[ようこそ上海へ。遠路お疲れ様でした。宿泊先までご案内いたします]と周光立。
 高儷が用意したレインコートを渡そうとすると、オビンナが言う。
【地球の雨を浴びる機会もそうありますまい。私はこのまま行きます】
【私もこのまま行こうと思うが、君たちはどうするかね】と若い3人にアーウィン。
【はい。私もこのまま雨に濡れて歩きます】とミシェル・イー。
 結局5人全員レインコートを受け取らなかった。
 MP1027号のライトの明かりを頼りに、潘雪梅の先導で、長江側の埠頭に停泊しているアルトのところへ向かう。

 第7地区の外れの例の埠頭には、周光立とダイチのエアカー、それに警務隊の車が2台止まっている。警務隊員は潘雪蘭を含めて3名。ダイチとヒカリがエアカーの中で、アルトの到着を待っている。
 黄浦江を上ってくるアルトのヘッドライトが見え始めたところで、ダイチとヒカリは小雨の中、エアカーの外に出て埠頭へ向かう。警務隊員3名も車を降りて二人に従う。警務隊員が両脇を固めるような格好でアルトの到着を待つ。
 22時頃、アルトが接岸する。
「ヒカリさん。ただいま到着しました」
「ご苦労様。アルト」
 キャノピーが上がり、最初に潘雪梅が出てきて警務隊員の列に加わる。
 一呼吸あって、周光立、続いて高儷が出てくる。そのあとオビンナ団長、マルティネス、シリラックの順に出てきて、ミシェル・イー、そして最後に副団長のアーウィンが出てきた。
【ヒカリ君!】とアーウィンが叫ぶ。
【アーウィン部長!】と叫んで、ヒカリがアーウィンのもとに駆け寄る。
 二人はしっかりとハグをする。
【本当に、本当にヒカリ君なんだな?】
【はい、正真正銘のミヤマ・ヒカリです】
 車列は埠頭への接続路から東西一路に入り、街区の西端にある周光来の屋敷へと向かう。先導は警務隊の車で、潘雪梅ともう一人が乗務。次に周光立のエアカー。高儷、オビンナとミシェル・イーが乗っている。その次がダイチのエアカー。ヒカリ、アーウィン、マルティネスとシリラックが乗っている。最後にもう一台の警務隊の車に、潘雪蘭ともう一人が乗務。
 22時半頃、周光来の屋敷に着く。秘書の劉静とアシスタントの呂鈴玉(ルゥー・リンユー)がお出迎え。
[本日はこれにて失礼いたします。明日11時頃に参ります。お疲れでしょうから、どうかゆっくりとお休み下さい]と周光立が一向に向けて言う。劉静と呂鈴玉が、5人を割り当てられた客間へと案内する。

(つづく)


いいなと思ったら応援しよう!