生き残されし彼女たちの顛末 第4部 第64章 ペットと位牌と族譜と
~周光立の業務日誌より~
11月21日(木)
曇り空。今日は「登録ゲート対応」の6人に加えて、アーウィンGM、マルティネス、リチャードソン船長、副操縦士、ハバシュが朝からネオ・シャンハイへ。潘雪梅、潘雪蘭が同行。
午前中はヒカリ、高儷が5人にアテンドして、ネオ・シャンハイ内をご案内。双子が警備で同行。午後はアーウィンGMとマルティネスは、ネオ・トウキョウでの活動のイメージ作りにネオ・シャンハイ内を探索。他の3人はプレインの基地でシャンハイ所属のスペースプレイン、ミニプレインの機体と整備施設の確認。それぞれに双子が一人ずつ同行。
午前中自分は、第18支団の仮オフィスで民生第一部のメンバーと一緒に、ミシェル・イーとシリラックに対して、現時点での移動計画検討状況の説明。2人は今日のところは聞き役に徹している。
食堂で昼食の後、楊大地と李薫と3人で上海真元銀行に向かう。午前中から決済システムの移管についての実務打ち合わせを行っていた、財務部の蔡俊熙副部長と技術第一部の王敏副部長と現地合流し、銀行首脳との会談。先方は唐小芳総裁、蕭凱理事に加えて営業本部長と管理本部長が同席。
最初に、3地域の移動経費の融資の申し入れ。李薫がまとめた積算結果および3地域の内訳を記載した申入書を、楊大地から唐小芳総裁へ手渡す。総裁、蕭理事、営業本部長が目を通し、この積算額での融資を行うことが決定された。申入書データを李薫が営業本部長に送信し、約定書を添付した体裁に銀行側でまとめ、唐総裁、楊大地が電子署名して正式に締約となる。楊大地、李薫の顔にほっとした表情が浮かぶ。
次に窓口サービスについて。ATMを大量に移転するのは非現実的であることから、ネオ・シャンハイの仕組みを活用して大幅な決済電子化を行い、紙幣の使用は最小限にすることを提案。それに対して銀行側は、基本的な方向性は同意するが、移動後も現金決済への需要が個人を中心に当面は続くであろうことから、紙幣を取り扱う窓口サービスは必要との見解。いずれ電子化の方向に進むのであれば、機械ではなく人手によるサービスの提供という方向で引き続き検討することで合意した。
さらに、事業者等への融資について。移動期間も収入が見込める事業者を除き、一定期間一律に返済を猶予するということで意見が一致。特に移動に伴い事業を撤退し、再開のめどが立たない者に対する貸し付けをどのように取り扱うか、公的支援も含めたきめ細かいスキーム作りに取り組むこととなった。
また、職を失い収入を断たれる者に、生活資金を支給する制度を立ち上げるために、資金的支援をお願いした。
以上を踏まえて、真元銀行機能の移動スケジュールについて。移動期間の前期、中期、後期の段階で、上海側の機能とネオ・シャンハイ側の機能をどのように組み合わせるか。特に本部システム機能の移転時期をどうするか。移動計画の具体化に合わせて検討するべく、上海真元銀行内にプロジェクトチームを立ち上げ、対策本部財務部と協力して進めていくことを確認した。
最後に、12月1日付で部長に昇格する蔡俊熙の後任副部長を1人、上海真元銀行幹部メンバーから選任いただくことについて。明日には候補者をお伝えいただけるとのこと。
本日の議題はいったん終了し、しばらく雑談風に話を続ける。銀行の信用裏付けとなる財団資産をどうするかについては、無理に移動せず、移動後も引き続き上海側の安全な場所に保管する方針でいるとのこと。
[重要なのは財宝の価値が存在することを住民に認識してもらうことです。「周光来神話」が通用すればよいのです]と唐小芳総裁。
17時少し前に上海真元銀行を出て仮オフィスへ。ネオ・シャンハイへ行っていたメンバーも戻り、オフィスはいささか手狭に感じる。スタッフも増える。近場でより広いオフィスを12月早々にも使えるよう手配中。
「登録ゲート対応」の6人から報告。本日作業終了時点で残25台のうち15台が稼働するようになり、これで100台のうち90台が正常になった。残り10台のうち5台はメドがついたが、残り5台は相当厳しい状態にあり、これ以上マンパワーを割くよりは、PIT連携登録システムや簡易登録アプリの開発を進めた方が得策との見解。PIT連携登録システムの計画によれば、現在1時間あたりの処理数が1台5~6人のところを、システム稼働により1台7~8人に引き上げることができるとのこと。残り5台分を埋め合わせて余りが出るレベルの効率アップが見込める。その方針で進めるよう指示。
民生第一部と連邦の2人は、午後も移動計画についての議論をしていた。その件に関して張子涵が話に来た。ミシェル・イーと張皓軒がやたらと意見が対立しているとのこと。気にはなるが、自分たちで結論に至るのを、しばらく様子を見ながら待つことにする。
総勢25名で6台のタクシーに分乗し、鶴雲楼に向かう。到着するとしばらくして、本部長たる艾巧玉総書記と監察委員たる蒋霞子副総書記がお越しになった。明日ネオ・トウキョウに向かわれるアーウィンGMはじめ4名の壮行会を兼ねた対策本部懇親会。
アーウィンGMとマルティネスのここまでの調査によれば、上海と3地域を除いた世界全体で最大60万人ほどのAORが居住している可能性があるとのこと。現時点のインパクト予想エリアから見て危険度の高い南北アメリカ大陸、西南アフリカ地域から取り掛かって、5月中には全世界で収容を完了しなければならない。そのため、4000名規模の連邦要員を地球で活動させることで、連邦と調整を始めている、とお話しになられた。
ミシェル・イーと張皓軒。懇親会でもたしかに、互いに敬遠している風だ。
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~陳春鈴の日記より~
今日は上海で懇親会。あの人も疲れているだろうから…やめておこう。
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~カオル(李薫)の独白~
今日の懇親会は、立食形式だったので、何度か彼女にアプローチした。
結局、交せた言葉は「大丈夫?」「ええ。ありがとう」だけ…
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翌11月22日金曜日。きれいに晴れ上がった朝9時の埠頭に、アルトに乗り込もうとするアーウィン、マルティネス、リチャードソン、副操縦士の4人がいた。ネオ・シャンハイのエアーターミナルに駐機しているMP1027号に乗り込み、ネオ・トウキョウのエアーターミナルへと向かおうとしている。見送るのは周光立、ダイチ、ヒカリ、ミシェル・イー、シリラック、ハバシュ。周光来宅で10人揃って朝食をとったあと、連邦からの7人は宿泊していた部屋から荷物を引き上げた。
【いろいろありがとう。これからも連絡を密に取り合おう】とアーウィン。
[そうですね。よろしくお願いします。くれぐれもお気をつけて】と周光立。
【ヒカリ君も元気で】
【アーウィン部長もどうぞお元気で】とヒカリ。
マルティネスとシリラック、リチャードソンとハバシュも言葉を交わしている。
【では、そろそろ行きます。みなさんご健闘を】とアーウィン。
[みなさんもご健闘ください]と周光立。
4人がアルトに乗り込むと、ヒカリがアルトに近付いて言う。
「アルト、よろしくお願いしますね」
「了解です。ヒカリさん」と言うと、アルトはキャノピーを下ろして、埠頭を離岸してネオ・シャンハイに向かった。
残りの連邦メンバー3人も「お引越し」。ミシェル・イーとハバシュは「女子寮」に落ち着き、シリラックは周光立自宅の一室へ。
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~周光立の業務日誌より~
11月22日(金)
12月1日付就任スタッフ候補者が出揃った。
まず財務部は蔡俊熙が部長に昇格するのに合わせて副部長候補が2名。第2自経団第7支団財務局局長で女性の王佩芳(ワン・ベイファン)と上海真元銀行営業本部法人顧客部副部長で回族系の男性の馬良玉(マー・リャンユイ)。
公安部は第7自経団第35支団公安局局長で男性の張双天(チャン・シュアンティエン)が部長昇格予定での副部長候補。彼とは、自分たちが周光武のところへ押しかけたときに短時間会ったことがある。温厚で公安局幹部の間でも人望があるとのこと。公安部では第18支団警務隊と兼務だった潘雪梅と潘雪蘭を専任の警司とする。
商務部は第10自経団第50支団商務局局長でコリアンの女性の李汝貞(リー・ヨジョン)が部長昇格予定での副部長候補。もう一人兼務の副部長候補として持盈商業流通集団管理本部渉外部副部長で男性の黄学平(ファン・シュエピン)。
連邦アドバイザーのシリラックには、技術第一部の副部長を兼務してもらうこととする。
その他、一般スタッフとして民生第二部には医療・介護・福祉系のエキスパートを5名、技術第二部には機械・電気系のエキスパート2名の配属リストが提出されている。先行してネオ・シャンハイの装備の取り扱いに習熟してもらい、それぞれの分野でのリーダーとして戦力化することを予定している。
上海側の本部オフィスが手狭になってきた件、第18支団オフィスから徒歩3分ほどのところに最大100名収容できるオフィスを確保した。12月から正式に移転するよう準備を開始する。
お引越しの終わったミシェル・イー、シリラック、ハバシュが加わって、午後から民生第一部の議論。ミシェル・イーと張皓軒の意見の対立は、いくつかの点で折り合ったようだが、2つの点について一向に対立が収まらない。
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[動植物より人間の命のほうを優先しなければなりません。何度も言っていますように]と冷静な口調でミシェル・イー。
[ペットは家族同然なんです。自分も今は飼っていませんが、両親と暮らしていたときには犬がいて、どれだけ家族関係の円滑化に役立ってくれたことか]と興奮気味に張皓軒。
[ペット帯同を認めて実施するために増加する業務と、その効果を考えた場合に、効果が上回るとはとても思えません]
[いいですか、一般家庭はもとより独居家庭にとって、ペットがいなくなることの影響がどれだけ大きいか考えてください]
[ペットロスですが? 一過性のものでしょう]
[特に独居老人の場合、ペットがいなくなることで、急速に心身とも衰弱してしまうこともあるんです]とさらに興奮した張皓軒。
[それは医療ケアの領域と考えますが]とあくまで冷静にミシェル・イー。
[わかった。ペットの問題はいったん置いておこう]と周光立。
[次は、何の問題だろうか]
[祭礼関連の用具を、一般の携行品に含めるか別枠にするかです。位牌や祖先の族譜はもとより、家庭によっては骨壺を持っているところもあります]と張皓軒。
[位牌や族譜であればさほど重量はありません。一般携行品に含めるべきです]と相変わらず冷静な口調でミシェル・イー。
[第四次大戦の戦火の中で多くの位牌を守って避難した人たちもいます。別枠にすべきです]と相変わらず興奮した張皓軒。
[いま生きている人間のすべての命を、どれだけ円滑に救うかが、議論の中心です]
[ミシェル・イー、命、命とおっしゃるが、貴女には人の心というものが無いのですか?]と攻撃的な口調で張皓軒。
[張皓軒。私は部長級のリエゾン・オフィサー。貴方は副部長です。いまのお言葉は上位者に対するものとして、聞き捨てならないものです]と冷徹な口調でミシェル・イー。
[自分はこれでも10年間、この上海で自経団職員として住民に接してきた。ほんの少し前に月からやってきた貴女よりも、はるかに多くのことを上海について知っている。私の経験に対して、貴女は然るべく敬意を払うべきだ]
[わかった、わかった。この2点については…私が明朝までに結論を出す」と周光立。
「他になければ、今日はここまでにしておこう]
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~周光立の業務日誌より~
ミシェル・イーと張皓軒の議論に関連して、高儷に、ネオ・シャンハイの避難スペースで動植物のペットの飼育が可能かどうかを聞いてみた。答えは「基本的に可能」とのこと。屋外飼育ペットについては、飼育スペース付の仮住居があるらしい。
17時にくだんの二人を呼び、同行するように指示。自分のエアカーの後部座席に二人を並ばせ、第5区のカフェへと連れて行く。
4人掛けの席に二人を対面で座らせ、自分はミシェル・イーから見て右横に座る。ドリンクを注文し、黙って待つ。ミシェル・イーは相変わらずの冷静な表情で、張皓軒は憮然とした表情。お互いに視線を合わせようとしない。
注文の品がきて一口つけたところで、自分が話す。
「二人それぞれ真摯に考えて議論をしているのはわかる。ただ、どうも感情的になっているのがよろしくない。別に仲良くなれとは言わない。冷静な議論ができるような人間関係を作って欲しい」
残りのドリンクを片付けて続ける。
「自分はこれで失礼する。業務命令として、今日は少なくとも21時までは一緒に過ごすこと。どのように過ごすかは任せる」
自分は3人分のドリンクの会計を済ませ、席を立った。
吉と出るか凶と出るか。まあ二人とも、いい大人だから大丈夫だろう。
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~周光武の独白~
高中を出るとおれは自経団のスタッフになり、第6支団の公安局に配属された。1年遅れで光立が同じく第6支団に入り、民政局に配属された。正義感が災いして喧嘩っ早いところのあるおれと、あくまでも温厚な光立。それぞれお似合いといえばお似合いの配属先。デスクは離れていたが、同じオフィスで昼食を一緒にするなど、仲の良さは続いた。
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(つづく)