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星座の先のエピローグ ~生き残されし彼女たちの顛末 第6部~ 第99章 恋愛カウンセラー

 ホシノ・ミユキは、ピアノひとすじのストイックな少女だった。小柄で、学校のクラスでも特に目立たず、注目の的になることはなかった。コンクールで1位になるまでは…
 学校生活もがらりと変わり、デートの申し込みが殺到した。自分のクラスは言うまでもなく、同年次の違うクラス、別年次の生徒からもあった。
「とりあえず申し込みの順番で、ランチを一緒にして話をしたの。そうするとほとんどは『有名人と話してみたい』っていう動機だけ、ということがわかる」とミユキ。
「ふうん。それで」
「興味だけの人はお断りして、結局1年次上の人と付き合うことにした」
「どんな人?」
「スポーツマンで、優しい感じの人」

 3週間ほどした夜、ミユキがボクの部屋にやって来た。
「別れちゃった」
「どうして?」
「一緒にいても全然話が合わないんだもの」
 そして2日後。
「同年次の人と付き合い始めた」
「今度はどんな人?」
「音楽が好きな人」
「そう。話が合うといいね」

 ミユキはアーティストである。豊かな情熱を胸に秘めてピアノに励んできた。それがコンクールをきっかけに恋愛の方面にも開花した、ということかもしれない。もっとも15歳といえば、お年頃ではあるのだが。
 ただ、彼女の「お付き合い」が長く続くケースはなかった。最長で2ヶ月、最短は1週間だったろうか。
 恋の始まりと終わりのとき、そして悩んだとき、ミユキは必ずボクのところに報告に来た。さめざめと泣くこともあった。ボクはとにかく話を聞いてあげた。
「カウンセラーの基本は傾聴」という。ボクは彼女の「コイバナ」を聞いてあげるだけだった。アドバイスをするだけの恋愛経験がなかったから。思いの丈を語り、涙を流し、自分なりに結論を出す。そのことがカウンセリング効果なのだとしたら、ボクは彼女の役に立ったのかもしれない。
 ボクもミユキも異性愛者だった。だからお互いが恋愛対象になっても別に不思議なことではなかった。恋愛の醍醐味の一つは、最初は浅かった関係が、徐々に深まっていくプロセスにあると思う。ボクとミユキの間には、恋愛というプロセスが関与しない形で、すでに特別な深い関係ができていた。それをどう表現するか。単なる「幼馴染」というのとも違う。「親友」「同志」「相棒」、どれも違う。リチャードソン船長ではないけれど、やはり「兄と妹」という言葉でしか表せないのだろうか。
 ボクたちは、それぞれ別の相手と通過儀礼を済ませた。

 時は過ぎ、年が変わって2996年7月となった。ボクはアカデミー前期課程の2年次に進級した。「学士号2つ取得」のための大詰め。C級航宙士資格のための科目も引き続き履修した。ミユキはハイスクールの3年次。ピアノの練習と演奏活動、勉強、そして恋愛にと多忙な日々を過ごしていた。
 コンクールから1年たった頃、彼女がボクの部屋にやって来て、突然宣言した。
「恋愛活動は無期限停止とします」
「どうしたの?」
「音楽表現の肥やしとしては十分に活動をしたと思うから、いったん卒業することにしたの。時間がもったいないし。アカデミーに入ると、ますます勉強が大変になるから」
「賢明な選択かもしれない」
 ミユキ専属の「恋愛カウンセラー」としてのボクの役割も、終了することとなった。

「走り回る」という言葉がピッタリするくらいの忙しい1年が過ぎて、2997年の6月。学位取得に必要な単位をどうにか揃えて、地質学と気象学の学士号を取得した。7月からC級航宙士の養成校に入学。実技科目を中心に、半年で資格を取得するべく取り組んだ。
 ハイスクールと恋愛から卒業したミユキは、アカデミー前期課程に入学した。学位は、音楽とリベラルアーツ。演奏家としての活動が認められて、特待生待遇。音楽については半数以上の単位が免除。もう一つをリベラルアーツにしたのは、専攻分野を迷っているから。リベラルアーツで学士号をとっておけば、中期課程で改めて専攻分野を選択できる。
「中期課程に進学するんだ」とボク。
「わたしも、わたしなりに計画があって…」
そう言うとミユキは、唇の端に笑みを浮かべた。

 航宙士養成課程のカリキュラムはスリリングだった。航宙技法、重力、推進機関…すべて座学で学んだ分野だけれど、頭で理解しているのと実技として経験するのとでは、やはり全然違う。ボクはシミュレータで何度も事故死を疑似体験した。無重力から過剰重力までをブースで体験し、姿勢保持、移動、作業、摂食…などいろいろな活動を行いながら、心拍やら血圧やらを適応させる訓練を行った。トラブルが発生した推進機関を所定の時間内に復旧させる訓練では、何度もタイムオーバーの強烈なブザー音に悩まされた。
 カリキュラムの最終段階に入ると、火星=月間の航路をダイジェストにしたシミュレータで、パートナーと航宙訓練を行った。様々なトラブルが用意されていて、それらをクリアしながら月と往復して火星にゴールインすればOK。ボクたちは、1回目は途中でリタイアしたけれど、2回目にクリア。どうにか合格した。
 最後の口頭試問を経て、ボクは入学からちょうど半年後の12月31日に、養成課程の修了を認定され、C級航宙士資格を取得した。

 その日の夕食を、久しぶりにミユキと二人で食べた。C級航宙士認定証とバッジを彼女に見せた。
「トロフィーは貰えなかった」とボク。
「その代わり、地球に行くためのパスポートを手に入れたんだよね」とミユキ。
「年明け早々、調査ミッションにアプライしようと思う」
「いよいよだね」
「うん」
 食事が終わると二人でラウンジに行った。
 彼女は、ドビュッシーのベルガマスク組曲から「月の光」を弾いてくれた。

(つづく)


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