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星座の先のエピローグ ~生き残されし彼女たちの顛末 第6部~ 第104章 ネオ・シャンハイにて

 年が明けて2300年6月。14日のママの誕生日に「おめでとう」のMATESを送ったら、「入院しました」という返信がきた。第四次大戦時に使用された生物兵器由来で、突然変異で病原性が高くなった病原体に感染したとのこと。サユリさんが命を落としたのと同じ病原体。早期に治療を開始したため、二週間程度で完治、退院可能との診断だった。
 本来ならMPワクチンの効果で、発症することはないはずだった。実は39歳になったママは、最後にMPワクチンを接種したのがネオ・トウキョウで25歳のとき。ワクチンの効果は10年なので、ネオ・シャンハイに避難したときに「次回35歳で接種」として登録されるべきだった。ところが当時29歳だったことから「10年後の39歳で接種」と誤って登録されてしまった。接種の通知が来ないのを気づかなかったママは、そのまま4年を過ごしたことになる。
「お見舞いに行こうか」と言ったボクに対して「元気なときに会いたい。治ったら」とのママの返信。

 当初の診断通りなら退院できると言われていた6月28日、ママの容体は急変した。最初の病原体の治療のために投与された薬物が、同じく生物兵器由来の病原体で、滅多に発症することのないものを活性化してしまった。ママは28日のうちに危篤状態に。集中治療室に入り、口もきけない。頭につけた電極を通じて検出した脳波を元に、声帯の形から作り出した合成音声に乗せて発話させる、という形でコミュニケーションをとることになった。
 ボクは隊長にお願いして、休暇とミニプレイン1機の使用許可をもらい、ネオ・シャンハイに向かった。
「何かあったときの連絡先」として張子涵(チャン・ズーハン)さんと高儷(ガオ・リー)さんの連絡先を聞いていた。夕方に到着したネオ・シャンハイのターミナルには、高儷さんが迎えに来てくれた。
「ママは…いまどんな具合ですか?」
【お昼過ぎまでは、電極を介して発話する彼女とモニターを通じて会話できたけれど、さっき見たときは昏睡状態でした。お話ができるようになるといいのですけれど】

 ホスピタルには張子涵さん、ジョン・スミスさん、二人の3歳になるお嬢さん、妊娠してお腹の大きな陳春鈴(チェン・チュンリン)さん、そして亡きダイチさんの伯父さん、伯母さんにあたる楊清立(ヤン・チンリー)さんと徐冬香(シュ・ドンシアン)さんが集まっていた。
 ママの昏睡状態は続き、みんなはホスピタルの面会者控室で一夜を過ごした。
 翌朝、周光立(チョウ・グゥアンリー)さんがやって来た。大きな袋に入れた差し入れのサンドイッチを持ってきたのを見て、高儷さんと陳春鈴さんが人数分のコーヒーを買いに行った。みんな言葉少なく、サンドイッチとコーヒーで朝食をとる。
 9時頃に、かつてママの上司だったという、ベトナム人のグエンさんとインド人のアドラ・カプールさんがやって来た。暗い顔で入ってきた二人は、他の人からママの容体を聞いて、さらに暗い表情になった。
 カオルさんがやって来たのは10時頃だった。できるだけみんなと目を合わせないように、隅っこに腰を下ろす。

 11時過ぎ、看護師がやってきた。微かに意識が戻ったとのこと。
[最後の面会と思ってください]という彼に連れられて、ボクたちは、集中治療室のリモート面会ルームに入った。
 奥のモニターに、集中治療室のベッドに横たわったママが見える。ママもモニターを通じてボクたちの姿が見えるようだ。集まった一人一人、名前を名乗ってママに声をかける。ママを姉と慕う陳春鈴さんの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっている。最後に高儷さん。「カオルも来ているよ」と言う。カオルさんは黙ってモニターを見つめている。
 ママの合成音声が聞こえ始めた。
「みんな…ありがとう…会えて…嬉しい」
 合成音声のせいか、一語一語はっきりと聞こえる。
[逝っちゃいやだよぅ、シカリ姉さん]と陳春鈴さんが叫ぶ。
「ごめんね…ほんとに、私が…ワクチンのことを…」
「お前さんの名前を貰った娘の顔を見てやってくれ」とジョン・スミスさんが、お嬢さんを抱き上げてモニターに近づける。
「光(グゥアン)ちゃん…張子涵に似て、ますます…美人」
[もっともっと美人になるのを、見届けて欲しい]と張子涵さん。
「あなたには…お願いしたいことが..」
[なんだい?]
「…ダイチのことで…私を、許してほしい」
[わかった]
「高儷。カオルのことを…よろしく」
[わかりました]と高儷さん
「それから…カオル」
 カオルさんは俯き加減で黙っている。
「やはり、私を…許してください。私が…ちゃんと…言うべきことを言っていれば…」
 ママの顔に苦痛が走る。医師が鎮痛剤らしきものを投与する。

 しばらくしてママの表情が落ち着いた。
 合成音声で、集まっている人ひとりひとりに呼びかける。3歳の光ちゃんにも。陳春鈴さんのお腹の子供にも。
「…素敵な人たちに囲まれた…楽しい人生でした…私のことを…忘れないでいて…そして、時々でいいから…思い出して」
[忘れられるわけ、ねぇだろう]と張子涵さん。
[かわいい部下のことを忘れませんよ]とグエンさん。
[私も」とアドラ・カプールさん。
[最高に優秀で、最高にチャーミングな部下だよ]と周光立さん。
[ダイチもサユリもあなたも 順番が逆よ」と徐冬香さん。
[私たちを見送って欲しかった]楊清立さん。
「伯父さん、伯母さん…本当に…申し訳ありません」
 苦痛の表情はないが、疲れたのだろう。ママは目を閉じた。
 みんなが心配そうに見つめる。
 10分くらいして、ママがまた目を開いた。口元に微かに笑みが広がっているようにも見える。
「私は…どんな宗教も、信じていません…死後の世界とか…そういうことも…考えません」
 みんな、一言半句も聞き逃すまいと聞き入っている。
「ただ…私の死んだ後、忘れないでいてくれる…人たちが…」
 しばらく言葉が途切れる。脳の活動レベルも相当低下しているのだろう。
「…人たちがいれば…私は、その人たちの中で…生き続けるのだ…という…」
 またしばらく途切れる。
「…だから…お願い」
「ママ。ボクは絶対忘れないよ!」
「マモル……わかってますよ」
 言いたいことは山ほどあるのに、ボクは言葉にできなかった。
「ああ…ミユキちゃんに……会いたかったな」
 相変わらずボクは何も話せない。
「…ミユキちゃんの、ことを……大事にしてね」
「うん、わかった」
 やっと口にできた。

「みんな、ありがとう……マモル。ママはもう寝ますね…おやすみなさい」

 これがママの、本当の最後の言葉となった。

 その後ママは再び昏睡状態になった。そして翌6月30日の朝8時54分、波乱の生涯を送ったボクのママ、ミヤマ・ヒカリは息を引き取った。享年39。ネオ・トウキョウでケアされるはずだった日から、ちょうど11年が経っていた。

 ママが亡くなったことを火星のミユキにMATESで報告した。入院したこと、容体が急変したことはすでに伝えていた。
「わたしも悲しい。どうか、気持ちをしっかり持ってね。つらいだろうけど」という返信を貰った。
 リチャードソン船長とアーウィンのおじさんにも連絡した。「残念だ」という返信が相次いで入った。

 ママの遺志で、遺骨は、セメタリ―に収める分を除いて長江へ散布することになった。
 7月1日の午後、張子涵さんの会社の操縦士である、カリーマ・ハバシュさんが操縦するミニプレインを長江の上に飛ばして、楊清立さん、ジョン・スミスさん、ボクの3人で、遺骨の大半を散布した。
 翌7月2日の午後、セメタリ―で行われた葬儀には100人以上の人が集まった。バンド「北斗七星」の人たちが、ママが大好きだったOという女性アーティストの曲を演奏した。それから、かつてミユキが弾き語りをした「星座の先のエピローグ」の演奏に合わせて、ママの遺骨はセメタリーのダイチおじさんの隣に収められた。

(つづく)


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