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生き残されし彼女たちの顛末 第4部 第73章 周副総書記の命令

 12月22日の日曜日。昨日までの晴天からうって変わって、空一面黒い雲が覆っている。風が強くて冬の嵐の様相。
 今日は連邦メンバーがスペースプレインでネオ・ムンバイへ向かう日。6時間弱のフライトの予定で、MP1027号はネオ・シャンハイのプレイン基地を11時に発つこととなっている。
 朝9時、周光来宅の食堂でアーウィン以下連邦メンバーの12人に、周光立、ミシェル・イー、シリラック、ハバシュ、ヒカリの上海メンバー5人が加わって朝食をとっていた。
 エントランス側のドアが開き、背筋がしゃんとした年配の女性の介添えで、杖をついた老人が入ってきた。周光来と、長年彼に従ってきた秘書の劉静だ。全員が食べるのを止め、老人のほうを向く。
[いや、どうぞ、食事を続けてくだされ]と言いながら、周光来は空いていた席の一つに腰かける。横に劉静が背筋を伸ばした状態で立つ。
 アーウィンが代表して、立ち上がって挨拶をする。
【周名誉総裁閣下。再びお会いできて光栄です】
[アーウィン部長、いや、今はGMでしたかな。大役を務められると伺っております]
【自分で進言したプロジェクトですが、いざ責任者になるといささか荷が重いです】
[大変でしょうが、引き続き、孫とその仲間たちを助けてくだされ]
【はい。連絡を密にして、できる限りのサポートをしたいと考えております】
[頼みましたぞ]と周光来は言うと、上海メンバーのうちの連邦派遣組3人のほうを向いた。アーウィンは着席した。
[あなた方はミシェル・イーとトンチャン・シリラック、カリーマ・ハバシュでおられましたな]
 3人が立ち上がる。
[はい。さようでございます]とミシェル・イー。
[お三方がこちらに赴任されたときは、助理会のあとで臥せっておりました。ご挨拶できずに失礼しました]
【とんでもございません】とシリラック。
[あと半年ほど、よろしく頼みましたぞ]
 そう言うと、周光来は席を立ち、劉静の介添えで元来たドアのほうへ向かい、退出する前に振り返った。
[みなさんのご無事と任務の成功を祈っております]
 一同立ち上がり、ドアの外へ向かう二人を見送った。
 10時半少し前、ハバシュが操縦するミニプレインに16人が乗ると離陸。周光来のアシスタント呂鈴玉(ルゥー・リンユー)と料理人、運転手の3人が見送る。
 ほどなくネオ・シャンハイのプレイン基地に到着。先にリチャードソン船長と副操縦士が降りて、MP1027号の起動を行う。外は風が強いので、残りのメンバーはミニプレインの機内で待機する。
 15分ほどして副操縦士がスタンバイOKを告げに来た。アーウィン以外の連邦メンバーが先に降り、ハバシュ、シリラック、ミシェル・イーが続き、最後にアーウィンと周光立、ヒカリが連れ立ってミニプレインを後にする。
 スペースプレインの前で、そこここで別れのハグと握手。
【周光立、いつになるか、どこになるかわからないが、必ずまた会いましょう】とアーウィン。
[お会いできる日を楽しみにしています]
【ヒカリ君、元気で】
【アーウィンGMも】
 旅立つ12人が乗り込むと、乗降口が上がり、エンジン音が高鳴り始めた。
 ほどなくネオ・ムンバイへ向けて離陸。ムンバイ、シドニーと回って、アーウィンとマルティネスがネオ・トウキョウに戻るのは1週間後とのこと。
 見送った5人。ミニプレインの整備をするというハバシュを残して、4人はマリンビークル基地へと向かった。

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 翌12月23日月曜日から一週間、業務は着実に、そして淡々と進んだ。
 23日午後に定例の総書記会。ここまでの進捗およびこれから1月にかけての予定について周光立から説明された。メンバー全員がネオ・シャンハイを視察したおかげもあってか、特に質問、異論は出なかった。最後に1月1日付の人事について。幹部人事はなく、一般スタッフを新たに195人任命することが了承された。そのうち警務隊員20人には3地域からの派遣メンバーが含まれる。総書記会終了後には定例のプレスリリース。

 24日火曜日は、上海対策本部本部長たる艾総書記の、3地区の区長クラス以上幹部との会見の第1回目が行われた。7時上海発。午前中に成都、午後に重慶というスケジュールで、それぞれ会見終了後に昼食会、夕食会も行われた。周光立とミシェル・イーがアテンドした他、往路に武昌でダイチとカオルが乗り込み、アテンドに加わった。2人は武昌には戻らずそのまま上海へ向かった。23時上海帰着。

 25日水曜日は、夕刻から3つのVRミーティング。支部立上げ途上のアーウィンとマルティネスは、ネオ・シドニーのVRシステムで参加した。これらも進捗と予定の確認で、特に問題なく終了した。

 26日木曜日は、上海対策本部幹部の3地域訪問の第4陣で、財務部、商務部の幹部に技術第一部で財務系システムを担当する王敏副部長がメンバー。周光立とダイチ、カオルが同行し、上海を8時に発ち、成都、重慶、武漢の順に回り、22時に上海帰着。

 27日金曜日。特段大きな予定はなく、各自それぞれの持ち場で1月以降の本格的な対応開始に向けての準備を行っていた。民生第一部は船舶搭載の用度品の製造計画をもとに、船舶への用度品積み込み、据え付けのスケジュール作成とともに、移動関係の申請受付について、窓口リーダー候補と各支団との間ですり合わせを行った。1月から募集を開始するボランティアについても支団窓口が担当する。民生第二部は、医療・介護・福祉系リーダー候補の育成にメドがつき、1月から受け入れる教育コーディネーター育成の準備を進めている。技術第一部はシスターAI関連の業務をヒカリが引き続き進め、自経団サーバーのレプリカ搭載準備、その他のアプリの開発もスケジュール通り進んでいる。1月以降財務・上海真元銀行系のシステムの本格的開発に入る予定。技術第二部はインフラ系の体制が整った他、用度品製造も試運転が始まり、いずれも1月から増員されるメンバーにより予定通り進行できる見通しとなっていた。公安部は、1月以降の増員で警務隊としての体裁ができることを前提に、ネオ・シャンハイの公安系システムについての習得を既存メンバーが進めている。財務部、商務部は、1月早々の事業者支援スキームの告知と準備本格化に向け、ネオ・シャンハイ移動後の業務、体制、システムについて関係先と調整中。おそらく年内最後となるプレスリリースを周光立が行った。

 28日土曜日は、朝から総書記報告会。周光立、ダイチ、カオル、ミシェル・イーが艾総書記と蒋副総書記に対して報告、という名目だが、進捗状況の確認の他はとりたてて報告することはなく、火曜日に行われた成都、重慶幹部との会見についての話題がメインとなった。3地域の区長クラスが抱いている期待と不安について、直接感じ取ることができたのが最大の成果だったと、艾総書記が発言した。それに対して、ダイチが「地理的に離れていることからコミュニケーションを一層重視しなければならない。確実な情報を適切なタイミングで情報共有できる仕組みを作り運用することに、チーフ・リエゾンオフィサーとして取り組んでいきたい」と申し上げた…

 翌29日の日曜日。朝からよく晴れた上海の第4区にある通称「女子寮」。現在、高儷、ミシェル・イー、張子涵、ヒカリ、カリーマ・ハバシュの5人が住んでいる。
 この日の朝食調理当番は高儷とミシェル・イー。連邦から派遣の2人は、高儷の助手をしながら調理を習っているところ。
 ヒカリは、他の4人より少し遅れてダイニングに現れた。手には小ぶりのカバンを持っている。
[今日も出勤するのかい?]と張子涵。
「ええ。あともう一息なので」とヒカリ。
[そのカバン。今夜泊まり込んで、明日は武漢に行くの?]】と高儷。
 明30日は、総書記会見のためのミニプレイン便が、武漢3支団を巡る予定。
「今日は泊まり込みになると思って。明日は…そうね、仕事が片付いたら武漢、というのもありだけれど、ちょっと無理だと思う」
【大丈夫ですか? 年末年始ずっとネオ・シャンハイなんてことはないですよね?】とハバシュ。
「大丈夫。そんなに長いお泊りにはならないですから」
【決して無理しないでくださいね、ヒカリ】とミシェル・イー。
「ありがとう。本当にあと少しですので、年が明けたらしばらくゆっくりさせていただきます」とヒカリ。
 埠頭からアルトに乗って、一人ネオ・シャンハイに向かったヒカリ。10時少し過ぎにオフィスに着いて、カバンを置くとメインオペレーションルームへ向かう。
 非常食で昼食と夕食をとり、時々パントリーのマシンでコーヒーを淹れにオフィスに戻る。さすがに今日はだれもいない。上海本部のほうはどうだろう、と思いながら、ヒカリはオペレーションルームに戻り、シスターAIのモニターと格闘する。このまま徹夜で取り組めば明朝までには完了すると見積もっていたが、いくつかトラブルが発生し、明日一杯かかりそう。日付が変わって1時となったところで、簡易宿泊スペースへ向かった。

 翌朝、日の出前の6時頃ヒカリは目覚めて、着替え、歯磨きをすませてさっと顔のスキンケアをすると、非常食で朝食。コーヒーをゆっくりと飲んで7時半頃に再びメインオペレーションルームに行き、作業の続きにとりかかる。
 今日の総書記会見は武漢3支団。艾総書記に周光立、ダイチ、ミシェル・イー、カオルがアテンドして、ハバシュの操縦するミニプレインで漢陽、漢口、武昌の順に回る予定。ダイチとカオルはそのまま武昌に戻ることになる。ヒカリの脳裏に武漢の懐かしい顔が浮かぶ。もう間もなく、彼らと一緒にここネオ・シャンハイでの暮らしがスタートする。
 10時頃、ネオ・シャンハイ勤務のメンバーがやってきた。高儷、ジョン、シリラック、潘雪梅、潘雪蘭を含めて50人ほど。一気にオフィスが賑やかになる。張皓軒、張子涵、アドラ・カブールは上海本部に出勤しているらしい。
 メインオペレーションルームも、劉俊豪率いるシステム部隊がやってきた。
[昨日は泊りですか?]と劉俊豪。
「はい」とヒカリ。
[大丈夫ですか?]
「ええ、なんとか。睡眠もとってますし」
 高儷、ジョン、シリラックと一緒に非常食の昼食をとり、午後も最後の調整に取り組むヒカリ。
 いつの間にか17時を過ぎ、そろそろ年内最後の業務を終えたメンバーが、上海に戻り始めた。ヒカリは予定していた作業の最終段階に入っていた。劉俊豪のシステム部隊も、18時頃にヒカリに声をかけてから、メインオペレーションルームを後にした。
 19時少し前、高儷、ジョン、とシリラックがやってきた。
【どうだい。まだ終わらないかい?】とジョン。
【もうあとほんの少しです】
【残務があったら、年明けに私も手伝いますから】とシリラック。
【ありがとう。なんか不測の事態が起こったら、頼みますね】
【いずれにしても、今日はちゃんと戻ってね。夕飯こさえて待ってるから】と高儷。
【楽しみにして帰りますね】
 3人はその他のメンバーと連れ立って、19時過ぎにネオ・シャンハイを後にした。残っているのはヒカリと潘雪梅、潘雪蘭だった。

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 シスターAIのモニターの前で動かしていたヒカリの手が止まったのは、22時少し前。
「ふう」とヒカリの口からため息が漏れた。
 予定していた作業が完了し、全体チェックも終わった。これで年内のヒカリのタスクは終わった。
 オフィスに戻り、コーヒーを淹れ、テーブルの一つに行くと席に座って一息つく。
 コーヒーを半分くらい飲んだ頃、潘雪梅と潘雪蘭がやってきて、ヒカリの前に座った。
[お仕事は済んだのですか]といつものニコニコとした顔で潘雪梅。
 ヒカリはいまだに双子の見分けがつかない。左胸の警務隊員の名札で確認している。
「はい。おかげさまで、年内の課題は片付きました」
[じゃあ。予定通り進んでいるのですね]と潘雪蘭。彼女もニコニコした顔。
「ひとつ肩の荷が下りました」
[では、これからご同行願います]と潘雪梅。
「そうですね。一緒に戻りましょう」
[いえ、そうではありません。これから貴女を、ある場所にご案内しなければならないのです]と潘雪蘭。
「あの…どういうことでしょうか?」と怪訝な顔でヒカリ。

 二人はレーザー銃を腰のホルダから取り出すと、ヒカリに向けた。
[こういうことです]と潘雪梅。
「…モード、でしたっけ。どうなってますか?」とヒカリ。
[殺害モードです]と潘雪蘭。
[それって…たしか、命令がいるんですよね。誰の命令?]
 終始ニコニコした顔の二人が、ユニゾンで言った。
[周副総書記の命令です]

(つづく)


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