生き残されし彼女たちの顛末 第3部 第46章 アーウィン部長、問答する
次にアーウィンが質問する。
【支団副書記以上の方々。班の決議に基づく幹部の解任請求の制度があるとのことですが、自分に対する解任請求が法院に対してなされたら、どうしますか】
漢陽書記の孫強が即座に答える。
[特別な事情がない限り、請求がされた時点で辞任します]
彼以外の支団副書記以上の者も、口々に「辞任する」と言った。
【では、私たちからは最後の質問です】とアーウィン。
【自経団をひとことで表して下さい】
[自経団という名前は「経世済民」から来ていると聞いています]と、武漢書記になった漢口書記の王義衛。
[けれども、自経団の住民自治の根本原理となると「互相幇助」でしょうね]
[「為人民服務」ということも言われますが、これは幹部向けの戒めで、自経団全体となるとやはり「互相幇助」でしょう]と重慶副書記の韓一諾。
[「互相幇助」は自経団の生みの親、楊守もよく言っていた言葉です]と楊清立。
【わかりました。昨日、上海の艾総書記も同じ言葉を強調されていました】とアーウィン。
【私から質問をしてもよろしいですか】
【もちろん。あなたはひょっとして…】とアーウィン。
【そう、ヒカリの雇い主にして、自経団では同僚のジョン・スミスです】
【お話は伺っています。さて、どういったご質問でしょうか】
【連邦が私たちの交渉相手ですが、人間とAI、どちらが手ごわいとお考えでしょうか】
【そうですね】とアーウィン。
【まず人間について。少なくとも一人、立ちはだかりそうなキーパーソンがいます。連邦総務局が対処することになっています。そしてAI。おそらくこちらのほうがより手ごわいと思いますが、情報通信局の一員として、私が責任をもって対処したいと考えています】
【なるほど。ヒカリもよく言っていますが、やはりAIが難敵なのですね】
【それはAIの問題であるとともに、人間側の問題でもあるのです。なにかあるとすぐにAIの意思決定に頼ろうとする。連邦でのポジションが上がるにつれてそれが顕著になります。私のようにエンジニア系でしかも現場に近い立場の人間は、多くがこういう状況を快く思っていないのですが、上層部がそんな状態なので、なかなか思うようにいかないのです】とここまで言ったアーウィンの声のトーンが変わる。
【だからこそみなさん。今回の件では私がそのような状況に風穴を開けて、必ずみなさんが安全なところに移っていただけるようにします】
[じゃあ、私も]と張子涵。アーウィンに釘付けになっていた陳春鈴の目が、一瞬彼女のほうに向く。
[連邦のほうで今月中に結論出してくれるって楊大地やシカリから聞いてるんですけど、本当に大丈夫なんですか?]
【なかなかきびしい質問です】とアーウィン。
【本件には委員会決議のあと評議会での採決が必要になります。同様の案件ですと通常の場合で2~3ヶ月かかるのですが、今回は委員にも根回しして、大至急の案件として対応させています。今月中に評議会で採決して、協定の発効まで持って行きたいと考えています】
[私どもからもお願いします]と総区長の何志玲。
[一刻も早く、対策の全貌を住民に明らかにしたいと考えています]と副総区長の郭偉。
[李薫、MATESの声のほうはどうなっているかな]と孫強がカオルに聞く。
[「星」に関連して自経団を批判する書き込みが、引き続き増加しています。「バズってる」のも、ここ1週間で10件ほど確認されて、あわせてシェアが1万件を超えています]
[人口50万に満たないコミュニティーでの、1万件は相当なものですね]とヒカリ。
【住民のみなさんをこれ以上不安にさせないためにも、最短で結論を出せるように努めます】とアーウィン。
その後しばらく、雑談風に意見交換が続き、時計の針は16時に差し掛かろうとしていた。ダイチが張子涵に聞く。
[懇談会は17時からだったよね]
[ああ、その予定だ]
会場に向けてダイチが言う。
[そろそろ終わりということにしたいと思いますが、みなさんよろしいでしょうか]
[それでは、最後に私からひとこと、よいかな]と顧問の楊清立。
[楊顧問、お願いします]とダイチ。
[アーウィン副団長。かつての部下であったシカリが、ここ武昌に辿り着いてそろそろ3ヶ月になります。シカリはご存じの通り、武昌で自経団を誕生させた立役者であった楊守の孫です。あなたが今、シカリの手引きでここ武昌にいて、我々を救うべく手を尽くして下さると仰っている。私には楊守からつながる縁を感じ、この件は首尾良くいくと信じています。ここにいる一同、ビデオの向こうの漢陽、漢口、重慶、成都の者も、みなそのように信じているでしょう。お三方のご尽力に感謝します。今後ともどうかお願いしたいと思います]
会場およびエア・ディスプレイの参加者から拍手が起こる。アーウィン、マルティネス、ハバシュが立ち上がって拍手に応える。
エア・ディスプレイの画像が落とされ、会場の面々は三々五々と退場していく。
求められるままに握手に応じていたアーウィンのところに、ダイチが近づき小声で言う。
「よろしいですか?」
二人は、会場の隅へと向かう。
「先日ご相談したものを作成しました」
ダイチがPITを取り出し、なにやら書面のようなものをMATESで送信する。
アーウィンもPITを出して、着信したものを確認する。
【万事、承知した】
会場に残ったのは連邦側の3人とダイチ、ヒカリ、懇談会の進行役の張子涵、15区区長の郭偉、そして孫強。
[このあと住民との懇談会が行われる、第15区の会議室へご案内します]と郭偉。
[武昌第296班の44人の班員のうち、25、6人が出席してくれそうです]と張子涵。
一同駐車場に上がり、孫強のエアカーにアーウィン、マルティネス、ハバシュとヒカリ、郭偉の車にダイチと張子涵が乗り込んだ。少し前から待機していた漢陽警務隊員の車を先頭に、第15区のオフィスに向かう。
16時半頃到着。張子涵は会場の会議室に直接向かう。調査団の3人はオフィスの応接スペースに通され、ソファーに腰かける。ダイチと孫強が向かいのソファーに着座。郭偉は自席に着く。ヒカリは、人数分の茶を用意して運び終わると、空いている椅子を応接スペースに持ってきて腰かける。
[ヒカリと私も班員ですが、立場上、私は失礼させていただきます。進行役は区長助理の張子涵が、ご案内役はヒカリが務めます]とダイチ。
【ビデオは収録してもよろしいか】とマルティネス。
[構いません。もっとも私たちは、収録したものを一切見ないことになっています]
17時少し過ぎ、張子涵がオフィスにやってきた。
[準備できました。どうぞお越し下さい]
アーウィン、マルティネス、ハバシュに続いてヒカリが立ち上がり、張子涵の案内で会議室へ向かう。
3人掛けの長机が3×3列並び、最後列は中央に3人、両脇に2人ずつ掛けているので、班員の参加者は進行役の張子涵と案内役のヒカリを除いて25人。前部には同じ長机が2つ。入り口側から張子涵、マルティネス、アーウィン、ヒカリ、そしてハバシュの順に並ぶ。張子涵がアーウィン、マルティネス、ハバシュの紹介をし、5人は着座する。
[えー、お伝えした通り、今日話す内容は、この場限りで一切口外無用で願います。それではさっそく、アーウィン副団長からお話ししていただきましょう]と張子涵が切り出す。
【その前に】とマルティネスが遮る。
彼は、2つの机の間に置いたスタンドに自分のPITをセットして録画を始めた。
【今日の模様は、調査資料として録画させていただきます。よろしいでしょうか】
会場から異議は無い。
[支団本部の人間や区長が見ることはないから、安心して下さい]と張子涵。
【それでは】と言うと、軽く咳払いしてアーウィンが話し始める。
【本日は急なお願いにもかかわらず、これだけの方々にお集まりいただいたことに、感謝したいと思います。私たちは、国際連邦からの派遣で調査団として来ました。ですから私たちの目的は、みなさんのお話しをお聞かせいただくことです。とはいうものの、みなさんも今回の件ではご不安なこと、疑問に思っておられることがあるかと思います。最初にみなさんからのご質問をいただき、可能な限りお答えすることから始めたいと思います】
[ふだん通り、とはいかないでしょうが、なるたけざっくばらんにいきましょう]と張子涵。
[それでは私から]と60代の男性。
[そもそもどういうことが起こっているのか、順序立ててご説明いただけんだろうか]
【これは観測予報部員であるマルティネスから説明してもらおうか】とアーウィン。
マルティネスは、PITからエア・ディスプレイに説明資料を投影して、マオのインパクトと、そのタイミングと影響についての説明を行う。
[この事態を受けて、上海の周光立と武漢の楊大地が代表になって、ネオ・シャンハイを避難場所として使わせてもらうための申入れを行ったんです]と張子涵。
【申入れを受けた連邦の統治委員会が、審議のための手続きとして、我々を調査団として派遣したというわけです】とアーウィン。
[ネオ・シャンハイに避難すれば、本当に安全なんですか? MATESでこんな画像を見たんですけれど]と20代の女性が言い、PITから画像をエア・ディスプレイに投影する。
地球にぶつかる巨大な天体と、それによって地球全体に広がる火炎の渦。
【これは、今回のマオよりもはるかに巨大な星が衝突するシミュレーション画像ですね。今回も熱線にさらされる地域はありますが、衝突地点から半径およそ4000km、地表面の10分の1くらいです】とマルティネス。
[で、ネオ・シャンハイはどうなんですか?]
【衝突の予想エリアは、現時点ではかなり広範囲にわたっています。ただ、予想エリアの最も近い地点でも上海から8000kmは離れています。ネオ・シャンハイは相当安全なエリアに位置していると考えます】
【ネオ・シャンハイでは、地下にある避難区画で衝突をやり過ごします】と英語でヒカリ。
【衝突によって起こる地震や衝撃波、津波などによってネオ・シャンハイの建物の地上部分がやられても、地下部分だけで数年は持ちこたえるだけの水や食料、電気の備蓄があります】
[シカリはずいぶん詳しいんですね]と質問した女性。
「この際ですから…わたしの正体を明かしましょう。わたしは実はネオ・トウキョウの生き残りで、連邦のシステム関連を担当する職員でした。そのときの上司が、ここにおられるアーウィン副団長なのです」
会場から「おお」という声が巻き起こる。
[そうなんですね…なるほど。いろんなことが、合点がいきました]
何人かが白状したヒカリに質問をし、答えるのを繰り返したところで張子涵が言う。
[シカリへのインタビューは別の機会にして、調査団の方々への質問は他にありませんか]
[私たちはどこまで国際連邦を信用していいのでしょうか? 連邦は本気で対応してくれるのですか?]と50代の女性。
【厳しい質問です。上海をはじめ長江流域の住民の方々には、連邦に対して不信感をお持ちの方も多いと聞いています。経緯から、もっともと言える面があることも理解します】
一呼吸入れて、アーウィンが続ける。
【我々国際連邦職員は、任用の際に「法と正義および人道に従い職務を行う」ということを宣誓しています。「正義及び人道」に従えば、今回のネオ・シャンハイへの避難の件は間違いなく実行されるべき、ということになります。そして「法」に従うために、協定という形を作ろうとしているところです。いろいろクリアしなければならない点はありますが、目処は立ちつつあります。どうか、我々を信じていただきたいと思います】
[わかりました。期待します]
[あとだれか、質問ありますか?]と張子涵。
声は上がらない。
[もしあとから何か聞きたいことが出できたら、内々にあたしに言って下さい。シカリや楊大地に聞いてお答えします。それでは、連邦の方々からご質問を]
(つづく)