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生き残されし彼女たちの顛末 第0部(前日譚) 24)夫カゲヒコの顛末

 カゲヒコは、連邦A級規則の成立後すぐに、火星移住支援特別プロジェクトに転属となり、地球から月、そして月から火星へと向かう移住者のためのロジスティクスを担当するチームに入った。
 火星に向かう「自力航行型居住モジュール」の建造・配備計画の進捗状況を管理し、それをもとに移住者のスケジューリングを行い、地球から月へのシャトル便の運行計画を作成する。また、燃料や物資の手配、特に移住者の移動時と火星到着後しばらくの期間の食料・水・生活必需品の手配も必要だ。
 カゲヒコは多忙を極めた。なかなか話をする時間もとれない日々が続いた。
 地球と火星が大接近する2287年8月前後に実施される、移住者全体の約3分の2を運ぶ「大作戦」の計画立案が進み、やっとひと段落つきかけた5月に、カゲヒコが8月25日にケアされることになった旨の通知が届いた。
 マモルの火星への出発を2ヵ月後に控えて、やっと家族いっしょの時間が取れるようになった。2週間の「メイドノミヤゲ」も。
 7月30日、月へ向かうシャトル便に乗る8歳になりたてのマモルを夫婦揃って見送った。

 残されたわずかな夫婦二人の時間。わたしたちは普通に朝食を食べ、普通に出勤し、普通に夕食をともにした。休日に3回ほど外食をした他は、食事はほとんど家で食べた。
 もはやカゲヒコが激しく求めてくることもなかった。夜はふたり、やさしく抱き合って眠った。

 それぞれの両親のお墓参りにも行った。カゲヒコのオガワとわたしのミヤマ、別々のセメトリーに両親の墓標が、そしてミヤマのほうにはマサルおじいちゃんの墓標がおばあちゃんのと並んであった。
「わたしたちは別々になるんだよね。あなたはオガワに、わたしはミヤマに」
「まあ、別姓を選択した段階でそうなることは決まっていたということなのだけれども、こんなに早く来るとは思ってもみなかったような...」
「さみしくない? わたしは大丈夫だけど」
「ぼくにとっては、死んだあとのことなんかより、いまこうしてきみと過ごしているこの日々が、なにより大切だから...」
 いつになくはっきりとした口調でそう言って、カゲヒコはわたしの腰に手を回した。

 ケア1週間前の8月18日に、カゲヒコは西15区の公立第4ホスピタルのターミナルケアセンターに収容された。おじいちゃんや両親と同じセンターだ。

 ケアの前日、24日の夕方に面会に行った。

「元気そうだね」とカゲヒコが言った。
「そうね。元気よ」とわたしが答えた。
「ぼくは元気、というか、なんというか、あした麻酔をかけられるわけだけれど...」
 相変わらずカゲヒコはつかみどころがない。
「マモルは順調に火星に向かってるようでなによりだ。あいつなりに考えて、粋な計らいを考えてくれた」とカゲヒコ。
「うん。ミユキちゃんのピアノ、ほんとに上手ね。仲良しさんができてよかったわ」
「そうだね。人間生きていればいろんな出会いがある、いやその...」

 カゲヒコからこのとき聞いたところによれば、連邦統治委員会は、2282年の連邦A級規則の成立を待たずに、「対策要領」のまとめられた2279年頃から自力航行型居住モジュールの建造・配備や月シャトル便の増強、移住者用の生活物資製造設備の月や火星での建設など、規則が成立することを見越した「事前」準備を進めていたのだという。
 カゲヒコがちょっと目を逸らすようにして言った。
「しかしその、なんだね。このタイミングって、ぴったりというか、火星に行く人たちの支援に対するご褒美というべきか、それとも役目が終わって用無しになったっていうことか...」
「あなた、ほんとによく頑張ったわ」
「たしかに忙しくはしてたけどね」

 彼の視線が再びわたしの瞳に注がれた。
「きみはひとりになっちゃうけど、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫、って言いたい。けど、いまだから言うけれど、ほんとは...いえ、大丈夫」
「あと2年って、長いようで、短いような気がするような...」
「できるだけ穏やかに過ごすようにするわ」

 面会の時間が終わりに近づいた。
「きみと一緒に暮らして、ぼくはしあわせだったと思うけど、きみに対してぼくはきみが同じように感じてくれるような...」
「しあわせだったに決まってるじゃない!」
 目を大きく見開いてわたしは言った。
「いままで本当にありがとう。もっと長くいっしょに...」
「その先は言うだけ野暮」
「わかった」

「それじゃあ行くね」とカゲヒコ。
「それじゃあ」とわたし。

 椅子から立ち上がって、どちらからともなく近づいてギュっと抱きしめ合う。
 心臓の鼓動を20ほど数えたところで、カゲヒコが、回した腕をはずす。
 そのまま向きを変えて、彼は収容者用の入口へと向かった。

 ドアの前で振り返ってカゲヒコがつぶやく。
「グッナイ」
「グッバイでしょ」
「いや、ぼくはあした眠りにはいるのだから...」
「それじゃ、グッナイ」

 ドアを開けてカゲヒコが出て行った。
 遠ざかる足音。
 やがて聞こえなくなる。

 立ちつくすわたし。
 わたしたちの面会が今日の最後だったからだろうか、立会ロボットから退室を急かされることもない。

 振り返って面会者用のドアに向かおうとするけれど足が動かない。
 瞳から涙があふれ出てきた。心配させまい、と堪えていたのが、堰を切ったように。
 その場にしゃがみこんだ。
 一人きりの面会室で泣いた。ただひたすら泣いた。

 1週間後届いたカゲヒコに関する通知は、開封せずそのままにした。

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(つづく)


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