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生き残されし彼女たちの顛末 第5部 第88章 おんなじ表情…

 5月31日土曜日。インパクトまで残すところ2週間となった。
 本日の移動が終了すれば、上海の移動待ちは3区と後衛部隊の合わせて約3500人となる。武昌は5区と後衛部隊合わせて約3800人。重慶は1区と後衛部隊で約500人。
 自経団幹部のうち、まだ移動、登録を終えていないのは、対策本部が周光立、ダイチ、カオルに、民生第一部の張皓軒、張子涵、李勝文、陳紅花、技術第一部のアドラ・カプールとヒカリ、公安部の張双天。ダイチ、カオル、張子涵以外は、上海後衛部隊の撤収完了のタイミングで登録を行う。上海自経団では、現在移動中の第50支団の副書記。彼女は移動を見届け確認の後、後衛部隊と同時に移動する。重慶は、責任者の第2支団副書記の郎雪と第3支団の副書記。郎雪が最後まで留まり、これも後衛部隊と同時に移動する。
 武昌書記のグエンは、最後の第15区と同時に移動する。所属の区が移動待ちの幹部が、楊清立顧問と徐冬香法院院長の夫妻、呉桂平民政局局長、郭偉副総区長。武昌副書記でもあるカオルが、最後に第15区の移動を見届け、後衛部隊と同時に移動する。また、かなり余裕のない状態で武昌の移動が行われたことから、ダイチと張子涵が一般移動の最終日にプレインで武昌入りし、撤収前の最終確認に加わることとなった。
 上海時間17時から、月とネオ・シャンハイ、上海、重慶、武昌をつないでのVRミーティングが行われた。インパクト前の状況の最終確認が目的。
 最初に、マオ対策支援グループGM補のハーニャ・ゼレンスカヤ科学技術局観測予報部長から最新のインパクト予測と、上海への影響について報告があった。
 インパクト予測地点は南緯21度、西経103度と2週間前の予測から変わらず。予測円の半径が100kmからさらに50kmに狭まった。予測日時は2290年6月13日の22時11分(UTC)の前後2分の間。上海時間で14日の6時9分~13分ということになる。
 予測地点の中心であれば、南太平洋の水深4000mの海底に衝突する。距離15500kmの上海から見て地平線下のため、熱線の直接の影響はない。地震が約50分後に到達する見込みだが、震度は大きくて4程度。被害が出る恐れはない。
【インパクトから約13時間後に突風が到達する見込みです。風速は予測では秒速90メートルを超えます】とゼレンスカヤ。
[風速90メートルって、想像できないんですけど。どんな感じなんですか]と張子涵が質問する。
【レフュージの建造物は影響ないでしょうが、屋外でこれだけの突風をまともに受けて、固いものに直接たたきつけられると、おそらく命の危機に見舞われるでしょう】と答えると、ゼレンスカヤはさらに続ける。
【そしてインパクトから約21時間後に、津波が到達する見込みです。高さは最低でも80メートル、最も高いと170メートルに達する予測です】
[たしか、ネオ・シャンハイの高さが…]とジョン・スミス。
[地上部分の一番高いところで60メートルです]と高儷。
[そうすると、レフュージ全体としては、津波を持ちこたえられるかがポイントですね]と周光立
【そうです。津波の前後、噴出物が降り注ぎますが、比較的小型の岩石なので、レフュージに衝突しても強度から被害はほとんどないと考えられます。さらに長期間の影響としては、上空に舞い上げられた噴出物の影響で日光が遮られ、寒冷化が予測される反面、インパクトに伴い発生する温室効果ガスの影響で気温上昇が起こる可能性も否定できません】とゼレンスカヤ。
[直接の影響ということでは14日の19時過ぎ頃に突風に見舞われて、さらに翌日の3時頃に津波に見舞われる、ということですね]とダイチ。
【はい。計算上ではそういうことになります】

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 カオルがミーティング中に内職をするのは珍しい。ヒカリのPITにMATESでメッセージを入れた。
「終わったら、少し時間をくれないかな?」
 ほどなくヒカリの返信がくる。
「VRミーティングつなげたままで?」
「うん。できれば」と即座にカオルが返信する。
「わかった。こちらは皆に適当に言って、そのまま残るようにする」
「よろしく」

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 インパクト予測の次は、ネオ・シャンハイへの移動の状況について。
[武昌の後衛部隊以外は、連邦スタッフの撤収期限までに移動を完了する見込みです]とダイチ。
【武昌の後衛部隊は船で移動されるのですか】とGMのマルフリート・ファン・レイン総務局長。
[はい。その計画です]と張子涵。
【残っている船は、どんな状況なのかな】と副GMのヌワンコ・オビンナ科学技術局長。
[今日シャンハイに着いた1隻が、航行不能と確認されました。幸いこの船は、この後運行予定はありません。残り3隻のうち1隻は、明後日武昌を発ってシャンハイに入港して終了、1隻は本日シャンハイを発って武昌を往復し、6月6日シャンハイ着の予定です。明日武昌を発つ残り1隻が、シャンハイに着いた後に、武昌の後衛部隊を迎えに、武昌へもう一往復することになります]と陳紅花。
[スペースプレインは、問題なさそうですね]と重慶責任者の郎雪副書記。
【はい。毎日運航終了後に点検整備を行っていますが、問題ありません】と航空司令補のカリーマ・ハバシュ。
【それより武昌の後衛の方々が心配です。撤収期限後も私が残って、ミニプレインで運んではどうでしょう。一日5往復で2日あればできますが】
[航空指令として、今の状況では認めるわけにはいかない]と周光立。
[ハバシュの気持ちはありがたい。けれど、連邦スタッフがインパクト一週間前までに撤収することは、最初の協定で決められたことだ。一般住民の移動が終わらないような状況になれば、連邦に特例を申し入れるかもしれない。仮にそうであれ、ハバシュひとりだけというわけにはいかない]
[最後の一隻は、あたしの会社の持ち船だ。自慢じゃないが、長江一の優れモノだから心配しないでいい]と張子涵。
【ハバシュ、よろしいですね】とファン・レインGM。
【わかりました。残りの期間精一杯お役に立てるよう、がんばります】とハバシュ。
 それから話題は、アーウィンGMのマオ対策AOR収容プロジェクトの状況についてに移った。
 一番危険なエリアである南北アメリカ大陸のAORは、収容を完了し、全員ストックホルム、ジブチの避難拠点に到着していた。アフリカ、ヨーロッパも一週間後の連邦スタッフ撤収期限に間に合うタイミングで、避難拠点に収容される予定。アジア、オセアニアも大半は避難拠点のムンバイに到着しているが、アジアの一部のAOR収容者が、安全地帯にあるレフュージでインパクトの時を迎えることになる。
 ミーティングが始まって1時間を過ぎていた。
【話は尽きませんが、そろそろこれくらいにしておきましょう】とファン・レインGM。
【何事もなくインパクトを乗り切ることを望みますが、なにか問題がありましたら、いつでもお申し出ください。その時点で可能な支援はなんでも行います】
【システムの問題なら、どんなことでも対応します】と副GMのジャミーラ・ハーン情報通信局長。
[ありがとうございます。あと2週間、なんとか乗り切ります。そしてインパクト後には、コミュニティー再構築という難しい課題が控えています。引き続き、よろしくお願いします]と周光立。
【ご無事を祈っています。またどこかでお会いしましょう】とヌワンコ・オビンナ副GM。
【それでは】
【ご健闘を】
[ありがとうございます]…

 ネオ・シャンハイのVRミーティングルーム。月との接続が切れ、上海、重慶も切れた。
[シカリ、早く切っちゃって戻ろうぜ]と張子涵。
「え、ええ…実はミーティング中にちょっとVRシステムに気になったことがあったの。だから具合を見ていく」
[そうかい? 別に何も気にならなかったが」とジョン・スミス。
「うん。ほんとに念のためだから…」
[オーバーワークは禁物ですよ]と上長のアドラ・カプール。
[じゃあ、オフィスで待ってるね]と高儷。
 彼女らは出て行った。武昌と接続された状態のミーティングルームに、ヒカリは一人で残った。
 VR画像のカオルと向き合う。

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~カオル(李薫)の独白~
 そんなつもりはなかった。
 けさ起きて、今日が武昌で過ごす、最後の「あしたは来月」の日だということに気づくまでは。
 インパクトを目前に控えて、移動の最終段階にあるこんな落ち着かないときに、こんなことを言うべきではないと思った。
 けれど、どうにも気持ちが収まらなかった。
 VRミーティングの最中にヒカリにMATESメッセージを送った。
 ミーティングが終わった後、少し残ってくれることになった。
 ヒカリのいるネオ・シャンハイは正式のVRミーティング設備。僕のいる武昌は簡易VRシステム。
 それでも彼女の姿は、顔の表情までくっきりとわかる。
 二人きりの仮想空間。向き合ったまましばらく黙っていた。
 できる限りの笑顔を作って、僕は口を開く。
「今日は、『あしたは来月』の日だよね」
「そうだね」
「そして…6月14日は君の誕生日だよね」
「うん。どういう因果か、ちょうどインパクトの日」
「君の誕生日を祝いたい」
「そうね…放っといても張子涵とか皆で祝ってくれそうな気がする」
「それは、そうだね…ただ、僕は、君と二人きりで祝いたい」
 そして僕は、かつてサユリにも言った、おんなじ言葉を口にした。
「僕は…君が好きだ。君のことが…たまらなく好きだ」
 俯き気味の彼女。その「おんなじ顔」に、吸い込まれるように僕は次の言葉を発した。

「僕と一緒になって欲しい。サユ…」

 …しまった、と思ったが、遅かった。

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~ヒカリの独白~
 簡易VRシステムの優秀さを、わたしは改めて実感した。
 精一杯の笑顔でわたしに語りかけるカオル。
 その表情が、口元の動きが、手に取るようにわかる。
 彼の言葉が、本当に嬉しかった。
 彼の思いを受け容れていいと思っていた。
 カオルがこの言葉を発するまでは…

「僕と一緒になって欲しい。サユ…」

 その言葉自体が許せなかったんじゃない。
 カオルの笑顔の中に浮かんだ、当惑と後悔のまじったような、あいまいな表情。
 次の8月で2年になる。私の夫、オガワ・カゲヒコが、ネオ・トウキョウでケア(安楽死処置)されてから。
 ケアの前日に、ターミナルケアセンターで面会をした。
 その終わり、立ち去る前に「グッナイ」とわたしに言ったときの、カゲヒコのあいまいな表情。
 VR画像のくっきりとしたカオルの表情に、カゲヒコが最後に見せた表情が重なった。

「ごめんなさい」
 いつの間にか、わたしの口からこの言葉がこぼれ出た。

「ごめんなさい。わたし…だから…だめなの…」

 その言葉に続けてわたしは、「いまは」と言うつもりだった。
 なぜか言葉にならなかった。

「僕のほうこそ、ごめん。いい気になってた。だから…気にしないで。それじゃあ」
 そう言うと、カオルはPITで簡易VRシステムをオフにした。
 カオルの姿が武昌の会議室の風景と同時に消えた。
 しばらくそのまま立ち尽くしたわたしは、VRミーティングのシステムをオフにした。
 ライトグリーンの空間の中に、ひとり取り残された。

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「どうして『ごめんなさい…』のあとに、『いまは』と口にできなかったのだろう」
 ヒカリは後に、このことをずっと悔やむことになる。

 そして、一夜が明けて6月になった。
 もともと表情が豊かでないヒカリとカオルは、一層無表情になって、淡々と職務をこなした。

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 6月1日は日曜日だが、各地ともフル稼働状態だった。この日で上海の一般移動者の移動が終了し、上海全体を確認した後6月4日から6日の間に後衛部隊が撤収し、完了となる。
 そして翌2日月曜日に重慶の一般移動者がスペースプレインで移動して終了し、武昌の移動待ちは高齢者、弱者が2区と、さらに2区の全体を残すことになった。重慶の後衛部隊はプレインの最終稼働日である5日に撤収する。
 武昌の残りは、スペースプレイン、ミニプレイン編隊、大型船を動員して輸送し、武昌出発の最後は5日のスペースプレイン、上海到着の最後は6日の大型船となる。
 5日のスペースプレインの武昌へのフライトに搭乗して、ダイチと張子涵が武昌入りする。カオルとともに最終確認の指揮を執った後に、後衛部隊とともに9日に大型船で武昌発、11日にシャンハイ到着予定だった。

(つづく)


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