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生き残されし彼女たちの顛末 第0部(前日譚) 17)アーウィン部長奮闘す

 16時を回った頃、アカネが「ビデオ通信がはいりました」と言った。
「つないで」と言うと、ディスプレイにアーウィン情報支援部長の顔が映った。月からの交信だ。

(英語)
【よかった。早退せずにまだいたんだね】とアーウィン部長。
【はい。帰っても特にやることもありませんし】とわたし。

【通話したのは、きみの顔を見たかったのと...いまさらながら、改めて私の力不足を詫びたいと思って】
【そんな、お願いですからお詫びなんて...】

 アーウィン部長は「月勤務スタッフへの人事異動」という形で、わたしを地球から連れ出そうと尽力された。2ヶ月ほどかけていろいろと根回しや折衝を重ねてくださったけれど、1ヶ月前に「却下」の最終結論が下された。

 部長の顔が悲しげに曇った。
【きみほどの人材を失うのは、連邦にとって、いや、人類にとって大きな損失だといまでも思っている】
【そのお言葉だけで充分ですわ。わたしの代わりなんていくらでもいるでしょうから】

【最後だから、どういう次第できみの処遇についての結論が出たか、詳しく話をしてもいいかい?】
【わたしも聞きたいです】
【かなり長話になるけど大丈夫かな?】
【ええ。もう仕事はありませんから】

 アーウィン部長によれば、部長はまず、直属の上司である連邦統治委員会情報通信局の局長に話をもちかけた。わたしのプロフィールや業績を聞いた局長は即座にOKを出した。次に人事異動を統括する人事局の人事政策部長に話をし、何度も交渉を重ねた結果、その上司の人事局長の了解を得た。
 あとは、統治委員会の情報通信局担当委員と人事局担当委員の形式的な了解が得られれば正式承認、というところまできたときに、思わぬ横槍が入ったのだという。
 人事局のスタッフから話を聞いた連邦統治委員会法務局のスタッフが、法務局長にわたしの異動の件について話をした。話を聞いた法務局長は「『火星移住およびターミナル・ケア連邦A級規則』を潜脱するおそれがある案件」ということで、法務局担当委員に上申した。
 法務局担当委員の求めで、情報通信・人事・法務の各局の担当委員がわたしの件についてあらためて協議した。その結果は「連邦マザーAIの監察ユニットに諮問し見解を求める」ということだった。
 その話を聞いたアーウィン部長は、AIへの諮問に猛烈に反対し、情報通信局長を通じて働きかけた。どうにか情報通信局担当委員は説得することができたが、人事局担当委員はあやふやな態度に終始。結局、法務局担当委員の強硬な意見が通り、AIへの諮問が行われることになった。

【そうして出た『見解』が『連邦マザーAIの総意として本件は却下すべしと判断する』というわけさ】と、いささか吐き捨てるようにアーウィン部長。
【『マザーAIの総意』だなんて、わたしごときに、かえって光栄に思われますわ】
【やつはこう言ったそうだ。『本件を承認すると重大なパラドックスに陥り、マザーAI全体のシステムダウンの引き金となる可能性を否定できない』と】
【彼らにしてみれば、例外は可能な限り排除しなければならない、ということになるのでしょうね】
【委員たちに言ってやった。『たかがコンピューターの判断と人間の判断とどっちをとるのか?』とね】
【すると?】
【法務局担当委員が言った。『きみは生命維持装置を切断されて宇宙空間に放り出されたいのかい?』と】
【それって...『2001 スペース・オデッセイ』ですか?】
【そういうことだ】

 一呼吸おいて部長が言う。
【改めて、本当に申し訳ない】
【いえ、ここまでご尽力くださって...それより、火星にいるマモルのことをこれからもどうかよろしくお願いします】
【わかった。このまえMATESをもらったよ。飛び級して来年度は6年次に進むんだって? 頑張ってるんだね】
【ミユキちゃんのことも...】
【ピアノ頑張ってるらしいね。二人のことは、父親代わりとはいかないだろうが、これからもできる限りなんでもするよ】
 また悲しげに曇るアーウィン部長の顔。
【きみは...大丈夫かい?】
【たぶん。さっき訪ねてきた親友といっしょに思い切り泣きました。おかげですっきりした気がします】
【そうかい】
【ええ】

【名残おしいが、そろそろ早朝ミーティングの時間なので失礼するよ】と部長。
【こちらは終業時刻が近づいています】
【きみと一緒に仕事ができて本当によかった。いろいろとありがとう】
【もったいないお言葉ですわ。わたしのほうこそ、ありがとうございました】
【マモルくんと、それからミユキちゃんのことは、まかせてくれたまえ】
【お願いします】
【それじゃあ】

 交信が切れた。もう17時近くだった。

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(つづく)


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