見出し画像

星座の先のエピローグ ~生き残されし彼女たちの顛末 第6部~ 第106章 昼下がりのセメタリ―

 2303年4月6日、いったん部屋に落ち着いたミユキはしばらく仮眠をとり、夕方から高儷(ガオ・リー)さんのお宅にお邪魔して、ジョンさんたちも加わって夕食をいただいた。カオルさんも同席。少しだけ話をされた。
 正式の歓迎会は翌日の夕刻。ママと最後の面会をした人たちを中心としたメンバーで、シャンハイ第1自経団の街区にある「鶴雲楼」という、ネオ・シャンハイ屈指の料理店で行われる。今日は控えめにということで、20時頃に張子涵(チャン・ズーハン)さんがエアカーでミユキを部屋に送り、ボクはそのままご自宅にご厄介になる。

 4月7日。ミユキの部屋は歩いて行ける距離だった。11時頃にボクは彼女を訪ねた。
「大丈夫? 疲れてない?」とボク。
「うん。ほとんど疲れはとれた。時差が少し」
 ボクたちは、軽めの昼食をとろうと、ミユキの部屋から数区画行ったところのコーヒーショップに入り、コーヒーを飲みサンドイッチを食べた。
 それからタクシーを拾うと、セメタリ―へと向かった。
 セメタリ―のゲート近くでタクシーを降りると、ボクたちは並んでゲートへ向かった。
 ゲート横の案内所で埋葬者の名前を告げると、案内ロボットが印つきの見取り図を送信してくれた。そんなに遠くなさそうなので、カートは使わずに歩いて行くことにした。
 左右にどこまでも続くかのように並ぶ墓標の列。歩みを進めるにつれて奥から次々と現れてくる。この中には、インパクトの前に「ケア」された人たちの墓標も多数ある。
 ネオ・トウキョウのセメタリ―に、ボクは行ったことはない。そこにはミユキのパパとママ、それからボクのパパと、おそらく「ケアされた」という扱いになっているママの墓標もあるのだろう。
「いっぱい亡くなったんだよね」とミユキ。
「人類は最盛期人口100億に達した。それが今では…ざっと800万。最盛期の0.1パーセントにも満たない」
「数のこともそうだけれど…わたしたちのまわりの人が、いっぱい亡くなった」

 縦横に交差する通路の角ごとに木が植えられている。見取り図に従って、角をいくつか曲がる。入口から5分くらい歩いただろうか。
 マオのときにネオ・シャンハイに収容された住民は、希望すれば直系親族の祖父母の代まで墓標を立てることが認められたという。ママは申請して、自分の実の祖父である「ミヤマ・マモルさん」にまで遡って墓標を立てた。
 ボクにとって実の曽祖父にあたる「マモルさん」の墓標から数えて7つめ。
 ダイチおじさんの墓標の隣。
 そこにママの墓標があった。

 墓標の前で手を合わせると、しばらく二人黙って佇む。
 ボクは23歳。ミユキは22歳。
 初めて会ったときから、16年になろうとしていた。
 あのとき、地球を離れようとしていたボクとミユキは、いま、二人揃って地球にいる。
 背が高くなった彼女。顔の大きさは以前と変わらない。すらりとしたシルエットが印象的な女性になった。
 会えない間に顔立ちも大人びた。昔の面影はそのままに。

 ミユキが口を開いた。
「わたしは家族をすべて喪った。けれどいつもピアノが、そして音楽があった」
「…」
「わたしがいま生きていられるのは、音楽のおかげ。地球の人たちのために、音楽でできることをしたい。だからわたしは、ずっとここにいようと思う」
 今度はボクが口を開く。
「ボクだって、地球が元の姿になって、以前のように人類が生活できるような場所にするために役立ちたいと思って、地球にやってきた。でも、ママを喪って、自分がここにいることの意味がわからなくなってきた」
「…」
「『ママの近くに居たい』ということだけだったんじゃないだろうかと…」

「わたしだって、音楽だけじゃない…」
 彼女のほうを向いたボクに、ミユキは訴えかけるような視線を送った。
「…大事な人の側に、居たい」

 ボクは、吸い寄せられるように身を寄せ、ミユキの肩に手を置いた。
 彼女は、ボクの首元に顔をつけ、しがみつくように両腕を回した。
 ボクも彼女をぎゅっと抱きしめた。
 二人そうして、しばらく抱き合っていた。

 どちらからともなく腕を外して向き合う。
 彼女の肩に手を添えて、ボクは顔を彼女の顔に近づけた。
 もう大きく屈む必要はない。
 頷くように顔を斜めにするだけで、ボクの唇は彼女の唇に触れた。

 どれくらい時間が経っただろう。
 唇を離すと、もう一度抱き合った。

 喪失感、哀しさ、無力感。冷たく沈んだ感情がボクの中でほぐれていく。
 そして、愛おしさ、喜び、充足感が、ボクの身体を満たし、温めていく。

 人影のない、日曜日の昼下がりのセメタリ―。

「これが…このことが、マモルにとっての意味になってくれるのなら…」
 抱きしめるボクの腕の中で、ミユキが言う。

「…とても…嬉しい」

 彼女の、その長い指。
 懐かしいその感触が、背中から伝わってくる。

<了>


いいなと思ったら応援しよう!