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生き残されし彼女たちの顛末 第5部 第81章 いつか、だれかと見た景色

~MATESチャット:陳春鈴と汪花琳(ワン・ファリン)~
陳春鈴:起きてる?
汪花琳:うん。
陳春鈴:今日ね、対策本部のカップルが結婚を発表したんだよ!
汪花琳:だれ?
陳春鈴:上海の張皓軒と連邦のミシェル・イー。
汪花琳:ああ、前に教えてくれた、国際カップルだね。
陳春鈴:うん。
汪花琳:あなたたちもそれに続くのかな?
陳春鈴:どうだろう。あるとしても、まだ先だと思う。
汪花琳:いい知らせを待ってるよ。
陳春鈴:ありがとう。じゃあ…おやすみ。
汪花琳:おやすみ。

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~陳春鈴の日記より~
 先を越されちゃった!
 でも、あの人は「貴女に大事なお話があります。でも本当に大事なお話なので、ネオ・シャンハイへ移って落ち着いてからお話しします」と言ってくれた。
 これって…だよね!

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 上海が「結婚」の件で盛り上がっているその頃、ヒカリは武昌の主治医の診察を受けていた。そろそろ上海に戻り業務に復帰したいと告げると、医師は「今週後半に戻り、週明けから業務に復帰する」というスケジュールを示し、
[最初は無理をしない、というのが条件ですよ]と釘を差した。安定剤は服用をいったん終了。違和感があったら予備を服用のうえ、すぐに上海の医師にかかるよう指示された。
 その日の夕刻、帰ってきた楊清立と徐冬香に、ヒカリはさっそく診断結果を伝えた。
[そうか。それはなによりだ。まずはおめでとう]と楊清立。
「ありがとうございます。本当にお二人のおかげです」とヒカリ。
[それで、具体的な予定は?]と徐冬香。
「はい。明日重慶に行く張子涵が、木曜日の夜にプレインで上海に戻ります。そのプレインに武昌に寄ってもらって、乗ろうと思います」
[そうか。じゃあ職場復帰は来週あたまの予定だね]
「なにごともなければ、そうするつもりです」
[貴女がよくなったのは、本当に嬉しい。でも、上海へ行ってしまうのは、なんだか少し寂しいわ。こんなこと言うとなんだけれど、年明けからずっと、楊小百合が戻ってきてくれたようで楽しくもあったのよ]と徐冬香。
[まあ、遠縁とはいえ姻族ではあるわけだから、これからも何かあったら頼って欲しい]と楊清立。
「本当にありがとうございます。春節にはいったん戻りますので、お会いできるのを楽しみにしています」
 ヒカリはそれからPITで張子涵と話した。そして木曜日の19時に重慶からのプレインが武昌に立ち寄ることで、張子涵がハバシュと調整することになった。
 次に上海のダイチにPITで報告した。喜んでくれるとともに「無理しないように」と気遣ってくれた。
 カオルとその後PITで話した。カオルは「木曜日に自分が見送る。少し早い目に迎えに行く」と言い、17時30分に約束した。

 29日水曜日の定例のVRミーティングには、ヒカリも武昌で出席して、復帰の予定について報告した。
 月、ネオ・トウキョウも結んだ全員が顔を合わせるセッションでは、ミシェル・イーと張皓軒の結婚に全員から祝福の言葉がかけられた。
【でも、月と地球で離ればなれになってしまいますよね。辛くないですか】とマオ対策支援グループのマルフリート・ファン・レインGMが言う。
【はい。そのことは話し合いました。けれど一緒に過ごせる時間を大事にしたい、ということで決断しました】とミシェル・イー。
[どういう形であれ、また、一緒に暮らせるようにしたいと考えています]と張皓軒。
【わかりました。私でお役に立てることがあったら、言ってくださいね】
【ありがとうございます】
 一連のVRミーティングが終わると、19時を回った頃から武昌支団オフィスでヒカリの壮行会。武昌の面々に元武昌支団公安局局長で今は漢陽支団書記を務める孫強が加わった。懐かしい面々と過ごす和やかなひととき。
[ヒカリ。あなたは真面目ですから、放っておくとオーバーワークになってしまいますよね]とかつての直属の上司だった武昌書記のグエン。
「はい。気をつけるようにします」とヒカリ。
[移動が始まると、想定外の事態への対応も起こるでしょうから、今のうちにお互いできるだけゆったりとしましょうね]
 春節の再会を期して、21時過ぎにお開きとなった。

 1月30日木曜日。朝から晴れて、地平線にところどころかかっている雲を除けば、青空が広がっていた。
 約束の17時30分。早めに仕事を終えたカオルは、エアカーで楊清立夫妻の自宅へヒカリを迎えに行った。これも早めに仕事を上がって戻っていた楊清立と徐冬香が、大きなカバンに一人で荷物を詰め込んだヒカリを見送る。
「本当にお世話になりました」とヒカリ。
[じゃあ。また春節に]と楊清立。
[けっして、無理をしないでね]
 そう言うと徐冬香はヒカリをハグした。お互いの背中をポンポンとたたく二人。
「ありがとうございます。どうぞお元気で」
 一足先にヒカリの荷物を後部座席に乗せていたカオル。
「じゃあ、いいかな」
「ええ。お願い」
 カオルは運転席に、ヒカリは助手席に収まった。
 エアカーを発進する。ヒカリが後ろを向いて楊清立夫妻に手を振る。手を振り返す夫妻の姿が徐々に遠くなる。
「ちょっと寄って行きたいところがある」とカオル。
「うん。そうだと思ってた」とヒカリ。
 二人は、武昌街区のはずれをさらに東に進み、東湖の湖岸を少し北へと向かった場所でエアカーを降りた。ダイチ、ヒカリ、カオル、そしてサユリにとっても思い出の場所だ。
 日暮れまでまだ時間がある。風が弱く凌ぎやすいとはいえ、1月末の武漢はまだまだ寒い。サユリの「お下がり」の厚手のコートを着込んだヒカリ。そしてダウンを着込んだカオル。しばらく黙って、西の地平線へと下っていく夕陽を見つめた。
「ここへは何度くらい来たの?」とヒカリがカオルに聞く。
「小さい頃は5人で何度も来た」
「あなたとダイチと、張子涵と陳春鈴と…そしてサユリさん」
「そうだね」
「サユリさんとはよく来たの?」
「つき合うようになってからは…10回くらいかな。最後に来たときから1週間後に、サユリは入院した」
「本当に急だったのね」
「うん…」
「…ごめんなさい。わたしはいつも、こうやって思い出させてばかり」
 君がいるだけで僕は思い出さされる、という言葉を呑み込んで、カオルは言った。
「君はダイチと?」
「そうね。2回」
「そうすると、今日が3回目」
「うん。3回目にして、たぶん最後だよね…」
 地平線の夕陽が沈むあたりを覆っていた雲が、いつの間にか晴れていた。ゆっくりと沈んでいく夕陽。天頂から地平線にかけての空の色のグラデーション。湖水に長く伸びる黄金色の光の帯。
 ほのかに茜色に染まるヒカリとカオル。湖と反対側に長く伸びる二人の影。夕陽と空、湖面が織りなすスペクタクルを、二人黙って見つめる。
 カオルはふと、隣のヒカリに目をやる。夕陽に染まる、おんなじ横顔。
 やがて夕陽は地平線の向こうへと姿を消す。残照が刻一刻とその色を変え、やがて空は深い藍色に覆われる。
「ありがとう、カオル」とヒカリ。
「この景色、わたしは一生忘れない」
「僕も…忘れない」
 そう、「君」と見た、この景色を…

 二人は、張子涵を乗せたミニプレインが到着するまでの時間を、武昌オフィスで過ごした。19時を過ぎて、オフィスに残っているのは4分の1くらいになっていた。張子涵からMATESで「すまない。打ち合わせ長引いた。30分ほど遅れる」というメッセージが入った。彼女の言葉の通り、19時半に彼女がオフィスに下りてきた。カオルが荷物を持って、3人は駐車場へと上がる。
 プレインの横で待っていたハバシュとカオルが言葉を交わし、彼女が操縦席に戻ると、張子涵がカオルからカバンを受け取って乗り込む。
 乗降口の前で振り返ってカオルを向いたヒカリ。
「本当にいろいろとありがとう」
「元気で。またいずれ」
「うん。カオルも元気で」
 そう言うとヒカリはくるりと向きを変えてプレインに乗り込んだ。
 乗降口が上がりしばらくするとエンジン音が高まり、ハバシュの操縦するミニプレインは上海へ向けて離陸した。

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~カオル(李薫)の独白~
 僕がいま見送ったのは、サユリじゃない。そう。張子涵の言うとおり、彼女は、他のだれでもない、ヒカリなんだ…

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 1月31日金曜日。「あしたは来月」の日、ヒカリは久しぶりに上海で目覚めた。
 ミシェル・イーと張皓軒の婚姻届が受理され、プレイリリースが行われた。婚姻届の証人となった艾巧玉総書記のインタビュー。「連邦と自経団の新しい関係を象徴する、記念すべき結婚です」。さらにもう一人の証人である周光立。馴れ初めについてコメントした後、「二人の将来を祝福する意味でも、来たる春節は、大いに祝ってください。故郷で過ごす最後の春節を、みなさんが心行くまで楽しまれることが、亡き周光来の遺志にもかなうと思う」

 週末を「女子寮」の炊事係などをして過ごしたヒカリは、2月3日月曜日に出勤した。朝9時に上海本部オフィス。ヒカリが不在の間、1月1日付で約200人、15日付で約100人、そして2月1日付で50人のスタッフか増員された。多くはネオ・シャンハイ勤務だけれども、上海本部もさらに賑やかになっている。周光立と陳春鈴、張皓軒、李勝文、陳紅花、杜美雨が出迎えてくれた。
[今週末には春節休暇だよ。それまで武昌にいてもよかったんじゃない?]と陳春鈴。
「移動本番の前に、いろいろと確認しておきたかったんだ」とヒカリ。
[無理しないでね。ただでさえシカリ姉さんは真面目過ぎるんだから]
「大丈夫、お医者さんにも言われてるし、無理はしないわ」
 少し早めの昼食後、ヒカリはアルトでネオ・シャンハイ本部オフィスへ向かう。
「お元気になられて良かったです、ヒカリさん」とアルト。
「アルトにもお世話になりました。いろいろと本当にありがとう」
 ネオ・シャンハイでは、張子涵、ジョン・スミス、高儷、ミシェル・イー、シリラックが出迎え。
【とんだ災難だったが、まずは良かった】とジョン・スミス。
【ご心配おかけしました】と言うと、ヒカリはミシェル・イーに言う。
【新婚生活はいかがですか?】
【まあ、ずっと入り浸ってましたから、ある意味今まで通りというか】
 ミシェル・イーは、週末のうちに正式に張皓軒の部屋に引っ越していた。
【気持ちの面では全然違いますけどね】
 アドラ・カプール、劉俊豪、王敏、林興建、張双天らがヒカリを囲む輪に加わる。
 救出してくれた張双天にヒカリがお礼を言う。
「その節は本当にありがとうございました」
[いえ、任務ですから。お元気になられてなによりです]と張双天。
 その後、技術第一部のメンバーとシステムの整備・運用状況を確認。順調に進んでいる。
「いろいろとありがとうございます」とヒカリ。
[連邦とのやりとりは、シリラックが中心になって対応してくれました。けれどやはり、あなたの12月中のがんばりのおかげですね]とカブール。
 カリーマ・ハバシュは、その日の朝6時にミニプレインでネオ・シャンハイを発って、ネオ・トウキョウへ向かった。
 アーウィン、リチャードソン、マルティネス、そして今回ネオ・シャンハイに赴任する連邦派遣要員と顔合わせ。その後10時半に赴任メンバーを乗せて出発し、13時少し前にネオ・シャンハイに帰着した。
 着任した連邦派遣の要員は、スペースプレインの操縦士としてA級航宙士3名、ミニプレインの操縦士としてB級航宙士2名とC級航宙士3名、整備士2名。さっそく機材のチェック・整備に入る。
 連邦の航空系要員の着任に先立って、2月1日付で周光立が航空指令を兼務、ハバシュが航空司令補として、要員への指示、調整を行うこととなった。
 移動計画が実行フェーズに入るまでの彼らの宿所は、周光来邸になった。ネオ・シャンハイとの往復用にミニプレインを1機稼働させることとし、初日は18時にハバシュの操縦でネオ・シャンハイ発。周光立、ダイチ、ミシェル・イーと民生第一部のメンバーが周光来邸で出迎えし、ささやかな歓迎会。

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(つづく)


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