生き残されし彼女たちの顛末 第0部(前日譚) 23)こどもたちの気持ち~再び~
(火星授業記録その31)
さて、これから地球のその後についてお話をする予定ですが、その前にみなさんにお聞きしておこうと思います。これからお話ししようとする部分は、今まで以上にみなさんにとって、とてもつらいこと、悲しいことを思い出させることになると思います。このままお話を続けてよいか、みなさんの意見を聞かせてください。
――...
むつかしい質問だと思います。よく考えてください。
――...先生、よろしいでしょうか?
はい、Vさん。お願いします。
――正直言って、先生のお話を聞いて泣き出してしまわない自信はありません。
やはりそうですね。
――でも、泣いてしまうことになっても、先生のお話を聞きたいと思います。
大丈夫ですか?
――亡くなった家族やともだちのためにも、私は聞き、知っておかなければならないのだと思います。
――ぼくも賛成です。
Wさん、よろしければ続けてください。
――先生がさっきおっしゃった、ぼくたちのつらいこと、不安なこと、悲しいこと、そのすべてが加わって、今日の授業がさらに意味のあるものになる、ということに共感を覚えました。続けてほしいと思います
――私も賛成です。
――ぼくも。
――私も。
――(次々と賛意)。
みなさん、ほんとうにありがとう。私も正直なところ、この部分に触れるのはつらくて、ちゃんとできるかどうか自信がありませんでした。でも、みなさんの言葉に勇気づけられました。
続けたいと思います。
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この先生、やはりすばらしいと思う。
自分自身の悩む姿もさらけだして、生徒と心を通わせようとしている。
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(火星授業記録その32)
2283年3月にカテゴリが確定すると、カテゴリAの人たちのケアを行うための施設の整備が始まりました。
カテゴリAのひとたちにターミナル・ケアを施す方法は具体的にはこのようなものです。
~ディスプレイ表示内容~
ターミナル・ケアの方法(カテゴリAの場合)
1.ケア対象者に全身麻酔をかける。
2.胸の2ヶ所に電極パッドをとりつける。
3.パッドに電気を流し、心臓にショックを与えて鼓動を止める。
対象者は麻酔で眠っている間に、感電死の方法で死を迎えることになるのです。
各レフュージの病院に、ターミナル・ケアを施すための設備と、最後の1週間を対象者が過ごす施設が整えられました。みなさんの中にも、ケアを迎える直前のご家族と、施設で面会した人がいると思います。
また、カテゴリA、カテゴリBの人たちには睡眠導入剤と精神安定剤の支給が始まりました。その人たちの精神状態をできる限り平静に保つためです。また、どうしても精神的に不安定となってしまう人たちのために、AIや人間によるカウンセリングを多くの人が受けられるようにしました。
カテゴリAの人たちのケアは2284年の5月から始まり、2289年の5月に最後のケアが施されました。
ここまでのところ...みなさん大丈夫ですか?
――...大丈夫です。なんとか。
――私もです。
では、続けます。
カテゴリBの人はレフュージの閉鎖時、つまりインパクト予想時点の1年前となる6月の、末日の夜にいっせいにターミナル・ケアを受けることになります。したがって施設に入ってもらって、ひとりずつケアを施すことはできません。
そこで行われることになったのが、特定の周波数の電磁波、つまり電波だと思ってください、その電磁波に反応して電気が流れる小さな装置を体の中に埋め込む方法です。
~ディスプレイ表示内容~
ターミナル・ケアの方法(カテゴリBの場合)
1.事前に体内に装置(「チップ」という)を手術で埋め込む
2.6月30日の深夜、睡眠剤で全員が睡眠している間に、チップを
作動させる周波数の電磁波をレフュージ全体に流す。
3.電磁波に反応したチップが電気を流し、心臓にショックを与えて
鼓動を止める。
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カテゴリBであるわたしは、1年ほど前にチップ埋め込み手術を受けた。手術前にチップを見せてもらったが、小指の上に乗ってしまうくらい小さかった。
医師立会いのもと、医療用ロボット2体によって局所麻酔の手術が行われた。わたしの左胸の、豊かとはいえない乳房をはさんだ2ヶ所に、ゴマ粒ほどの手術のあとが残った。
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(火星授業記録その33)
今日は6月29日です。
明日、2289年6月30日の1日が終わる頃、地球上のレフュージでは時差に従って順々に電磁波が流れ、埋め込まれたチップが反応して、残されたカテゴリBの人たちは眠ったまま最期のときを迎えるのです。
――...おかあさん(涙声)
――(涙声)パパ...
――(そこここに、すすり泣き)
――(涙声)ごめんなさい。泣かないつもりだったのに...
いいんです、いいのですよ。こうやって感情を解き放つのが、大事なことなんです。
...休憩をとりましょう。
(休憩)
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(つづく)