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生き残されし彼女たちの顛末 第0部(前日譚) 1)その日のわたし

 2289年6月30日。

 その日の終わり、ふだんの4倍の量支給される睡眠剤を服用して、22時までに就寝することとされていた。
 地球の、ネオ・トウキョウで暮らすわたしの、その日はこんな一日だった...

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(火星授業記録その1)

火星メラス居住区群 第1382居住区 第3モジュール プライマリースクール
6年次アドバンスド・クラス特別授業記録
担当教師:ニシノ・アンナ
生徒数:25名
収録日:2289年6月29日

閲覧者:ミヤマ・ヒカリ
所属または住所:トウキョウ・レフュージ統治府情報支援支部
アクセス権限:テキストのみ

~以下本文~

 この授業はニッポン語で行います。みなさん、通訳設定を確認してください。トランスレーター、ファンイジー、ボンニョンギ、OK? タブレットも大丈夫ですね。
 よろしいですか? それでは始めます。

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 28歳の誕生日から2週間と少し経ったその日の朝、わたしは、ひとりの部屋でいつも通り目覚めた。ぼんやりとした頭のままPITをいじっていると、「これはぜひ見なくちゃ」という記録があったのでダウンロードした。
 キッチンに行くと「おはようございます、ヒカリさん」とクッキングマシーン。
「いつも通りお願い」と答えると、ほどなくスクランブルエッグとベーコン、ブラックコーヒーが用意される。パンは、最近お気に入りのドイツ風ライ麦パンを自分でフードストッカーから取り出してナイフで6枚にスライスし、そのうち2枚を朝食として食べる。
 フードストッカーが「卵、残りなし、ベーコン、残りなし、パン、残りなし、コーヒー、残りなし、となりました。ヒカリさん、補充しますか?」と聞いてくる。
「いらないわ」と答える。
 朝食をすますと、フードストッカーから最後のハムとチーズを出してきて、残しておいた4枚のライ麦パンにはさんでランチ用のサンドイッチの完成。
「ハム、残りなし、チーズ、残りなしとなりました。補充しますか?」とフードストッカー。
「いらないわ」
「食料保管状況。カレーライスが1食分とオレンジジュースが200ccあります。他はなにもありません。補充するものはありますか?」
「ありません」と言って、わたしは食器類をディッシュウォッシャーに放り込み、スイッチをいれた。

 歯をみがいて髪を整え、お化粧もそこそこに夏物の水色のワンピースを身にまとい、ラップに包んだサンドイッチをバッグに入れる。姿見でやせっぽちの体と、それに乗っかった表情豊かとはいえない顔を一応チェックする。いつも通り、出勤準備完了。
 8時15分を過ぎた頃、キッチンと反対側の壁にあるパーキング入口のドアに向かって「オープン」と声をかける。「おはよう、ヒカリさん」といってドアが開く。スリッパを脱ぎ、フラットヒールのパンプスを履いて、パーキング側に回って「ロック」と声をかけると、ドアが閉まり「ロック完了」の声。
 古風なセダンタイプの愛車のエアカーの横に立つと、ドアがさっと開く。前部座席に体を滑り込ませて、シートベルトを締めると「発車してもよろしいですか? ヒカリさん」と聞いてくる。
「OK」とわたし。
 ドアがさっと閉まる。
「目的地は?」の問いに「出勤」と答える。
 パーキングのメインゲートがスルスルと開く。
「発車します」と言うと間もなく、エアカーは5階建てのアパートメントの4階から発進した。
 西13区の自宅からオフィスまで、5分ほどで到着する予定。

 いつも通り、ニュースをチェックするためバッグからPITを取り出し、MATESを起動する。
「Portable Information Terminal」の頭文字をとって「PIT」。もう少しマシなネーミングはなかったのかな、とつくづく思う。
 総合メッセージアプリの「MATES」は「Message A...Transmission and Exchange System」、えーっと、あれ、「A」はなんの頭文字だっけ...思い出せなくなっちゃった。まあ、いいか。オフィスに着いたらアカネに聞いてみよう。
 たいしたニュースはない。
「西第49区で集団自殺。5人全員が死亡。支給の睡眠剤を飲まずにためておいて大量服用」
 またか、ってところね。
「連邦統治委員会のウォレス民生局担当委員、異性スキャンダルで辞職へ。UTC9時から記者会見予定」
 あらまあ、大臣閣下ともあろうものが。
「気象情報。今日の外界の天気は曇りのち雨。北東の風。風速は平均5メートル」
オフィスに着いたら、太陽光発電の状況みて、配電分と蓄電分の調整がちゃんとされているか要確認ね。風力発電はおそらく問題なし...っていうか、いまさらこんなことマジメに考えても意味ないのかしら。

 そうそう、朝起きてすぐにダウンロードした、マモルが受けているはずの授業の記録を読まなくちゃ。

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(火星授業記録その2)

 きょうは、来年度からプライマリースクール6年次アドバンスド・クラスに進級する予定の皆さんに集まっていただいて、特別授業を行います。
 私は、ニシノ・アンナといいます。6年次、みなさんのクラス担任になります。担当科目はソーシャル・スタディーズです。
 よろしくお願いします。

――お願いします。

 なお、この授業の内容は収録されて、他のクラスや他の学校で教材として使われることになります。ただ、だれがどの発言をしたかはわからない形になりますので、みなさん気にせずにどんどん質問とか意見を言ったりしてくださいね。
 今日の授業のテーマは、「人類、つまり地球人類であるあなたたちが、この火星の居住区に来ることになった経緯について」です。
 歴史的な背景も含めてお話しします。

 最初にひとこと申し上げておきます。
 今日の授業は、あなた方の多くにとってとても悲しいこと、つらいことを思い出させることになるかもしれません。でも、今日の授業の内容をしっかりと理解することで、その悲しみやつらさを乗り越えることができる。そして、人類としての誇りを持ってしっかりと生きていくための大きな手助けになる、ということを私は信じています。
 最後まで授業についてきてくださいね。
 あと、お話しすべき内容やみなさんからの質問への答えがすべて終わるまでこの授業を続けます。ですから、終わりの時間はわかりません。途中休憩を入れるようにしますが、なにかあったらいつでも言ってくださいね。

 では本題に入りましょう。

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 もうすぐ10歳になるわたしの一人息子、オガワ・マモルは、2年前、8歳になりたてのときに火星に旅立った。いまは火星第1382居住区に暮らしている。
 5月に送ってきたMATESに「2回目の飛び級が決まりました」と書いてあったので、7月からプライマリースクール6年次に進級するはず。飛び級する子はみんなアドバンスド・クラスにはいるから、たぶんマモルはこの授業を受けていると思う。

(つづく)


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