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生き残されし彼女たちの顛末 第2部 第33章 いとこ同士(2)

 翌9月11日、武昌の3人にとって実質最終日となる上海は、朝から空が晴れ上がった。
 4人は周光立のエアカーで東西三路を西に向かい、右に曲がって南北西二路を北上し、第1地区の西の外れにある、上海真元銀行本店に向かった。約束の9時の15分前に到着した。
 通された会議室でしばらく待つと、総裁を先頭に副総裁2名、4名いる理事のうち2名の合計5人が入ってきた。
 総裁の唐小芳は50代後半の女性。長く周光来の側近を勤めた切れ者とのことだが、柔和な笑みをたたえたソフトな雰囲気の人物である。
 周光立が立ち上がって、唐小芳と握手する。
 挨拶が終わると、周光立が3人を紹介し、唐小芳は上海真元銀行の5人を紹介する。
[それでは、お話をお聞かせいただきましょうか]と唐小芳。
 これまでと同じ内容で、周光来のビデオメッセージから始まり4人が説明をする。
[なるほど。いまのお話を長老と幹部たちの前でされたのですね]と唐小芳。
[はい。おかげさまでお話しさせていただいた方々には、方策についておおむねご賛同をいただいています]
[我々は、口を挟む立場ではありません。決められた方針に必要な対応をするまでです]
[一つお聞きしてもよろしいでしょうか]
同席していた理事の一人、蕭凱(シィアォ・カイ)が発言する。
[どうぞ、お願いします]と周光立。
[シャンハイ・レフュージに移ったのちも、金融システムは、上海真元銀行が引き続き担うということでよろしいでしょうか]
[はい。私たちの考えは、自経団と同じく上海真元銀行も、できる限りそのままネオ・シャンハイに持ち込む、ということです。もっとも連邦と交渉して同意を得なければなりませんが、このことについては易々と引かないつもりでいます]
[ネオ・シャンハイに行っても我々は「お役御免」にならずにすむ、ということですね]
微笑みながら唐小芳。

[重要なお願いをしなければならないのですが、よろしいでしょうか]と周光立。
[胡瑞英元監事からお話をいただいています。ネオ・シャンハイへの移動のための資金についてですね]と唐小芳。
 ダイチが話に加わる。
[私の武漢、さらに奥の重慶、成都ともに、距離の問題もあって、移動のための費用は相当なものになると思われます。いずれも小さな所帯のため、地域の日常的な運営にかかる費用を捻出するのがやっとで、恥ずかしながら移動の費用はとても賄うことはできません]
[ご事情はよくわかります]
[これら3地区の、ネオ・シャンハイへの移動にかかる資金の援助をお願いいたします]
[実は本日、みなさんがいらっしゃる前、早朝会合で胡瑞英元監事からのお話を受けて討議し、副総裁、理事の全員が、本件についての決定を私に一任することになりました]
 一呼吸おいて唐小芳が続ける。
[みなさんのお話をお聞きした結果、全面的な援助を行うこととしたいと思います]
[それは…誠にありがとうございます!]とダイチ。満面に笑みが広がる。
[具体的には、必要な資金全額について、無利子の融資という形で支援します。返済は移動後5年間猶予、6年目以降50年間で均等返済という条件でどうでしょう]
[このうえない条件です。武漢、重慶、成都を代表して、お礼を申し上げます]
[連邦との話がまとまったら、必要な資金の見積もりを出して下さい。それに基づいて約定を結び、融資を実行します。もちろん追加の必要がありましたら対応します。ただし、移動の完了後速やかに精算書を提出していただき、未使用部分があれば、ただちに返還していただくこととします。]
[私からもお礼申し上げます。というか、上海も必ずしも手元の資金ですべてが賄えるか、試算してみないとわからない状態です。ご支援をお願いしなければならなくなるかもしれません]と周光立。
[上海の場合、年利20%でいかがでしょう]と眉間にしわを寄せて唐小芳。
「そ、そ、それはさすがにちょっと…」
[ははは、冗談ですよ、周副総書記」と相好を崩す唐小芳。
[上海の分も、必要に応じて同じ条件でご用立てします]

[周光武のところへ行ってみようと思う。いいかな]と周光立。
[ああ、任せるよ]
 上海真元銀行総裁たちとの会合を終え、エアカーで東西一路を東に向かい、12時頃、南北東一路との交差点にある料理店に入る。
 注文した品が来るまでの間に、周光立はPITを持って電話をかけに行った。しばらくして戻ってくると[着信拒否られた]とひとこと。
 食事後、再びエアカーに乗る。13時頃、東西一路を数ブロック行ったところにある第35支団のオフィスの前まで来る。
 周光立は、今度はオフィスの代表番号に電話する。名前を名乗り、周光武への取次ぎを依頼する。1分経たずにアシスタントらしき者の声が漏れ聞こえる。[そうですか、わかりました]と言って周光立が電話を切る。
[会えない、とのことらしい]
[どうする?]とダイチ。
[よし。こうなったら直接押しかけてみよう。みんな一緒に行ってくれるか?]
[もちろん]「はい」[わかりました]
 駐車場に車を回し、オフィスに下りるエレベーターに乗ると、地下のオフィスのエントランスまで行き、モニターの前でしばらく待つ。
 受付スタッフの顔がモニターに映り[お名前とご用件を]と言う。
[第4自経団の副総書記の周光立です。周光武副総書記にお会いにきました。他の3名は私の同行者です]
[しばらくお待ち下さい]というと受付スタッフの顔がモニターから消える。
 5分ほどしてオフィスの扉が開き、40代の男性が出てきた。
[私は第35支団公安局長の張双天(チャン・シアンティエン)といいます。周光武副総書記から、面会をお断りするよう命じられて参りました]
[重要な話なのです。どうかお取次ぎ願えませんか]とねばる周光立。
[申し訳ありません。お帰り頂けないなら「不退去罪で検挙せよ」と命じられております]
[そこまで…]
[どうか私の立場もお察し下さい]
[わかりました。無理を言って申し訳ない。「連絡を待つ」とお伝えいただけませんか]
[かしこまりました。確かにお伝えします]
 落胆を隠せない周光立。ダイチが運転を代わって、第18支団オフィスへ戻る。
[少し一人にさせてくれないか]というと周光立は執務室に入る。

 上海真元銀行の決定について、武漢、重慶、成都の関係者にMATESで報告しているダイチのところに、高儷がやってきた。
[今日の周光来との約束は何時でしたっけ]と高儷。
[たしか18時だったと思います]とダイチ。
[わかりました。ちょっと考えがあって、ヒカリと一緒に先に行っててもいいかしら。さっき劉静に連絡して、承諾はいただいています]]
[あちらがOKなら、いいんじゃないかな]
[ありがとう]
[なにかやろうとしてるんですか]
[それは、来てのお楽しみ、ということで]

「上海初日」の会見の際に座った卓子に椅子が1脚追加され、合わせて9人が座っている。周光来、劉静、4人に加えて、アシスタントの女性、運転手兼警備の男性と料理人の男性。
 彼らの前にはニッポン風のカレーライスをメインディッシュに、レタスとトマトとキュウリのサラダ、さらにカボチャとナスの煮物。
[カレーライスはインド料理がルーツですが、イギリス風にアレンジされたものが19世紀後半のニッポンに入り、さらにアレンジされて、20世紀半ばころからニッポンの家庭料理の定番になったそうです]と高儷が解説する。
「わたしの息子が火星に旅立つ前日に、家族で食べました」とヒカリ。
[いや、香ばしい匂いがするからどうしたのかと思っていたら、あなた方が作ってくれてたのだね]と、スプーンでカレーとライスを混ぜながら周光来が言う。
[わたしの母も時々作ってくれました。カレーの匂いがすると、心の中で「やった!」と叫んでました]とダイチ。
[ほむと…おいひい…]と、ジャガイモを飲み込み、水を一杯飲むと周光立がさらに言う。
[いろいろな香辛料が使われているようだけれど、どうやって手に入れたんですか?]
 昼間の落胆からは、とりあえず立ち直っているようだ。
[張皓軒副局長が、第8区のインド人街で一番大きい食料品店を教えてくれました]と高儷。
[あいつは街歩きが趣味で、「歩くガイドブック」というところかな]
[そして、李勝文さんのタクシーで連れて行ってもらいました]
[けれどネオ・シャンハイからの交易品が入ってこなくなって、香辛料もかなり貴重なものになっているだろう]と周光来。
[はい。最初に頼んだときは、威圧的な態度で売ってくれませんでした]
[で、どうしたんですか]と、今度はニンジンにとりかかりながら周光立が言う。
[長老のみなさまと一緒に撮影した写真を見せて、「周光来に食べてもらうことになっている」と言ったら、突然低姿勢になって、必要な種類のものを好きなだけ買うことできました]
[ははは、それは痛快」と大きな声で笑う周光来。
[無断でお名前を使ってしまって、申し訳ありませんでした]と高儷。
[なんのなんの、こんなご馳走にありつけるのであれば、いくらでも使ってもらいたい]
[このカボチャとナスもなかなかいけるね]と箸でカボチャを細かく切りながらダイチ。
「それは…わたしが一人で作りました。大丈夫でした?」とヒカリ。
[ほう、腕を上げたんだね、シカリ。高儷先生、いかがですか]と周光立。
[はい、今日のところは合格です。けれどまだまだレパートリーを広げないと]と高儷。
[いやいや、厳しい先生ですね]
[差し支えなければ、今日のお料理のレシピを教えて下さいませんか]と料理人の男性。
[はい、もちろんですとも]と高儷。
 料理人が用意してくれた、フルーツをふんだんに使ったデザートを食べ終わると、茶を飲みながら、食事前に周光立とダイチから聞かされた話を周光来が再確認する。
[自経団のうち9つと上海真元銀行については、ひとまず首尾よく行ったということだね]
[はい。あとはビジネス系、特にキャラバン・コネクションを押さえたら、連邦に交渉を申入れようと考えています]と周光立。
[それでよい。ただ、繰り返しになるが…周光武のことを何とかしてやって欲しい]
[かしこまりました]

 21時過ぎ、周光立ら4人は周光来の屋敷を辞することとした。屋敷の入り口で劉静はじめ4人のスタッフと握手し、最後に周光来と握手し、言葉を交わす。
[楊大地、気をつけて帰るように。万事あまり無理せんようにな。お前は真面目だから]
[ありがとうございます。気をつけます]
[シカリ、これからもうちの孫を助けてやっておくれ]
「わたしでお役に立てますでしょうか…精一杯頑張ります」
[高儷、あなた方がいてくれて心強い。頼みましたぞ]
[かしこまりました]

 劉静がエレベーターで一緒に上がって駐車場まで来てくれた。
[私のような者に楽しい時間をお与えいただいて、感謝しております]
[いろいろとお世話になりました]とダイチ。
[なにかあったら連絡して下さい]と周光立。
 エアカーが動き出す。手を振る劉静の姿が夜の闇に沈んで見えなくなる。

(つづく)


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