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生き残されし彼女たちの顛末 第4部 第70章 非常食deデート

 武漢からの視察団は、ダイチとカオルを加えて18人。彼らを乗せたハバシュが操縦するミニプレインは、12月12日(木)11時頃に上海第18支団の駐車場に到着した。晴れ上がった空に冷たい風の吹きすさぶ日だった。周光立の先導で上海本部オフィスへと向かう。陳春鈴は、はにかんだ様子で一番後ろからついていく。
 オフィスでは本部長たる艾巧玉上海総書記に、監察委員の蒋霞子副総書記、財務部、公安部、商務部の幹部メンバーが出迎えた。
 ケータリングの立食形式で昼食会を行う。本日の視察に同行取材する長江新報の馮万会も参加。楊清立をはじめとする年長者は、艾総書記、蒋副総書記と面識があり、懐かしい話も交えて盛り上がっている。周光立以外の上海メンバーは武漢メンバーとは初対面。そこここに自己紹介の輪ができる。
 周光立、公安部副部長の張双天と長江新報の馮万会は、ミニプレインの定員の関係で11時45分に一足先にオフィスを離れ、ネオ・シャンハイへと向かった。
 13時少し前にオフィスを出て、武漢の18人に艾総書記、蒋副総書記を加えた20人で再び第18支団の駐車場に向かい、ミニプレインに乗り込む。定員一杯となったプレインが、ハバシュの操縦で13時少し過ぎにネオ・シャンハイのプレイン基地に到着すると、一足先に着いた周光立、張双天と馮万会、李勝文と警務隊員の潘雪梅、潘雪蘭と合流した。
 ハバシュがプレイン基地と、プレインの機体について説明する。スペースプレインの乗降口が開いて、ハバシュがメンバーを機体内部へ案内する。内部を回ってひととおり説明がすむと、視察団メンバーはシートに腰かけて、座り心地を確認した、
 成都・重慶のときと同じく、次の視察地点、隣接する登録スポットの一つへ向かう。ハバシュは先に本部オフィスへ。
 登録スポット区画には高儷とヒカリ、張子涵が待機していて、ゲートの仕組みとそこで行われる手続き、簡易登録アプリについて説明する。
[MPワクチンの有効期間は10年ということですが、今回集中的に接種すると、10年後に次回の接種が集中して大変ではないですか?]を武昌総区長の何志玲が質問する。
[仰るとおりです。効果が持続中に重ねて接種しても害はありませんので、年齢や健康状態などを考慮し、次回接種までの期間を短くする住民を選抜して、接種時期を分散させることを検討します]と高儷が答える。
 埠頭側の入口から出て長江沿いの埠頭に立つ一同。
[武漢からの船は、直接ここに接岸し、住民が上陸するのですね]と武漢副総区長の郭偉。
「はい。そのとおりです」とヒカリが答える。
 再び建屋に入る。登録ゲート前の待機スペースを見渡して、総書記の艾巧玉が言う。
[一度にここに待機できるのは何人ぐらいと想定されていますか?]
[ぎゅうぎゅうに詰めれば2000人くらいですが、携行品もあるので、余裕をもって1000人と見積もっています]と高儷。
[到着と登録のタイミングをうまく調整しないと混乱するかもしれませんね]と副総書記の蒋霞子。
[武漢、重慶から船で到着した住民には、タイミングによっては、しばらく船内待機をお願いしなければならないかもしれません]と張子涵。
 一行は登録スポット区画を離れると、建屋の奥へ向かい、大型エレベーターの前へ行く。巨大な扉が開くと、広々としたエレベーターの内部が現れる。
[一度に何人乗れるのですか?]と武漢副書記のグエン。
[定員は200人です。実際には携行品がありますので150人くらいかと]と高儷。
[大型船の1回の乗船人数は約600人ですから、全員運ぶのに4から5往復程度でしょうか]と李勝文。
[このサイズのエレベーターは、ここ1機のみですか?]と漢口副書記の羅静麗。
[地下へ向かうこのサイズのエレベーターは、レフュージ全体では100機ありますが、今回の移動で使うのは、ここからもう少し奥に1機。もう一つのゲートの近くに同様に2機あります]とヒカリが答える。
 28人が乗り込んだ空間は、ガランとした空気感。エレベーターが下るに従って、ヒカリが階層ごとの機能を説明する。
 いったん第6層で降り、マリンビークルの基地へ向かう。ヒカリがイマージェンシーキーで基地の扉を開け、全員が中に入る。
[10隻だと聞いていたが]と武漢副書記の孫強。
「シャンハイ籍のビークルは10隻です。あと1隻はわたしがネオ・トウキョウから乗ってきた小型ビークルです」と言うとヒカリはアルトの隣に行き、話しかける。
「アルト、わたしの武漢でのお仲間ですよ」
[トウキョウからヒカリさんと一緒に来ました、アルトです。よろしく]とアルトが中国語でご挨拶。
[移動のときには、住民をここで下ろすのですか?]と武昌公安局局長の謝瑞麗。
[いえ、上の埠頭に接岸します。登録ゲートを通る必要があるので]と張子涵。
 マリンビークル基地を出て、非常食などの貯蔵庫を視察すると、再びエレベーターに乗って一行は第7層に下り、避難スペースへと案内された。まずは避難当初に全員が一時的に収容される広い運動場のようなスペース。高儷が、区画をさらに仕切るための壁を専用のタブレットを操作して上げると、ルーフを設置した。
[こうしてプライバシーを確保するのですね]と武昌民生局局長になった呉桂平。さらに続ける。
[ここ1ヶ所で、何人くらい収容できるのですか?]
「最大4000人ほどです。少し余裕を見て、区にすると4つというところでしょうか」とヒカリ。
[どれくらいの期間、ここで過ごすことになるのですか?]と蒋副総書記が質問する。
 引き続きヒカリが説明する。
「このスペースの周囲を囲むようにして5階建ての建物のような構造になっています。1階部分が病院などの共用施設で、2階から5階までが仮住居となる個室です。住民の移動が進み、ネオ・シャンハイでの体制ができ始めたら、家族構成や年齢に応じて順次個室を割り当てて移ってもらうことになります。到着したタイミングにもよりますが、長い方は1か月程度、オープンスペースで過ごしていただくことになるかもしれません」
[これから共用施設と個室をご案内します]と言うと、高儷は一同を、まずは1階部分の病院へと案内した。
 病院、シャワールーム、図書室や学習室、トレーニングルームに娯楽室、オフィススペースや多目的スペースを案内された視察団メンバーは、高儷の先導で2階部分に上がる。
[個室は、定員1名と2名の部屋をベースにして、隣との仕切ドアを開放することで、家族構成に合わせた空間を確保できるようにしてあります]と言うと高儷は、定員2名の部屋のドアを開けて、メンバーを招じ入れた。
[よく考えてできています。短い期間で当時の連邦は、ここまでのものを地球上の各地に作り上げたのですねえ]と艾総書記が感慨深げに言う。
[全面核戦争という最大の人災を生き延びた当時の人類には、「避難」ということについてのナレッジが豊富にあった、ということかと思います」と高儷。
 避難スペースの視察を終えると、一行は大型エレベーターで地上に上がり、李勝文が運転するバスでネオ・シャンハイ本部オフィスに着いた。17時近くになっていた。
 民生第一部、民生第二部、技術第一部、技術第二部の案内役以外のメンバーが出迎えて、休憩時間となる。例によって高儷とヒカリがマシンでドリンクを用意し、カオルと張皓軒が各人のもとへ運ぶ。
 30分ほどして、艾総書記、蒋副総書記、そして武漢の18人のうちダイチとカオルを除いた16人を、周光立、ミシェル・イー、高儷、ヒカリの4人で案内し、メインオペレーションルームのサーバーを案内する。
[これがシスターAIで、こちらに武漢サーバーのレプリカを作って同期をとるのですね]と武昌技術局局長を兼ねるグエン。
「おっしゃるとおりです。受け皿の基盤となるプラットフォームを、上海の民間出身のエンジニアが中心になって整備しているところです」とヒカリ。
[そうすると、支団側の作業が本格的になるのは、1月に入ってからですね]
「はい。できるだけスムーズに立ち上げられるよう、こちら側で可能な限り作り込んでおこうと取り組んでいます」
 オペレーションルームに続いて、VRミーティングルームへ。ヒカリが操作したデモ画面が現れると、一同から感嘆の声が上がる。
[簡易VRソフトでもびっくりしたが、本式はやっぱり格段に違うねえ]と武昌副書記のクリシュナ・ヴァルマ。
 ひととおり視察メニューが終わって本部オフィスに戻ったのは18時半頃。成都、重慶のときと同じく、試食会を兼ねた非常食での夕食会。めいめいがストックルームに行って、選んで持ってくる。長江新報の馮万会は、食事も早々に武漢メンバーにインタビューをしている。
[お好きなものを選んでくださいよ]とストックルームで考え込んでいる陳春鈴に周光立が話しかける。
[え、えーと。なんか目移りしちゃって…どれが美味しいですか?]
[どれも美味しいですが、私の好物はこれです]と言って周光立がエビチリを手にする。
[じゃあ、私も…同じのにします]
 そのまま二人はオフィスに戻り、二人きりのテーブルでエビチリをウォーマーで温めた。
 できあがった料理を食べ始めた二人。
[ね。エビがプリプリしてて、美味しいでしょう?]と周光立。
[ほんとです。連邦のお食事って、すごいですね]と陳春鈴。
 見上げるように受け答えする陳春鈴の目が、いつにも増してキラキラしている。
 少し離れたテーブルで、「武昌五人娘」と言うには少し年嵩の5人が、食事をしながら話をしている。
[お姫さま、ついにおデートか?]と張子涵。
「リンリン、楽しそう」とヒカリ。
[へええ。そうなんだ]と呉桂平。
[ちょっと凸凹だけど、お似合いじゃない?]と謝瑞麗。
[なんか、とってもいい感じ」と高儷。

 19時半になった。武漢視察団全員を前に本部長たる艾巧玉上海総書記から挨拶。
[こちらは、着々と受け入れ準備を進めています。全自経団が協力して、難局を乗り切りたいと思います。ご不明の点や気掛かりなことがありましたら、なんなりと仰ってください。どんな些細なことでもご納得いただける回答を差し上げられるよう、上海本部スタッフ一同が対応いたします。これからもよろしくお願いします]
 視察団員から拍手が起こり、艾総書記、蒋副総書記、ミシェル・イーがオフィスの入口に並んで、周光立が引率する視察団一行と握手して見送る。
 再び李勝文がバスを運転し、しばらく上海に滞在するダイチとカオルを除く16人に、周光立とカリーマ・ハバシュ、潘雪梅と潘雪蘭が同乗してプレイン基地へ向かう。
 ハバシュが乗り込んでエンジンを起動すると、乗降口のところで周光立が乗り込む一人一人と握手して見送る。最後に乗り込むマオ委員会委員長の楊清立と言葉を交わす。
[お爺様によろしくお伝えください]
[申し伝えます]
[周光立、あなたも大変でしょうが、あまりご無理なさらないよう]
[ありがとうございます。楊委員長も、どうかご息災で]
 周光立が本部オフィスに戻ると、艾総書記と蒋副総書記、ダイチ、カオル、ミシェル・イーが待っていた。
[今日はどうもお疲れさまでした」と総書記。
[艾総書記、蒋副総書記、長丁場になりましたが、ありがとうございました]と周光立。
[上海の総書記会メンバーと支団書記にも、視察の機会を是非アレンジしてください]
[かしこまりました。できる限り早くに実施できるよう、アレンジします]
[それから、さきほど楊清立とお話しした件]
[3地区を総書記が訪問されて、区長クラスの自経団幹部と会見する件ですね]
[1月に入ると、みんな一層忙しくなるでしょうから、こちらも今月のうちでアレンジをお願いします]
[かしこまりました]
[楊大地、李薫、サポートをお願いしますね]
[かしこまりました]とダイチ、カオル。

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~MATESチャット:陳春鈴と汪花琳~
陳春鈴:起きてる?
汪花琳:うん。
陳春鈴:今日は…同じテーブルで二人きりでお食事しちゃった!
汪花琳:やったね!
陳春鈴:周囲に人がいたし、連邦の非常食なんだけど、とっても美味しくって。それに…
汪花琳:嬉しかった?
陳春鈴:うん。じゃあ寝るね。今夜は…
汪花琳:眠れない?
陳春鈴:いい夢が見れそう!
汪花琳:ははは。おやすみ。

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~カオル(李薫)の独白~
 夜の非常食試食会。彼女は、呉桂平、謝瑞麗、高儷、張子涵と5人で一緒に食事をしていた。彼女がお手洗いに立ったタイミングを見計らって、さりげなく僕も席を立って、お手洗いから戻ってきた彼女に声をかけた。少しぎこちない笑みを浮かべた彼女に「この週末会えないか?」と話し、「仕事が忙しい」というのを「少しは息抜きが必要だよ」と言って、今度の日曜の夜、二人で食事をすることになった。やった!

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~周光武の独白~
 最大のクスリのグループと裏で協力して、弱小グループの摘発を進めた。その結果、グループの数は激減したが、最大のグループを含めて3つの残ったグループが、消滅したグループのシェアを分け合っただけのことになった。なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのか、と悔やんでも仕方なく、いまさら彼らを裏切るわけにもいかず…と煩悶しているところに、「ネオ・シャンハイが空っぽになった」という情報がキャラバン・コネクションを通じて入ってきた。

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(つづく)


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