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生き残されし彼女たちの顛末 第5部 第89章 撤収

 6月5日木曜日、連邦スタッフの勤務最終日、MP1027号は朝一番に重慶に向かい、後衛部隊を収容して、ネオ・シャンハイに11時半に到着した。乗務員が交代して、午後から武昌との間を二往復する。
 明日ムンバイへ撤収する本部の連邦スタッフが、プレインで武昌へ向かうダイチと張子涵を見送る。
[お二人とも、くれぐれもお気をつけて]とミシェル・イー。
[みなさん、本当にありがとうございました。道中ご無事を祈ります]とダイチ。
【また、どこかでお会いしたいですね】とシリラック。
[はい。ぜひ会いましょう]
【この先、こちらのみなさんのお役に立つ仕事ができれば、と思います】とハバシュ。
[武上物流が航空事業に乗り出したら、パイロットとして招請させてもらうので、そんときはよろしく]と張子涵。
 握手を交わし、ハグをし、別れを惜しむ。
 武昌へ向かうフライトの船長はリチャードソン。ダイチと張子涵を乗せて13時にネオ・シャンハイを発ち、14時に武昌の駐機場に到着する。
 降りる際にコックピットに立ち寄り、ダイチと張子涵はリチャードソンと副操縦士に挨拶をする。
[ありがとうございました]とダイチ。
【小型機で短期間だったが、お役に立てたなら嬉しいよ】とリチャードソン。
[どうぞ気をつけてお戻りください]と張子涵。
【君たちこそ、ご無事で】
 プレインから降りると、武昌は曇り空。副総区長で第15区の区長である郭偉が、本日2回のフライトで移動する第15区の高齢者、弱者の1つめのグループを乗船させるべく準備していた。軽く言葉を交わす。
[郭偉は2回目のフライトで移動ですね]とダイチ。
[はい。何事もなければいいのですが]と郭偉。
[どうぞご無事で]
[楊大地、張子涵もご無事で。ネオ・シャンハイでお会いしましょう]
[ありがとうございます]と張子涵。
 二人は迎えに来ていたカオルのエアカーへと向かった。
 助手席側の扉を開けようとしたら、ロックがかかっている。運転席のカオルは気づかない様子。ウィンドウをトントンと叩いても反応がない。やむなく張子涵が運転席側に回り、少し強めにノックすると、やっと気づいたカオルがロックを解除した。
 二人が乗り込むと、ゆっくりとエアカーが発進する。運転動作が鈍いように見える。
「どうした。カオル。大丈夫か?」とダイチ。
「あ、はい…大丈夫です」
[寝不足じゃねえか? 李薫]と張子涵。
[大丈夫…たぶん]

 第15区の一般移動者は、昨日すでに武昌を後にして大型船で上海へ向かっていた。武昌書記のグエン、楊清立顧問と徐冬香法院院長の夫妻、呉桂平民政局局長が同行している。本日プレイン2便での移動が終了すれば、残りは後衛部隊のみとなる。ダイチとカオル、張子涵が同行する後衛部隊の撤収のため、本日朝、シャンハイから大型船が出航した。武昌着は8日の日曜日。翌9日月曜日に武昌を発ち、11日にシャンハイに到着する予定。
 武昌支団オフィス。支団スタッフは3人の他にはもう残っていないが、後衛部隊のスタッフで結構賑やかだ。
 ダイチ、張子涵は、久しぶりに幹部用ミーティングルームに入り、カオルと最終確認手順について打ち合わせた。
 漢陽と漢口は、すでに各支団撤収時に確認しているが、念のため200人のうち100人が6日一日を使って確認する。武昌は6日に100人で捜索を始め、7日朝からは200人全員で手分けして念入りに捜索する。8日の午前中いっぱい捜索を行い、問題がなければ、8日に入港予定の船に、9日に全員乗船する。
 スタッフの担当エリアの割り振りを行って、ミーティング終了。
[なあ。李薫だけど、ちょっとおかしくないか?]と張子涵がダイチに言う。
 カオルは先にミーティングルームを出ていた。
[たしかに。もともと活発なタイプではないし、表情も出さないほうだが、それにしてもなんか。鈍いというか]とダイチ。
[本部スタッフとしての調整や連絡を、こちらでずっと一人でやってたから、ストレスで結構、きてるんじゃないかい?]
[かもしれない。残りの業務は私と張子涵が中心になって進めよう]
[承知]
 二人がミーティングルームを出た。カオルは自分のデスクで、何か考え込んでいるような風だった。

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~カオル(李薫)の独白~
 とんでもないことを言ってしまった…
 彼女のことを傷つけてしまった。
 どうしよう。
 取り返しのつかないことを…

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 武昌第15区の一般移動者を乗せた大型船は、よく晴れた6月6日金曜日の朝7時に、無事ネオ・シャンハイの埠頭に到着した。
 グエン書記や顧問の楊清立を含む約600人の一行は、移動確認アプリにPIT認識番号を読ませ確認すると、登録ゲートへと向かった。全ゲートを使って登録、MPワクチンの接種をし、8時半には船の乗組員を含め全員の登録が確認された。
 その日の朝11時に長江対岸の埠頭を発った小型船3隻に、上海後衛部隊の最後の約250人が分乗して移動し、12時頃にシャンハイ埠頭に相次いで接岸。乗組員を含め13時には登録、MPワクチンの接種まで終了した。
 上海最後の一団の中には、長江新報の馮万会をはじめとするプレス特別枠で残っていた者もいた。彼らは他3地域のスタッフとともに、今回の移動に関するドキュメンタリーを制作する計画で、その素材集めのため、馮万会は移動期間の大半を上海側で過ごしていた。
 直後に本部スタッフのうち未登録だった周光立、民生第一部の張皓軒、李勝文、陳紅花、技術第一部のアドラ・カプールとヒカリ、公安部の張双天の登録と接種が終わった。
 早速AIで移動計画と照合し、ネオ・シャンハイへの連邦市民登録が未了なのは、ダイチ、カオル、張子涵、武昌の後衛部隊のメンバーと、迎えに行く大型船の乗組員のみであることが確認された。この確認結果は、ただちに武昌のダイチたちに伝えられた。

 連邦スタッフ撤収のためのMP1027号の出発予定時刻は、6月6日の15時とされていた。ここまでの移動計画の遂行を見届け、予定通り出発することとなった。ネオ・ムンバイまで6時間弱のフライトで、21時に到着予定。
 14時半には、撤収するスタッフがプレインの前に集合していた。エンジンを起動させるためにいったん乗船していたリチャードソンと副操縦士が、再び降りてきて集団に加わった。ダイチ、カオル、張子涵を除く対策本部スタッフ、そして3地域の幹部スタッフの多くが見送りに集まっていた。
 最初に、2月に派遣された航空要員。つい先ほどまでシャンハイ籍のプレインを、津波に備えて格納庫へ納める作業を行っていた25人が、並んで礼をする。周光立が一人一人と握手し、見送りの拍手と感謝のかけ声の中、一列になって乗船する。
 次に、本日の操縦士となるリチャードソン船長と副操縦士。拍手の中、周光立が感謝の言葉をかけると「みなさん、ご無事で」と言いながら乗り込む。
 そして連邦アドバイザーでシステムを中心に支援したトンチャン・シリラック。アドラ・カプールをはじめ技術第一部のメンバーが駆け寄り、握手をすると、拍手に応えて手を振りながら乗り込む。
 航空司令補のカリーマ・ハバシュの元には、航空輸送でお世話になった形の、成都の副書記の陳香月と重慶第2支団副書記の郎雪が駆け寄る。二人としっかりとハグすると、民生第一部のメンバーと握手をし、拍手の中乗り込む。
 最後に、リエゾンオフィサーとして連邦との調整役を担い、多くの意思決定にも関わったミシェル・イーこと于杏(イー・シン)。周光立と握手し、拍手の中、乗降口の前まで進んで、そこで立ち止まった。振り向くと、見送りの集団の最前列にいるパートナーの張皓軒のところに駆けて行き、体を預けるようにしてぎゅっと抱きしめた。拍手が静まり、そこここに溜息が漏れた。黙ったまま抱き合う二人。ミシェル・イーの頬を涙が伝っていた。
 2、3分ほどそうしていただろうか。回した腕をいったん解き、至近距離で見つめ合うと、もう一度だけ軽く抱き合い、それからミシェル・イーは乗降口に向かった。再び拍手が起こった。乗降口のところで一度だけ振り返ると、彼女は乗り込んだ。
 デイヴィッド・カール・リチャードソン船長が操縦する多目的型スペースプレインMP1027号は、予定通り6月6日の15時にネオ・シャンハイを発ち、晴れ上がった空の下を、マオ対策AOR収容プロジェクトの要員と合流して月の連邦本部に撤収すべく、ネオ・ムンバイへと向かった。

 恒星間天体マオのインパクト(地球への衝突)を1週間後に控えた6月7日土曜日。地球上でまだレフュージの外にいることが確認されている人間は、ダイチをはじめとする武昌の後衛部隊と、彼らを迎えに行く大型船「武上(ウーシャン)号」の乗組員だけだった。
 武上号は武漢籍の大型船。張子涵が総経理を務めていた武上物流の持ち船で、武漢からの移動第一陣を乗せてネオ・シャンハイに向かい、その後専らシャンハイ・武漢間に就航していた。「長江一の優れモノ」と張子涵が自慢するだけあって。整備状況は申し分なく、船舶関連を統括する陳紅花も「最後まで問題なく航行できる」と太鼓判を押していた。
 武上号は武昌第12区の一般移動者を運んで6月3日にシャンハイに到着。中1日の整備点検期間をとって、5日の13時に武昌に向けてシャンハイを発ち、8日の昼頃に武昌に到着する予定だった。
 一方武漢では、ダイチと張子涵が中心になって最終確認を進めていた。漢陽と漢口は6日のうちに完了し、最後、かなりバタバタと移動した武昌を念入りに捜索する。リーダー格の10人にグループを率いさせ、8日の午前中まで、全戸を最低2回確認させた。
 武上号から「武昌入港」の連絡が6月8日の日曜日の11時過ぎに入り、張子涵は埠頭へと向かった。乗組員は全員武上物流の従業員で、顔馴染みである。
 ダイチは、捜索を終えて武昌支団オフィスに戻ってきた後衛部隊メンバーから最終報告を受け、問題ないことを確認。雨の中最後まで捜索・確認作業を行った200人に労いの言葉をかけた。それから撤収の手順について説明。各自携行品の荷造りを今日中に行い、明朝7時からバス4台を走らせ、8時を目途に武昌の埠頭に集合する。捜索のグループを班と同じ扱いにし、リーダーが区長助理役でアプリによる確認を行う。特に問題なければ9時に出航する。シャンハイへの到着は11日の朝7時の予定。
 カオルはダイチの横に立って後衛部隊メンバーに向き合う形になっていた。しかしその目は虚ろで、ぼんやりと遠くを見ているようだった。ダイチが解散を告げてメンバーが散り散りになった後も、立ち尽くしたままだった。
「おい、カオル。大丈夫か」
「…あ、はい。ついぼんやりと。すみません」
「君のエアカーは、私が運転する。いいな」
 カオルは黙って頷いた。
 武昌最後の夜を、ダイチとカオルは自宅で過ごし、張子涵は、上海に移った後に宿所としていた、埠頭近くの武上物流の宿泊施設で過ごした。
 ダイチと張子涵は、生まれ故郷を後にする感慨よりも、最後まで任務をやり遂げる責任をひしひしと感じていた。おそらく感慨のほうは、ネオ・シャンハイに辿り着くことが確実になった頃に湧いてくるのだろう。
 そしてカオルは…身の回りのものをまとめるのがやっと、という状態だった。

 6月9日月曜日。昨日の雨は上がったが、いつ降り出してもおかしくなさそうな空模様。
 朝6時にダイチはカオルのエアカーを運転し、カオルの自宅に寄って彼をピックアップすると、埠頭へと向かった。二人が埠頭へ着いたときには、張子涵はすでに武上号に乗り込んでいた。
 7時少し前から徒歩の者が集まり始め、4ヶ所の仮集合地点との間をピストン輸送するバスに乗った者が続々と集合した。8時には最後のバスが到着し、リーダーが点呼して全員揃ったことが確認された。
 8時過ぎに乗船開始。リーダーが移動確認アプリを使ってグループ全員が乗り込んだことを確認する。10グループ全部完了したところで、張子涵がPITの移動確認アプリで乗組員、カオル、ダイチ、そして自分の乗船確認をする。ネオ・シャンハイの張皓軒から、全員の「乗船」がデータ上確認されたとの連絡が入った。
 かくして武上号は、予定通り6月9日9時に武昌の埠頭を後にした。

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~カオル(李薫)の独白~
 どうしてあんなこと口にしたんだろう。
 僕は彼女を傷つけた。
 彼女に嫌われたに違いない。
 ああ、僕はネオ・シャンハイに行っても居場所がない…

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(つづく)


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