生き残されし彼女たちの顛末 第5部 第92章 衝撃波
18時19分、突風の到達予測時刻まで残り27分になっていた。
[生体スキャンは?]と張皓軒に高儷が叫ぶ。
[ちょっと待ってください…結果が出ました。現地点から第7層にかけては反応無し。周辺にも李薫の識別番号による反応はありません]
[船内に留まっているかもしれない]とダイチ。
[武昌を出る前から様子が変だった。PITの電源が切れて眠り込んでるのかもしれない]
[あたしも注意しておくべきだった]と言う張子涵。
その横を通って、ダイチが扉のほうへ向かう。大きな扉はすでに閉じられ、人一人が通れる緊急用扉だけが開いていた。
[楊大地、どうするつもりですか?]とグエン。
[一人で行かせるわけにはいかない]と周光立。
[自分も行きますぜ]とジョン・スミス。
[いや、私が一人で行きます。武昌撤収の責任者は私です。全員を安全に収容する責任があります。と同時に副本部長代行として、多くの方を危険に晒すわけにもいかない]
[なにも楊代行が行かなくても]と張皓軒。
[下船時の確認を怠ったのも私の責任だ。それに彼の状態によっては、ニッポン語でコミュニケートが必要かもしれない]
[わかった。議論している時間が勿体ない。楊大地に任せよう]と周光立。
扉を抜けて外に出ようとするダイチの背中に、すがりつくかのような声をかける張子涵。
[楊大地…約束だぜ]
[ああ、たっぷりおめかしして待っていてくれ]と言うと、ダイチは振り向いて笑顔を張子涵に投げた。
それから扉のところに行って、ジョン・スミスに小声で一言。
[いざというときは、私たちのことは構わずに、お願いします]
そして彼は外へと出て行った。
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~ダイチ(楊大地)の独白~
走って武上号の舷側に着いたときには、18時26分になっていた。
「カオル!」
船全体に向かって呼びかける。返事はない。
たぶん下層の船室だろう。ボクは船に乗り込み、階段を下りていく。「カオル!」と呼びかけながら、区画ごとに探していく。
一番奥の区画に彼を発見したのは18時35分。瞼を閉じてピクリともしない。「カオル!」とさらに呼びかけながら肩を揺らすと、あたかも振動で勝手に開いたような形で、彼は目を開いた。
「さあ、行くぞ」とボク。
カオルは虚ろな目で、答えようとしない。
「いったいどうしたんだ?」
「ぼ、僕は…このままここにいて…サユリの元へ行く」
「何を言っているんだ」
「僕は…彼女のいるネオ・シャンハイへは…行かない…行けない」
「ひょっとして、おまえヒカリと何かあったのか?」
「…どうして…」
「今朝ヒカリとPITで話した。お前に謝らなければならないことがある、と言っていた」
「…嘘でしょう?」
「俺が嘘を言ったことがあるか?」
「本当なんですか?」
「ああ。だからおまえは、サユリの元ではなく、ヒカリの元へ行かなければならない。そして、ヒカリと話をしなければならない」
「…わかりました」
カオルが荷物を持って立ち上がったときには18時38分になっていた。ふらつく足下の彼に、ボクが肩を貸して、船室から表に出る。空はさらに不気味な色の曇り空。
埠頭に上がったところで、カオルの足がしゃんとしたように見えた。
「時間がない。走れるか?」
「はい」
登録ゲートに向かって走り出してしばらくしたとき、カオルの後頭部を握りこぶしほどの大きさの噴出物が直撃した。膝からへなへなと崩れ落ちるカオル。荷物はあきらめて、後ろ向きになって彼の体を引き摺るようにして、皆が待つ登録ゲートのほうへ、じりじりと近づいた。
あと20m、というところまで来ただろうか。
鼓膜が破れんばかりの爆音…
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~ヒカリの独白~
マオのインパクトにより発生する電磁波などが、シスターAIの稼働、そしてマザーAIとの通信に悪影響を及ぼさないかをモニタリングするため、6月14日の早暁から、わたしは地下7層のメインオペレーションルームに詰めた。
6時頃、電波状態のモニタリングの意味も兼ねて、ダイチのPITに電話した。用件はほとんど話せたけれど、案の定、インパクトの直前に通話が切れた。
それからは、月のシリラックと連絡してマザーAIとシスターAIとの連携を確認。やはりインパクトの際に強烈な電磁波の撹乱が生じたらしく、そこここに連携の不具合が起こっていた。一つ一つシリラックとチェックのうえ調整をし、ひととおり終わったときには、お昼近くになっていた。
その時点では、ダイチたちの乗る武上号は14時頃到着予定だったけれど、13時頃に機関が完全に止まって、17時から18時の間に到着予定に変更になったとのこと。本当にギリギリ。そのままオペレーションルームでモニタリングを続けていたら、17時50分に到着したとの知らせが、陳紅花からの一斉MATESメールで送られた。
実は午後のモニタリングは気が気じゃなくて、「上の空」状態だった。だから無事到着したと聞いて、心底ほっとした。
やっとダイチに会える。張子涵に会える。
そして…カオルに会って、この前のことを謝って、もう一度彼としっかり向き合おう。
エレベーターホールから、武昌の後衛部隊の人たちがオペレーションルームの前を通って、三々五々自分の区の避難区画に向かっている。
一瞬、地下7層の躯体がしなったような気がした。衝撃波が襲ったのだろう。
それにしてもダイチやカオルが通るのが遅い。登録ゲートでなにか不具合でもあったのかしら。
6人乗りの自動運転のカートがエレベーターホールのほうへ向かっている。医師と看護師らしき人たちが二人ずつ。医療ロボットらしきものも二体。
エレベーターの扉が開いたらしい。女性の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「ダーディー、ダーディー…」
ダイチの名を呼ぶその声の主は…張子涵?
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