ユダの神の人とベテルの老預言者 ①
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たとえ王宮の半分をくださっても、わたしは一緒に参りません。ここではパンを食べず、水も飲みません。 主の言葉に従って、『パンを食べるな、水を飲むな、行くとき通った道に戻ってはならない』と戒められているのです。
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「貧しくても利口な少年の方が、老いて愚かになり忠告を入れなくなった王よりも良い」
という言葉の通り、若き日には知恵と分別とに満ち満ちていた賢王ソロモンであったが、その老境に至って耳も心もかたくなになり、多くの愚かな罪を重ねるまでに堕ちた。
すなわち、「ファラオの娘のほかにもモアブ人、アンモン人、エドム人、シドン人、ヘト人など多くの外国の女を愛し」、そのとりことなった事によって、「心は迷い、イスラエルの神、主から離れた」のであった。
かくして、老い、愚かになった暗君ソロモンは、外国生まれの妻たちのために、エルサレムの東の山に聖なる高台を築いて、そこで彼女らとともに異教の神々に香をたき、いけにえを捧げることで、他の神々にまで従った。
それゆえ、主なる神は怒り、二度も彼に現れて、 そのようにふるまってはならないと戒めたが、「ソロモンは主の戒めを守らなかった」のである。
結果、ソロモンの死後、ほどなくして王国は分裂し、民も分裂し、結束を失い、力を失い…というふうに、国は衰退の一途をたどっていった。
あげくのはては、北イスラエル国はアッシリアによって、南ユダ国はバビロンによって侵略せられ、わずかに生き残った人々は捕囚とせられ、手足や首に軛を負わせられ、敵国の地へと連れ去られ…というふうにして、国と民にとって最大の恥辱と苦しみの結末を差し招くこととなってしまったわけである。…
私は先般、このようなユダとイスラエルの屈辱の歴史について、主なる神がどのようにして民の呻きと嘆きと哀歌に報いようとしたかを、『喜びの神殿』の中で綴った。
すなわち、七十年にも及んだ捕囚と奴隷の軛の下で、なおいっそうのこといじけ、ひねくれ、かたくなになっていた人々の心を、いかに励まし、勇気づけ、神の選民としての自信を取り戻させようとしたかを、「神殿再建」の記録と預言書を通して説き明かしてみせたのである。
がしかし、いつの時代にあっても、主なる神への背信と反逆を遺伝子レベルにおいて選好するユダとイスラエルの民たちとは、ひと握りの者たちを除いては、おおよそ、主なる神の御心を悟ることがなかった。
それゆえに、彼らはモーセの時代からそうして来たように、いつもいつでも預言者や先見者たちを迫害し、虐待し続けた――その最大にして究極のふるまいこそが、まさにまさしく「ナザレの人イエスの殺害」であったのである。
それゆえに、
私は今般、ふたたび”霊”に促されて、そんな「神の人」に対する迫害の歴史が、けっして過去のものでも、聖書の中の逸話に限ったものでもなく、いかに今日においても連綿と継続せられているかについて、ここに書いてみようと思い立った。
「獅子身中の虫」とはまことに言い得て妙というもので、今回はそのように、いかに内部からの侵食が「神の人」を滅ぼしたのかという一例について、語ってみようというのである。
さりながら、
あらかじめはっきりと断っておくが、これから私が説き明かそうとすることについては、心の中に「不可視の教会」を持つ人間でなければ、いくら言ったところで、けっして理解することも、悟ることもままならない。
くだんの老いさらばえて、心迷い、もはや主なる神直々の訓戒をすら聞き入れなくなったソロモンのごとく、ユダとイスラエルとは伝統的に「心かたくなにして、耳は鈍く、目の暗い」民族であったように、
己の心に不可視の神殿、すなわち、永遠に生きるイエス・キリストの霊を宿していない者とは、いかに耳で聞いても理解することがなく、どんなに目で見ても悟ることもない、
なぜとならば、「よく聞け、しかし理解するな。よく見よ、しかし悟るな…その心で理解することなく、悔い改めていやされることのないために」というふうに、ほかでもない「神の言葉」によって、あらかじめ定められているからである。
それゆえに、すでにそのように定められた人間たちに残された、実行可能なことがあるとしたらば、意識的にも無意識的にも、私がこれから説き明かそうとしているひとつ事でしかない――すなわち、「神の人」をいかに惑わし、騙し、欺いて、自分たちとともに滅びの運命をまっとうしてくれるように滅ぼすか、これである。
ここに、旧約聖書「列王記」の中に書き記された、一見まことに奇妙な挿話が残っている。
ソロモンの死後、王国が分裂し、片方をソロモンの子レハブアムが、もう片方をネバトの子ヤロブアムが統治していた時代の話である。
レハブアムとは、晩年のソロモンを生き写したような、いやそれよりもさらに劣悪な「バカ殿様」でしかなかったが、ヤロブアムにいたっては若き頃より有能な人物で、預言者アヒムからイスラエルの十二部族のうちの「十の部族をあなたに与える」という、神の言葉を与えられていた健児であった。
が、先に結論から述べてしまうと、この、あるいはアサやヨシヤのような賢君として歴史に名を残せたかもしれないヤロブアムにあっても、レハブアムと同様、生粋のバカ殿様としてしか、ふるまうことを得なかった。
それは、
「彼(ヤロブアム)はよく考えたうえで、金の子牛を二体造り、人々に言った。「あなたたちはもはやエルサレムに上る必要はない。見よ、イスラエルよ、これがあなたをエジプトから導き上ったあなたの神である。」 彼は一体をベテルに、もう一体をダンに置いた。 この事は罪の源となった」
というふうにも聖書に記されているとおりであり、
レハブアムというもう一人の暴君のために、その心に恐れを抱いたヤロブアムは、よくよく考えたうえで、二体の金の子牛という偶像を造り、それに民の心を向けさせることによって、己への忠誠を促し、そのようにして、己の地位の確立と保全をはかったのであった。
これは余談だが、「罪」とはおおよそ、このような構図の中でくり返される傾向にあるものである。それのなんであれ、どんなものであれ、人が心に恐れを抱くときに、罪は機会を得て、その者を罪に誘うのである。それゆえに、恐れとは、罪の忠実な友であり、最良のパートナーと言えるのである。
またそれゆえに、たとえば、大患難時代がどうした携挙がどうしたハルマゲドンがどうしたのとうそぶいては、オラが宗派に献金しオラが教義に従いオラが教会のバプテスマを受けなければけっして救われないだのいう「恐れ」――ただそれだけ――を人心にばらまき続けている今日びのアホの極みどもとは、ただただ今世紀最大のバカの見本市であるばかりか、「死に至る罪」にとっての永遠不変の伴侶なのである。…あくまでも余談ですが。
そんな臆病にして、有能ではあってもしょせんは愚者たるにすぎなかったヤロブアムにして、自らのために造ったベテルの祭壇において、金の子牛像へ向かって香をたいていた時のことであった、
とある一人の「神の人」が、主の言葉に従って、ユダからベテルに上って来ると、ヤロブアムの立っている祭壇に向かって、こう呼びかけた。
「祭壇よ、祭壇よ、主はこう言われる。『見よ、ダビデの家に男の子が生まれる。その名はヨシヤという。彼は、お前の上で香をたく聖なる高台の祭司たちを、お前の上でいけにえとしてささげ、人の骨をお前の上で焼く。』」
その言葉を聞いて、またたくまに心に恐れを抱いたヤロブアム王は、祭壇から手を伸ばし、「その男を捕らえよ」と命じたが、その神の人に向かって伸ばした彼の手は、またたくまに萎えてゆき、もとに戻すことができなくなってしまった。
そこでヤロブアムは、「どうか、あなたの神、主をなだめ、手が元に戻るようにわたしのために祈ってください」と、神の人に懇願した。そして、その通りに萎えた手をいやされ、元通りにしてもらったのだった。
が、次にヤロブアムが神の人に対して、「一緒に王宮に来て、一休みしてください。お礼を差し上げたい」と誘ってみたところが、 神の人は冒頭のように答えて言ったのだった、
「たとえ王宮の半分をくださっても、わたしは一緒に参りません。ここではパンを食べず、水も飲みません。 主の言葉に従って、『パンを食べるな、水を飲むな、行くとき通った道に戻ってはならない』と戒められているのです」、と。
さらには、「その人はベテルに来たとき通った道に戻ることなく、ほかの道を通って帰って行った」とも書かれてあり、
それゆえに、ここまでに限っては、ここに登場する名もなき「神の人」とは己に告げられた神の言葉のとおりに聞き従い、神に言われたとおりに実行していたわけである。
ところが――
ここから先がこの文章の主眼となっていくのであるが、
同じ無名の神の人が、ベテルからの帰り道に、樫の木の下で休んでいると、一人の男がろばに乗ってやって来て、彼に問いかけた、
「ユダからおいでになった神の人はあなたですか。」
神の人は、「わたしです」と答えた。
すると、ろばにまたがった男は言った、
「一緒にわたしの家に来て、食事をなさいませんか。」
神の人はふたたび答えて言った、
「一緒に引き返し、一緒に行くことはできません。ここで一緒にパンを食べ、水を飲むことはできません。 主の言葉によって、『そこのパンを食べるな、水を飲むな、行くとき通った道に戻るな』と告げられているのです。」
しかし、ろばの男はさらに言った、
「わたしもあなたと同様、預言者です。御使いが主の言葉に従って、『あなたの家にその人を連れ戻し、パンを食べさせ、水を飲ませよ』とわたしに告げました。」
そこで神の人は、ろばの男の言葉に従って、もと来た道を「共に引き返し、彼の家でパンを食べ、水を飲んだ」のであった。
そうして、ろばの男と神の人とが、共に食卓についている時のことだった、
突然、主の言葉がろばの男に臨み、彼はユダから来た神の人に向かって、大声で言った、
いわく、「主はこう言われる。『あなたは主の命令に逆らい、あなたの神、主が授けた戒めを守らず、 引き返して来て、パンを食べるな、水を飲むなと命じられていた所でパンを食べ、水を飲んだので、あなたのなきがらは先祖の墓には入れられない。』」
――それから起こった事とは、すべて、主なる神の言葉通りであった。
つまりは、このまことに哀れなるユダから来た名もなき神の人は、ろばの男のろばに乗って帰ろうとした道の途中で、 一頭の獅子に出会い、殺されてしまったのである。
そして、そのなきがらは道に打ち捨てられたまま、「ろばがその傍らに立ち、獅子もそのなきがらの傍らに立っていた」のだった。…
さて、
これらのことは、すべて「列王記」に書かれているとおりの事柄である。したがって、読めばだれにでも、その言葉のとおりに理解できる話にすぎない。
そこで、いちおう断っておくとすると、私はこの神の人に話しかけ、自分の家に来るようにと誘った男を「ろばの男」というふうに書いたが、聖書に記載されてあるとおりに言い直すならば、彼はベテルに住む「老預言者」であった。
それでは、どういうことになるのか――。
一人の老預言者が、一人の神の人に対して、「主の命令に逆らう」ように仕向けたというのだろうか――
そんな奇異にして不可思議な出来事が、なにゆえにかつて実際にあった事件として起こったのであろうか――?
始めから述べて来たことと、よくよく照らし合わせて考えてみるならば、
こんな、一見しただけでは実にもって奇体な挿話が、いったいなんのためにソロモンの死後、その跡を継いだ愚息レハブアムと、悪王ヤロブアムの時代における逸話として、聖書に差しはさまれるようにして書き残されたのか、おのずから見えて来るというものである。
冒頭から述べて来たように、私はそれを説き明かすようにと促されて、この文章の筆を執った。
だから、”霊”に満たされて、ここであらかじめはっきりと言っておく、
「彼はその人を欺いたのである」
と聖書に書かれてあるとおりに、ろばに乗った老預言者とは、とりもなおさず、生粋の、生来の、生まれながらの「偽預言者」であった。
そして、偽預言者であるがゆえに、神の人を惑わし、殺すために遣わされた、神の下から出て来たサタンの使いであった。
さらには、生まれながらにして闇の子であったそれがゆえに、まさにまさしくその天性の才をもって、まんまとユダの神の人を欺くと、ついにはほんとうに彼を殺してしまったのだった。…
つづく・・・