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<スペシャル対談>「高齢者の心と体の自律を促進し、健康長寿社会の構築に貢献する」高齢者医療の最前線を担う国立長寿医療研究センター

愛知県大府市に位置する国立研究開発法人 国立長寿医療研究センターは、高齢者医療の推進において中心的な役割を担っています。
 
なかでも認知症やフレイルといった老年症候群に焦点を当て、認知症先進医療開発センター、もの忘れセンター、老年学・社会科学研究センター、先端医療開発推進センター、健康長寿支援ロボット研究センター、メディカルゲノムセンターなどを整備。高齢者医療のモデルとなる医療の提供、研究・人材育成・地域と連携した取り組みなどを積極的に行い、健康長寿社会の実現に向けて尽力しています。

今回の対談では、理事長の荒井秀典氏をお迎えし、センター設立の背景とお取り組み、荒井氏の専門分野であるフレイル、そして習慣化に対する期待などについてお伺いしました。

・国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 理事長 荒井秀典 氏
・株式会社WizWe 代表取締役CEO 森谷 幸平


国立長寿医療研究センター設立の経緯とお取り組み

森谷:国立長寿医療研究センター設立の経緯を教えていただけますか?

荒井氏(以下、荒井):日本には6つの国立高度専門医療研究センター(6NC)があり、その中で最も新しいのが国立長寿医療研究センターです。高齢者医療や老化研究に特化した研究を進めるため、平成16年に国立長寿医療センター(国立高度専門医療センター)として開設されました。平成22年に独立行政法人化し国立長寿医療研究センターとなり、平成27年には研究開発法人に移行しました。専門領域における最先端の診療と研究を行っており、6NC横断的な研究も進めています。

私たちは「高齢者の心と体の自律を促進し、健康長寿社会の構築に貢献する」ことを理念として活動しています。高齢者が健康であることだけでなく、病気があった場合でも自立した生活を住み慣れた土地で送っていただきたい、そして最期まで住み慣れた場所で悔いのない人生を送っていただきたいと考えています。

日本は世界で最も高齢化が進んでいる国の一つです。高齢者の診療問題だけでなく、社会科学的な課題も多く抱えています。国立長寿医療研究センターはそういった課題に対応するために学際的な研究を行っています。

森谷:素晴らしい理念ですね。

荒井: ありがとうございます。この理念は平成22年に初代総長の大島伸一が着任した際、スタッフの公募によるアイデアをブラッシュアップして作成されました。私たちはこの理念と基本方針を心に留め、日々の職務に励んでいます。

森谷:国立長寿医療研究センターのお取り組みについて教えていただけますか?

荒井:当センターは病院と研究所で構成されています。病院では、循環器や呼吸器など、様々な専門科を持ちながら、老年内科でより包括的な高齢者診療を提供しています。研究所は基礎研究と疫学研究からスタートし、老化のメカニズムを多角的に明らかにする研究を行っています。

ナショナルセンターの研究というのは臨床応用、社会実装を見据えたものでなければいけません。基礎研究の研究者には、近い将来、人の病気治療に役立つような研究を行っていただきたいと常にお願いしています。大学のようにじっくり腰を据えて基礎研究を行うことは難しく、比較的短期間での成果出すことが重要です。そのため、プロダクティビティの高い方に来ていただいて、研究費も含めしっかりサポートをするという体制を取っています。若手研究者にも、最低限の人材の雇用と研究環境、費用を提供し、彼らが新しいアイデアで研究を進められる環境を整えています。

また、社会科学、遺伝学、ロボット工学など様々な分野の研究も進めています。理念にある通り、高齢者が病気や障害を抱えながらも、可能な限り自立した生活を送れるよう支援するためです。私たちのスタッフには、どのようなエビデンスが必要か、政策提言をどう行うべきかを常に考え、実行に移してもらうようお願いしています。

森谷:大府駅前に「認知症不安ゼロのまち おおぶ」というモニュメントがありますが、国立長寿医療研究センターも関わっていらっしゃるのですか?

荒井:はい。 2007年に大府市内に住む認知症の方が鉄道事故で亡くなり、その家族の監督義務責任をめぐって最高裁判所まで争われるという出来事がありました。2016年に家族に賠償責任はないとの判決がでましたが、大府市ではこのことをきっかけに認知症の人をはじめ誰もが安心して暮らしていけるまちづくりを目指し、2017年12月に日本で最初の認知症条例を制定しました。OBUオレンジリングモニュメントは2018年に設置されましたが、大府市が認知症に対する理解とサポートを行っていることを象徴しています。

当センターは、大府市の研究や健康増進に関する地域の取り組みには常に協力しており、市民の健康寿命を延ばす施策や認知症家族の負担軽減に関する教育や研修や啓発活動を行ってきました。大府市と二人三脚で認知症の問題に取り組んでいます。

運命に導かれ老年医学の道へ

森谷:老年医学は現代の大きな社会課題の一つですが、荒井理事長はなぜ老年医学を専門に選ばれたのでしょうか?

荒井:実はあまりアカデミックな理由ではありません。元々は京都大学で循環器を専門として動脈硬化を研究していました。しかし、上司が老年内科の教授に就任し、私たち弟子もその流れで老年内科を専門にすることになりました。

フレイル研究を始めたきっかけとしては、まずフィールドが変わったことが挙げられます。2009年に医学研究科の老年内科から人間健康科学系専攻に移りました。そこは、看護師やリハビリスタッフ、検査技師などを育成する部門で、彼らと協力して地域の高齢者を対象とした研究に取り組む機会が増えていきました。そういった背景から、フレイルやサルコペニアの領域に入っていきました。

また、活動の機会をいただいたこともきっかけのひとつです。2013年に、老年医学会でフレイティ(虚弱)とサルコペニアの問題を議論するワーキンググループを立ち上げ、2014年にフレイティの日本語訳を虚弱からフレイルに変更したことで注目していただきました。

サルコペニアについては、2013年に台湾の陳先生と共にアジアのサルコペニアのワーキンググループを作り、アジア人のための診断基準を作成しました。この頃から、サルコペニアとフレイルの議論が活発化していき、そして日本サルコペニア・フレイル研究会(現在は学会)を設立しました。その後、国立長寿医療研究センターからお話をいただいて、2015年に副院長に就任し、現在に至ります。

このように、私は初めから老年医学一直線ではなく、運命に左右された部分もあり、その場その場で何をすべきかを考え、偶然良いテーマや研究パートナーに出会ったことで、うまく方向転換をすることができたと思っています。

フレイルとは、加齢により心身が衰えた状態のことで、生活の質の低下や種々の合併症のリスクの一つです。サルコペニアとは、筋肉量の減少および筋力の低下の事で、身体機能の低下を伴う事があります。サルコペニアは要介護状態や転倒のリスクであり、様々な疾患の重症化や生存期間にも影響します。フレイルやサルコペニアは対策を講じる事でその進行を予防や回復を促す事ができます。

出典:日本サルコペニア・ フレイル学会

フレイル予防には歩くだけでは不十分という認識を広めたい

森谷:フレイルの予防にはどういったことが重要になってくるのでしょうか?

荒井:運動や身体活動は、健康を維持する上で基本的な要素です。いろいろな地域でご当地体操やスロージョギングなど、様々な運動が提案されているのは非常にいいことだと思っています。ただし、フレイル予防の観点から見ると、歩くだけでは不十分だと考えます。最近の研究では、筋力トレーニングがフレイル予防により効果的であることが分かってきました。私たちは、健康日本21のガイドラインに沿って毎日7000歩以上歩くことを推奨していますが、それに加えて筋力トレーニングも行うことが重要です。

老化というのは徐々に機能が下がっていくイメージだと思いますが、筋力は一旦落ちてしまった場合でも、有酸素運動と筋力トレーニングを適切に組み合わせることで、機能を改善することができます。ある一定のレベルを切るといろんなイベントが起きやすくなりますから、そのラインに届かないようにうまく調整をすることが大事です。

運動すればお腹が空きますので、しっかりと栄養を摂っていただきたいです。高齢者の中には、「もう歳であまり動かないから、そんなに食べなくてもいい」と誤解されている方もいらっしゃいます。歳を取るとたんぱく質の利用効率は低下していくため、むしろより多く摂取しないと不足してしまい、老化が進みやすくなります。ただし、体重が増えすぎるのは問題ですので、バランスの取れた食事をしっかりしていただくことが重要です。

栄養の摂取を支えるのは口の機能になりますので、歯の健康も大切だということも啓発しています。定期的に歯科検診を受け、歯のトラブルを早期に見つけて改善することもフレイル予防につながります。いつまでも様々な食材を噛んで食べることができるような 口腔機能を維持していただきたいです。

また、糖尿病や腎臓、肺機能の低下はフレイルが進行しやすいとされていますので、状態が悪くならないよう管理していただくことが必要です。

さらに、社会的な活動もフレイル予防に効果的です。高齢になると町内の役割をもう年だからと断るケースが多いです。 私たちの患者さんには、しんどいとは思いますが役割があって社会に貢献することが健康につながるので、できるだけ引き受けてくださいとお伝えしています。

地域での事業に参加をする、友人とのコミュニケーションを大切にするといった繋がりがコロナ禍で一気に減ってしまい、フレイルが進んでしまった高齢者が多かったのではないかと思います。コロナ禍では誤嚥性肺炎で亡くなる方が多かったのですが、運動をしなくなって、喋らなくなって、食欲もなくなってくるという悪循環で身体が急速に衰えていったことが要因なのではと考えています。

これからはそうならないように、できるだけ運動をして、しっかりと食べて栄養を摂って、社会的な交流をしていただきたいです。

通いの場と人材育成

森谷:厚生労働省が「通いの場」の重要性を提唱していますね。

荒井:「通いの場」は、 2025年度までに地域在住の高齢者の参加率を8%まで高めることを目標にしている取り組みです。できるだけ多くの高齢者に週に1回、またはそれ以上の頻度で集まっていただいて、様々な活動でコミュニケーションを取ることで機能の低下を防ぐという、地域の介護予防の拠点となる場所でもあります。

この試みは非常に良いものだと思いますが、単に参加者が何人とカウントするだけではダメで、中身をどう充実させていくかが大事です。成功した自治体の取り組みを、他の自治体はどのように形にしていけばよいのか模索しているのではないでしょうか。自治体もマンパワーが十分ではないため、結構大変だと思います。職員が張り付くわけにもいきませんし、基本は住民主体ということで、住民に運営もお願いすることになるのですが、やってくださいと言ってもなかなか出来ませんよね。ですから、最初は自治体がしっかり入って基礎をつくり、インストラクターのような人材を育成して、各地域に派遣する方式にするとよかったのではないかと思っています。

この取り組みでどこまでいけるのかは未知数です。研究者が入っている通いの場ではデータが取られていますので、このシステムは非常にいいという結論になりますが、実際には通いの場ごとのレベルの違いが大きいと思います。リーダーとなる人材を育成して、その方を中心にいかにお金と人をかけずに地域の通いの場を維持していくかということを、もう少し考える必要があるのではないでしょうか。

森谷: あるフィットネスクラブ様では、「大人のパーソナルトレーナー養成講座」を不定期で開講しており、中高齢者層の方々をパーソナルトレーナーとして育成しています。一定のスキルを身につけることができ、スモールグループの指導もできるようになるようです。オンラインで中央と繋ぐことができるようになれば、多くの人材を育成できる可能性もあるとおっしゃっていました。

荒井:多くの人材を育成できるというのは素晴らしいですね。確かにオンラインの活用は極めて重要だと思います。家から出にくい人もいるため、集まりといっても難しい場合があります。もちろんオンラインの仕組みを整えるという別のハードルはありますし、デジタルヘルスに慣れていない方には家族の支援も必要です。しかし、簡単なデジタルシステムが次々と出来ているので、高齢者でも扱いやすいシステムも充実していくと思います。

人材育成のプログラムについては、私たちも興味を持っています。現在、J-MINTという認知症予防の臨床研究の継続に関する研究をしています。生活習慣病の管理、運動、栄養指導、認知トレーニングから構成される多因子介入プログラムによって認知機能の低下が抑制できることが分かってきました。そのプログラムを実施するためのキーとなるのはやはり人材です。認知症予防の指導ができるインストラクターの人材育成が必要になってきます。私たちのセンターがオーソライズして認知症予防のインストラクターと名乗れるようにしていき、地域で活動するというビジネスモデルにできないかと考えているところです。

ある程度参加者に費用を負担していただいて、専門性の高いインストラクターに来ていただいてもいいですし、一般の方がトレーニングを受けて自主グループでやっていただくことも可能だと思っています。ただし、クオリティには差が生じる可能性もあるので、その差を埋める方法も検討する必要があります。

医療従事者とITでタッグを組んで習慣化に取り組むことが必要

森谷:最後に、習慣化に期待することを教えてください。

荒井:習慣化は非常に難しい課題です。まず行動を変えることのハードルが高く、生活習慣病の治療のために運動をしましょう、食生活を変えましょうと言っても、実際に続けられる方は4分の1程度です。また、行動を変えたとしても長期間にわたって続けることは難しく、継続率はさらに下がります。フレイル予防に有効な行動を高齢者が習慣化して持続できるかという点が課題です。

そこを解決するためには、ITやAIを活用してメッセージを送ることが、ひとつ重要になってくると思います。ただし、メッセージを過剰に送ると鬱陶しいと感じる人もいるため、やる気がなくならないような適切なバランスでアドバイスしていくことが必要です。

また、これまでは万歩計や血圧の数値をノートに記録したものやスマホに入れたデータを診察の時に見せていただいて、困っている方には口頭で指導して習慣化を促してきました。ただし、短時間で多くの患者さんを診察している中で、そこまで丁寧に説明をすることができている医師がどれだけいるのかという不安はあります。もう少しITが進歩すると、より負担のない形で生活のモニタリングを行い、習慣化ができるようになっていくのではないかと考えています。そこは、医療従事者とIT活用のタッグでやっていくしかありません。

超高齢社会においては、今までのように数をこなすというアプローチではなくて、1人1人に十分な時間をかけて丁寧な診療を行い、それでいてしっかり収益が得られるという仕組みに変えていく必要があると考えています。国がそのシステムを変えるまではもう少し時間がかかりそうですが、常に議論はしていくつもりです。

森谷:私たちの習慣化サポートは、まだまだやらなくてはいけないことがたくさんあります。1歩1歩進化できるようにしていきたいと思います。

荒井:いつか一緒に研究できたらと思っています。私たちの役割はエビデンスを作り、政策提言につなげることです。御社の習慣化の仕組みでエビデンスが得られれば、それを地域で広めて実装につなげていけると考えています。そういったところで少しでもお手伝いできればと思います。

森谷:よろしくお願いします。本日はありがとうございました。